吉田慶子&黒木千波留『soneto』ライブ吉田慶子の静かなオピニオンのような
小さな歌のアルバム『ソネット』

(2014.03.11)
Photo by tobotobosan
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古いブラジル音楽を独自のアレンジで

眩い光を放ち、その明るさで一瞬にして人を魅了する音楽よりも、ややもすれば見落としてしまいそうなくらい謙虚で派手さはなくても、長く付き合える音楽が好きだ。そういった音楽との忘れられない出会いは自分史の1ページに刻まれるかけがえのないものだ。2007年に吉田慶子がピアニストの黒木千波留と共に、古いブラジル音楽に美しいピアノのアレンジを施して録音した『samba canção』は、まさにそういった音楽だった。吉田のささやくような静かな歌と黒木のエリック・サティやカルロス・ダレッシオを思わせるピアノは、溜息の出るような深い音楽の世界へと誘ってくれた。『samba canção』を聴いて溢れ出す感情をおさえられなかったのは、ぼくだけではなかったらしく、その評判は人から人へと伝わり、現在もじわじわとロングセラーを続けているところだ。『samba canção』発表後、吉田はライブアルバムやナラ・レオンのレパートリーを集めた『パレードのあとに〜ナラ・レオンを歌う』を発表。2010年の黒木のソロアルバム『過ぎ去りし日の…』では、ゲストヴォーカルとして3曲に参加した。

Photo by Koji Ota
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ソネットとナラ・レオン

昨年末に『samba canção』の続編ともいうべき『soneto』が黒木とのデュオで6年振りに発表された。『soneto』は『samba canção』同様に高い美意識の世界にある素晴らしいアルバムだった。吉田のアルバムに共通して言えることは選曲の良さだ。『soneto』に収録された9曲でも、選曲力は冴え渡っている。50年代後半から60年代にかけての古いブラジル音楽にスポットをあてているのだが、誰もが知っている有名な曲というよりは、かなり聴き込んだブラジル音楽ファンでないと知らないような曲が大半を占めている。『samba canção』で選曲していながら収録できなかった「Demais」「Moça Flor」「Diga」の3曲の他は、録音当時(2011年)に感じた曲を選んだそうだ。また『soneto』には、ナラ・レオンがかつて歌った曲が4曲も収録されている。「ナラは私にとって道しるべのような存在です。音楽も、生き方も。世の中の大きな力に対しても屈することなく、自分の感性を信じて、意志をもって、正直に、しなやかに生きた女性、とても尊敬しています。ナラのまっすぐな歌声で、ブラジルの素晴らしい歌をたくさん知りました。古く忘れ去られたような歌でも、ナラが取り上げて歌うことで息を吹き返すような、ナラにはそんな力がありますよね」と吉田。ぼくは吉田慶子の歌声を聴くときにナラの姿を重ね合わせてしまうことが度々ある。アルバムタイトルの『soneto』は、詩の形式だけでなく、小さな歌という意味もあるのだそう。シンプルなジャケットは深い緑色をイメージして昔の古い布を撮影した。

soneto
NARA’67
東日本大震災以降のこと

2011年3月11日まで吉田は南相馬に住んでいて、ライブのときは自ら運転する車で仙台や東京まで出かけていた。東日本大震災以降は、活動の拠点を東京に移したが、再開するまでには、かなりの時間を要した。「前に進めない時期がありましたが、その都度立ち止まって、ゆっくり考えながら作りました」。そうして完成したのが『soneto』である。震災から3年が経ち、吉田の心境や活動の変化を聞いてみた。「これまで自分が大切に思ってきたことを、震災後は、もっともっと大切にしようと思いました。そして、これまでなんとなく続けてきたあまりしたくないことや、うやむやにしてきたことを、きちんとやめようと思いました。具体的にもたくさん変わったところがあると思うんですが、それをうまく言葉に出来ない、というのが本当のところです。音楽活動は、以前よりもかなりのスローペースですが、自分には今の方が合っていると思います」。『soneto』を自主制作で発表したのも自分のペースで自由にできるからだという。録音から発表まで2年かかったが、本当に内容の優れているものは流行や時代を超越しているもの。『soneto』は吉田慶子の静かなオピニオンのようなものだと感じた。どうか見落とさないでもらいたい一枚だ。

今月の27日に鎌倉の西御門サローネで吉田と黒木のデュオライブが予定されている。「黒木千波留さんとのデュオライブは実に3年ぶりです。アルバム『soneto』をライブで演奏するのも今回が初めてなので、私たちもとても楽しみにしています。会場となる古い洋館、西御門サローネの美しい佇まいも大好きです。私たちが奏でる古いブラジルの歌たちと、サローネの素晴らしい空間を、ゆっくりと楽しんでいただけたらと思います」。桜の舞う古都鎌倉で、吉田慶子の歌声と黒木千波留のピアノを存分に楽しみたい。

Photo by tobotobosan
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吉田慶子(vocal)黒木千波留(piano arrangement)ライブ
2013年3月27(木)
会場:西御門サローネ 開場13:00/開演 13:30~
入場料:4,000円(1coffee付き)
予約:カフェ・ディモンシュTel.0467-23-9952

『soneto(ソネット)』
吉田慶子(vocal)黒木千波留(piano arrangement)

2,000円(税込) 2013 KT-003


左:『samba canção』 右:『soneto』

【Track List】
1. Violão vadio ヴァガブンドのギター(Baden Powell e Paulo César Pinheiro)
2. O que será ウ・キ・セラ(Chico Buarque)
3. Demais あまりにも(Tom Jobim)
4. Valsa de Eurídice ユリディスのワルツ(Vinicus de Moraes)
5. Diga ヂーガ(Vicente Paiva e Fernando Martins)
6. Canta, canta mais 歌って もっと(Tom Jobim)
7. Vou por ai ヴォウ・ポル・アイ(Baden Powell)
8. Moça flor モサ・フロール(Durval Ferreira e Lula Freire)
9. Soneto da separação 別れのソネット(Vinicius de Moraes)