道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 21当世スポーツカー事情 非日常を日常にするAMG GT S

(2015.07.06)
トーキョーモビリティ21。品川の港南口から八ツ山橋アンダーパスを潜って出ると第一京浜に。
トーキョーモビリティ21。品川の港南口から八ツ山橋アンダーパスを潜って出ると第一京浜に。
スポーツカー・フォー・ジィ・エグゼキュティブ

……クッ、ヒュン、ドロドロドロ、バリバリ、ギュイーン、バフバフ、フッ……。やっぱり4ℓ V8ツインターボ510PSのパワーは凄まじい。アルミを多用したボディは1670kgの軽量さで、0-100km/h:3.8秒は正真正銘スーパーカーの領域だ。

右足に軽く力を込めた途端、低くワイドなウインドスクリーン越しに見える長大なボンネットに映った雲や街並みが掻き消されるように流れ、フルスケール360km/h、リミット7000rpmまで刻まれた速度計と回転計の針が一緒にデュエットを踊って一気に頂点を目指す。

ダッシュボード直前にあるはずのエンジンはおどろおどろしい咆哮を放って存在感たっぷりだが、それだけでなくコクピットと荷室の間にスカットルを持たないリアからもトランスアクスルのものと思しきメカニカルノイズが耳に届き、先端テクノロジーを駆使した最新モデルでありながらどこかロードカーとレーシングカーの境界が近かった時代の古典的なGTを彷彿とさせる。それでいて現代のGTは燃費と環境のためにアイドリングストップを備え、それが効いた刹那、まるで無響室に立ち入ったかのような絶対的な静寂に包まれてたちまち気分がクールダウンされるのも不思議な感覚だ。

 
“エイ・エム・ジー” オリジナルの第2弾

5月の日本市場導入から約2ヵ月、お預けを食らっていた正式名称“メルセデスAMG GT”、それも同じ排気量から48PSのエクストラを発するより上位の“GT S”を、ごく限られた場所と時間ながらようやく試すことができた。

メルセデス・ベンツのエクスクルーシブネスを極めたクルマが“メルセデス・マイバッハ”レンジなら、同じくメルセデス陣営にあって究極のパフォーマンスを誇るのが“メルセデスAMG”ブランドである。このためその2作目に当たるこのクルマ以降、グループ内でのポジショニングをより明確にすべく“メルセデスAMG社”がメルセデス・ベンツ本体とは別にゼロから設計する自社開発モデルのネーミングポリシーを変更した。特徴的なガルウィングドアともども1950年代の超弩級スポーツカーとしてつとに有名な“メルセデス・ベンツ300SL”を現代に甦らせたと評判だった前作、“メルセデス・ベンツSLS AMG”とは言葉の排列を変え、より“AMG”を強調した形である。

実際、エンジンにしても“M178”型と呼ばれるそれはわざわざこのクルマのために特製のアルミ製クランクケースやアルミ鍛造ピストンを奢り、オイルサプライもドライサンプ化した専用設計で、目的はただひとつ。同じ強大なパワーでも搭載位置が低く、単体重量が僅か209kgの軽量・コンパクトなエンジンを与えてハイレベルな操縦性とさらなる俊敏性を獲得するためである。

富士スピードウェイで行なわれた5月の発表会。この時は希少な「試乗枠」の抽選に惜しくも漏れた。
富士スピードウェイで行なわれた5月の発表会。この時は希少な「試乗枠」の抽選に惜しくも漏れた。
ところ変わってこちらは梅雨の湘南T-Site。豊満なヒップが魅力的。どこか、かつてのポルシェ928的でもある。コーナーで「饒舌な」アルファ・ロメオの8Cに比べるとやや「直線番長」的。
ところ変わってこちらは梅雨の湘南T-Site。豊満なヒップが魅力的。どこか、かつてのポルシェ928的でもある。コーナーで「饒舌な」アルファ・ロメオの8Cに比べるとやや「直線番長」的。
 
本質はあくまで「高級な実用車」

とは言え、遠く1886年の昔に創業者のゴットリープ・ダイムラーとカール・ベンツがともに「自動車」を発明して以来、「世界最古のメーカー」を自負し、その座に君臨してきたメルセデス・グループの製品とあって、たとえこのクルマのようなハイパフォーマーでもその底流にはこれまで定評を勝ち得てきた安全・快適なクルマづくりの思想が脈打っている。

その典型が、乗り手の意志を機械に直接伝える重要なインターフェイスとしてのステアリングだ。試乗車には偶々手触りの良いスエードのステアリングホイールがオプションで付いていたが、恐らく標準仕様でも基本は変わらないはずだ。

とかくこうした超高性能車となると、ドライバーからの入力に対して過敏な反応を示したり路面からのキックバックが不安を煽ったりしがちだが、このクルマの場合は拍子抜けするほど「フツー」なのだ。操作そのものは乗用車、それもコンフォート重視のラクシュリーカー並みに軽くスルスルと回り、しかも驚くのはその過程で一切の不自然さや段付きが認められないことだ。場面や状況によってドライバーが「硬さ」を任意に切り替えられる乗り心地(ダンピング)に関しても、“コンフォート”を選んでおきさえすればドラム缶のように太く大きなタイアを履いてはいても終始突き上げとは無縁な、快適な乗り心地を楽しむことができる。

120km/hを超えると自動的に、もしくは手動で、こうなります。リトラクタブルリアスポイラー。
120km/hを超えると自動的に、もしくは手動で、こうなります。リトラクタブルリアスポイラー。

昔からメルセデスが持っていた何よりの美点は、特にイギリスやラテンのライバルとの対比を念頭に置いた時、同じ「高級車」でもあくまで基本はなまじな「雅趣」などよりも「実用的」であることだ。実用車である以上、安全・快適なことはもちろん、まずもってタフでなくてはならない。タフを耐久性や信頼性と言い換えてもよく、その証拠にドイツ国内のタクシーがEクラスやCクラスのメルセデス・ディーゼルでほぼ独占されている。

ところでこの GT S、意外なほど高くないと言うか、むしろ「バーゲン」とさえ言っていいかもしれない。試乗した個体には上記の“AMGパフォーマンスステアリング”などを内容とする95万円也の“AMGダイナミックパッケージプラス”をはじめとして102.85万円の“AMGカーボンセラミックブレーキ”や“AMGソーラービーム”と称する、それだけで120万円(!)もする琥珀色のメタリックペイントがオプションで装着されていた結果、総計2157.85万円に達していたが、それでも先代のSLSより大幅に安く、車両価格自体は1840万円であり、9月以降に発売予定のベーシックなモデル、“メルセデスAMG GT”のそれに至ってはなんと1580万円の「安さ」なのだから。イタリアン・エキゾティックなら2000〜3000万円はするところだ。

むしろ買い手にとっての問題は、この極めてフォトジェニックな出で立ちで街中の視線を浴びること必至だが、それに耐えられるかどうかだろう。

アルミのドアは軽く、しかもコトリと閉まる。サイドシル(AMGと書いてある)はやや幅広だが、乗り降りはさほど辛くない。この点でも「日常使用」に耐える。立体的な造形のダッシュボードやドアトリムとともにバスタブのように乗員を囲むセンターコンソールが妙に頼もしくて安心できる。
アルミのドアは軽く、しかもコトリと閉まる。サイドシル(AMGと書いてある)はやや幅広だが、乗り降りはさほど辛くない。この点でも「日常使用」に耐える。立体的な造形のダッシュボードやドアトリムとともにバスタブのように乗員を囲むセンターコンソールが妙に頼もしくて安心できる。