『飛ばない日』×『The Gardens -Chamber music for Clematis no Oka-』トウヤマタケオ×阿部海太郎対談。
惑星のように離れては近づくふたり。

(2013.10.28)
All Photos by Ryo Mitamura

この秋、仲のいいふたりの音楽家が、同じ時期に新譜をリリースしました。
トウヤマタケオさんは、自身初の日本語の歌のアルバムを。
阿部海太郎さんは三島にある文化施設「クレマチスの丘」10周年の室内楽のアルバムを。
ふたりは付かず離れず、ごく最近もミュージカルの
作曲家と演奏家としてともに仕事をしています。
ところが今回リリースされたアルバムはまるで180度反対の方向へ。
トウヤマさんは、ひとりで録音した歌のアルバム、
阿部海太郎さんは、クラシックの演奏家たちと取り組んだ室内楽のアルバム。
どういう巡り合わせでそれぞれのアルバムが誕生したのか、
おふたりにお互いのアルバムについて対談していただきました。

阿部海太郎(以下海) すっごく楽しかったんじゃないですか? ひとりで録音したり、録音ボタン押して、「あ、違う」ってやってみたり、とくに「月と水」はバンジョーを弾きながらマイクの前で歌っている様子が想像できました。

トウヤマタケオ(以下ト) 楽しかったですよ。すべてひとりで録音したので限りなく好きなことをやり切ったと思います。

 ものすごくプライベートな音づくりをされてますよね。

 そうですね。録音までひとりというのは初体験。エンジニアがする仕事をするのも初めてで、マイクは何を使う、どこに立てる、というのも勘に頼って録音を始めたんです。録り始める前は、正直すごく怖かったですね。

去年の秋、曲づくりしながら録音するデモづくりの日々が3カ月ぐらい続きました。毎日ひとりで3時間ほど録音をして、次の日の朝、ぼくの奥さんと一緒に前日のデモを聴くんです。妻は、「まだ甘い。これはキレイすぎる」とか、ダメだしもいっぱいで、辛辣に批評してくれるのですごい助けになりました。

 本当に楽しそう。ちょっとうらやましかった。ぼくの1枚目のアルバム『6, Rue des Filles du Calvaire, Paris』はパリのアパルトマンの1室でひとりきりで録音したものなんですけど、すべて自分で判断しないといけない苦悩と、苦悩できる喜びと両方あったのを思い出しました。トウヤマさんも楽しんでるな〜と思ってました。普通のポップスだとNGのはずのテイクもあり、社会の価値基準とトウヤマさん自身の判断とがせめぎあっている様子が伝わりました。

 そこなんだよね。結局、そこが自分でもよかったのかどうかわからない。普通の歌手からしたら歌のパートがとんでもない曲があると思います。でもぼくは今回「歌とピアノを同時に録音する」と決めていたので、何度も何度もテイクを録り直すんですけど、両方が完全にはならないんです。

トウヤマタケオ

阿部海太郎

 そこが普通のポップスのアルバムと違う魅力なんじゃないでしょうか?

 ありがとう。そう言ってもらえるとうれしい。このアルバムは完全にひとりでつくったけど、これから演奏するときはいろんな人とできると思ってつくったんですよ。それが楽しみでもあります。インストだと譜面の世界になるので、参加アーティスト以外の人とライブできなという部分があるんですけど、歌ものはメロディと歌詞があれば、いろんな人が伴奏できるなと思って。コードだけ渡して一緒にやりましょう!と。これがひとりでのアルバムづくりと同時にやりたかったことのひとつです。海太郎くんのアルバムは、どういうきっかけでつくることになったの?

 クレマチスの丘の10周年をお祝いする曲をひとつつくってほしという依頼から始まったんです。でも1曲で「クレマチスの丘」を表現するのは難しかったので、3曲ぐらいつくってみたところ気に入っていただき、今度はクレマチスの丘にある『ベルナール・ビュフェ美術館』が同時に40周年を迎えるのでそちらにも曲をという展開になってきたんです。せっかくだからアルバムをつくることになりました。

 このアルバムは形式に則ってつくったイメージがするね。そういえば以前に弦楽四重奏だけでつくろうと思ってると言ってなかった?

 今回に関してはぼくの個人史の要素がとても大きくて、アルバムの中の「ビュフェとジオノ」のシリーズは弦楽四重奏でつくろうと思っていたんです。なんていうか…もともとこの1〜2年、地味な音楽を作りたいと思っていました。結果的には、弦楽四重奏とピアノが交互に演奏する五楽章形式になりました。

 けっこうストイックな感じがしますね。海太郎くんにしてはドイツっぽいなと思って聴いてたんだけど…。とくに一番最後の「モデラート・アッサイ」。このフレーズ…。

ト&海 たーたーたたーたたーたーたったーた、たーたーた〜w

 この曲に踏み込んでくれた!!

 うわあ、これ『運命』のモチーフやって思って…

 ははは、確かに。気がついたらこういう曲ができていました。一つのリズムというか音形でつくられているので、ドイツ的ですよね。そう今回はクラシカルなもの……、古典ロマン派的なものをつくってみたかった。

ぼくはフランスの音楽が好きで勉強していましたが、ベートーヴェンやバッハ的なシステマティックなものをなるべく排除するフランス音楽的な感性は、僕自身も好きで共感していたんですね。ただ、ちょっと禁断症状っていうのか、ドイツ的なものってやったことないから一度つくってみたいなと思ったんです。クロワッサンが好きだったけど、ある日突然、ドイツパンが好きになるのと同じです。
 

 たしかに今回のアルバムは全体的にかっちりしてるよね。カタチがはっきりしているっていうのかな。これは気づいたらこうなっていたの?

 ベルナール・ビュフェという画家から受けた印象が大きい。彼の絵は「貧者の絵」なんじゃないだろうか、と。フランスの画家だからフランス的な音楽を、ということはあまり考えませんでした。「貧者の音楽」をつくりたい、という気持ちを大事にしました。

「ビュフェ」の最初の曲は楽譜もすかすかでテンポも遅く、弾くのが難しいんです。ぎりぎりまでひたすら音をならし続けなきゃいけないという楽譜なので、弾き手はテクニックを見せるとか何かを表現するということが次第に排除されて、音を出し続けなくちゃいけない、という状態になるんですけど、これが、生きるために水を飲まなきゃいけないというような状態の、まさに貧者の音楽だと思ったんです。

 それはつくりながら思っていたの?

 この曲を演奏してくれている演奏家たちは付き合いも長く、みんなとても上手い方ばかりです。ただ、音楽の面白さは上手さを通り越したところにあるはずで、そこをうまく引き出したいと思っていました。

 『シネマシュカ』*1があったから、違うものをつくりたかったということはある?


『シネマシュカ』や『100万回生きたねこ』*2などを通してこの数年、演奏家と呼ばれる人と向き合う機会が多くなり、彼らとの真剣なやりとりが自然と増えてきた中で、「演奏家ってやっぱり面白いな」と思い始め、ぼくは作曲だけをして演奏家たちと音楽をつくることがどんどん楽しくなってきたんですね。

 何かに書いてたよね。「ぼくは何の楽器にも愛されなかった」って。でも「いやいやそんなことないで」と思ってた。『The Gardens』の中で、ピアノと弦楽器とアコーディオンが入る曲は、楽器の生理を知っている人にしか書けない音楽だった。

 トウヤマさんにそう言ってもらえるのは嬉しいです。ところで、ぼくはさっき触れたドイツ的な感じを含めて「今までと違うもの」をつくりたかったんですけど、トウヤマさんもそうだったんですか? 「なにか違うもの」なのか、それとも「満を持して」日本語の歌だったんでしょうか?

 ぼくは満を持してます。歌ものをずっとやりたかった。今までは楽曲をつくって人に演奏してもらうことが多かったんだけど、海太郎くんと逆にどんどん個人的なことをやりたくなってきて、最終的に声でいいやという気持ちになってきてたんです。

 2010年頃からつくりたかったと書かれてますけど?

 『3月のワルツ』のときも一生に一度、ピアノだけのものをつくってみたいなと思っていたら、なんとなくはずみでできちゃった、というようなところがあったんですよ。そして「今度は歌やな」と。でも「今度は歌や」と決めてから3年かかってしまいました。

 3年でできたというのは早くないですか?

 実はそれまでもちょこちょこつくっていて、ランテルナムジカ*3のイベントでいろいろと試していたんですよ。そのベースがあったから『飛ばない日』ができたと思う。

 日本語で歌のアルバムをつくりたいというのはどこからきたんですか?

 音楽を始めたころからずっと、いつかやりたいという気持ちはあったんです。5年ぐらい前、青柳拓次さんの『たであい』を聴いたとき、すごいショックやった。自分がずっと心の中であたためてきたものをまだカタチにできていなかったときに、先にやられた、という感じがしたんです。だから『たであい』はそのとき1回だけ聴いて、それから二度と聴いてない。

青柳さんが先につくったからもうつくらないとか、意識して似ないようにしよう、とか気持ちの揺れが起こらないように、二度と聴かないことにしたんです。

 初めて『飛ばない日』を聴いたとき、いまの話を知らないのに、青柳拓次さんのことが頭におもいうかんだんですよ。

 ぼくらが中高生のころって、日本語の曲を聴かなかった。MTV全盛で洋楽が面白くて仕方なかったんだよね。もっと前の世代はビートルズなんかが音で実験してきたことを同時に体験できて、すごく刺激的だったと思うんだけど、ぼくらの世代の場合は、音に映像がプラスされて、世界中の音楽家のモチベーションがまた新たに高まっていたのを、ワクワクしながら見守っていた、という感じがする。

ぼくらの音楽土壌には、洋楽と映像が刷り込まれていると思う。さっき話に出た青柳さんも含めて、同じ土壌を持っている音楽家はすぐにわかりますね。和声の使い方、コードの進行とか、フレーズの収め方とか、洋楽独特のものがあるんです。日本の歌は小節の1拍目でフレーズが終わるけど、洋楽では前の小節の中に言葉を全部詰め込んじゃう。次の小節の頭にアクセントが無くなって、余韻として残るんです。これと同じ歌い方で歌われた日本語のうたを聞くと、同じ音楽土壌を持っている人がつくった音楽だなとわかって、「そうだよね!」と共感してしまいますね。

ただ、自分で音楽をつくるときには洋楽的なフレーズの収め方などはとくに意識はしていないんです。意識しちゃうとできないw ただ、その土壌を含んでいるように聴こえるのかな。

 僕にとって日本語と洋楽的なドレミとの関係は、非常に考えさせられることが多く、いまの話はとても興味深いです。音楽家の一般論として、あるタイミングで「日本語のうた」をつくる時期が訪れるものなんでしょうか?

 海太郎くんとはベースが少しが違うのでなんとも言えないけれど、ぼくにとってピアノは歌うためのツールとして始めているから、ピアノだけで成り立つ音楽を元々やっていたわけではなんいんですよね。

 歌のためのツールにしては、伴奏としてのピアノが伴奏の粋を脱しているところがトウヤマさんらしいですね。僕が青柳さんを思い出したのは、歌だけではなく、楽器の音色に対する向き合い方が似ています。僕は楽器を愛でることはできますが、トウヤマさんや青柳さんはなんというか「手に取るようにわかってる」感じがするんです。レーベルの富田さんは、このアルバムのインスト盤もつくりたかったみたいですね。

 実際につくろうかという意見もあったんですが、さすがにその余裕はありませんでした。

 ところで、詩もタイトルも、本当に良いです。詩が最初にできるんですか?

 いや、詩は後からです。難しいですね、詩は。いまだによくわからない。今回のアルバムも詩は最後に半年ぐらいでつくったもので、書き溜めたものではないんですよ。タイトルをつくるのがすごく苦手なんです。もちろん歌詞も。日本語という言葉によって、さらにタイトルをつけることで音楽がどんどん制限されていくじゃないですか。

 1曲目が『カリカロ』ですが、この言葉がイメージをつくってくれるということもありますよね。

 でも『カリカロ』も最後につけたんですよ。曲を書いたあと出まかせでうたっているときに、ふっと出てきた言葉が「カリカロ」だったりするんです。それをそのまま曲にしたものを、最終的にまとめたのは録音する寸前ですね。

 そうだったんですね。それにしてもなんだろう、『飛ばない日』は、曲名も歌われていることも、すべてが心地いいですよね。聞いていると、僕もトウヤマさんになった気がして、口ずさみながら同じ光景を目にしている気になれます……。

今回ぼくらのアルバムは同時期に出たけれど、びっくりするくらい180度違うなと思っています。同じ時代にいろんなことを感じながら、惑星が離れたりくっついたりするみたいになって、次のアルバムはお互いどうなっていくのかとても楽しみです。

*1 『シネマシュカ』…2012年に発売された阿部の3枚目のアルバム『シネマシュカ、ちかちかシネマシュカ』(THEATRE MUSICA)
*2 『100万回生きたねこ』…2013年に上演されたミュージカル(インバル・ピント&アブシャロム・ポラック演出)。阿部が作曲(ロケット・マツ氏とともに担当)と音楽監督を務め、トウヤマが楽団長として生演奏出演した。
*3 ランテルナムジカ…画家nakabanとトウヤマタケオの幻燈ユニット

取材撮影協力:NEWPORT

飛ばない日 / トウヤマタケオ
2013年9月20日発売 2,400円(税別)
レーベル:WINDBELL

【Track List】
1. カリカロ
2. 夕暮れる
3. あれこれ
4. ラドロウ城
5. 遠い 遠い
6. ラオス
7. レミシラぬスミレ
8. カリプソ・ブルー
9. ハルモニア
10. 雲雀
11. Good Day Sunshine
12. マクガフィン
13. 振り子の歌
14. ペルー
15. 旅に出る
16. 月と水

The Gardens – Chamber music for Clematis no Oka / 阿部海太郎
2013年9月7日発売 2,000円(税別)

【Track List】
The Gardens
1 I. Tsuchikau
2 II. Hiraku
3 III. Kaoru
4 IV. Kareru
5 Fanfare for TREEHOUSE
BUFFET et GIONO
6 I. Adagio molto
7 II. Le jardin chez M. Elzéard Bouffier
8 III. Nel battere
9 IV. La vallée de la nuit
10 V. Moderato assai

【トウヤマタケオ live information】
11/6(水)CAY 『飛ばない日』完成祝賀会「歌う日」
11/7(木)岐阜 nakaniwa
ご予約受付 nakaniwa (tel.058-263-3720 / e-mail.info◎pand-web.com)
11/8(金)11/9(土)大阪 millibar
12/12(木)京都 Urbanguild
12/15(日)金沢 shirasagi
12/21(土)岡山 城下公会堂

【Biography】

トウヤマタケオ takeo toyama 

作曲家。鍵盤奏者。編曲家。クラシック、ジャズ、ロック、フォークロアなどのジャンルを、越境し、放浪する音楽家。自身の制作の他、ピアノ奏者としての客演やアレンジャーとしても活動。主な録音・ライブ参加アーティストは、EGO-RAPPIN’、中納良恵、bonobos、高木正勝、SAKEROCK、mama!milk等。2009年にはアニメーション「der meteor」の音楽全編を担当。ソロピアノ演奏の他に、画家nakabanとの幻燈ユニット”ランテルナムジカ”、8ビート偏愛ユニット“PATO LOL MAN”など、活動は多岐に渡る。2010年に発表したピアノソロ作品集「Waltz in March」(windbell)はロングセラーとなっている。2013年冬にはインバル・ピント+アブシャロム・ポラック振付・演出・美術によるミュージカル『百万回生きたねこ』に楽団長として全公演に参加。各地で好評を得る。

阿部海太郎 Umitaro ABE

作曲家・音楽家。東京藝術大学と同大学院、パリ第八大学第三課程にて音楽学を専攻。作曲は独学。近年は、蜷川幸雄演出作品の劇音楽、『W座からの招待状』(11年~/WOWOWシネマ)のメインテーマとアニメーションの音楽と音響効果、ミュージカル『100万回いきたねこ』(13年/ホリプロ)の音楽監督など、舞台、映画、ドラマに及ぶ様々なジャンルでの音楽制作に積極的に取り組む。12年に3rdアルバム『シネマシュカ、ちかちかシネマシュカ』を発表した。

取材協力:WINDBELL
取材・文/中正美香