橋本徹さんの最新コンピレイション、6月15日リリース!切なくも安らか、儚くも甘美な『Folky-Mellow FM 76.4』

(2014.06.12)
キーワードはニック・ドレイク的な“歌心”。

橋本徹さん選曲による最新コンピレイション『Folky-Mellow FM 76.4』は、タイトルからもうかがえるように、シンガー・ソングライター的な温もりのあるパーソナルな手触りや、アコースティックでオーガニックな音楽的傾向を持つ曲が中心となったセレクション。

一聴して浮かぶキーワードは、やはり“歌心”でしょうか。もちろん、過去の橋本さんのコンピレイションでも、それは重要な要素であり続けてきたのは言うまでもないですが、今回はシックでシンプルなサウンド・プロダクションの曲が多いだけに、より強くそれを感じます。その昔、SSWものの名盤として知られていたトニー・コジネクの『Bad Girl Songs』を買ったとき、帯に“心のつぶやきをメロディにのせて、歌にたくして……”というコピーが付いていたのですが、そのことをふと思い出してしまいました。また、サブタイトルである“Brighten my northern sky”はニック・ドレイクの名曲「Northern Sky」の一節に由来していますが、伝説的なフォーク・シンガーとしてリスペクトされている、彼の子供たちとも言うべきアーティストと楽曲が、このコンピレイションには数多く収められています。

冒頭を飾る①「Song For Nick」は、オーストリア出身の女性SSW/ギタリストによる、タイトル通りニック・ドレイクに捧げられた、木々をわたる風のような繊細なナンバーです。それに続く②「From The Morning」はニックのカヴァー。これまたギター・フレーズや歌い口に至るまで、彼への思慕が横溢しています。グラスゴーのSSW/ギタリスト、ガレス・ディクソンが、その名もニックド・ドレイクというプロジェクト名義で吹き込んだカヴァー集『Wraiths』からのセレクト。

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新作『Home Part 1』をリリースしたばかりの英国人SSW、スコット・マシューズ(ウクレレもチャーミングな、ニール・ヤングの名カヴァー⑩「Harvest Moon」を演っているスコット・マシューは別人です、念のため)も、ニック・ドレイク的な精神性を引き継いでいると言えるミュージシャンです。⑰「Obsession Never Sleeps」に宿る内省的なスピリチュアリティーは、ジェフ・バックリーなどにも通じる吟遊詩人的なそれですね。

また、寂しさの中に優しさを滲ませるウィリアム・フィッツシモンズ③や、センティメントが零れ落ちるようなS.キャリーの④、マーク・コズレックのヴォーカルが胸を打つサン・キル・ムーンの⑦など、コンピの前半は心に深く沁み入る歌心を感じさせる、センシティヴィティーに満ちた音世界が広がります。その意味では、『Folky-Mellow FM 76.4』の収録曲は、橋本さんのコンピレイションだと2012年にリリースされた『ブルー・モノローグ Daylight At Midnight』にも通じるサムシングを感じさせます。それは、3.11後の孤独や祈り、救済という、スピリチュアルな想いも託されたコレクションになっていました。

ミシェル・ンデゲオチェロ(彼女も最近、とても素晴らしい新作がリリースされました)が歌う、ミシャ・フィッツジェラルド・ミシェルの⑯「Pink Moon」も重要です。この曲は彼のニック・ドレイク・カヴァー集『Time Of No Reply』からの選曲ですが、近年ニックの曲は多くのミュージシャンに取り上げられており、フォーク~ロック系のアーティストだけでなく、ブラッド・メルドーやテイラー・アイグスティなど、ジャズ・サイドからのアプローチも目立ちます。これらのジャズ・ミュージシャンのアティテュードに共通しているのがシンガー・ソングライター的な内省感であることは、特筆しておくべきだと思います。ミシャはフランス人ギタリスト、ミシェルは黒人女性なので、マルチカルチュラルなフォーキー・メロウ解釈と言えますね。

  • MISJA FITZGERALD MICHEL『TIME OF NO REPLY』
    MISJA FITZGERALD MICHEL『TIME OF NO REPLY』
  • SCOTT MATTHEWS『WHAT THE NIGHT DELIVERS...』
    SCOTT MATTHEWS『WHAT THE NIGHT DELIVERS…』
“フォーキー・メロウ”に込められたハイブリッドな音楽性。
先ほど、シックでシンプルなプロダクションが多い、と書きましたが、その背後にあるのは今挙げた⑯「Pink Moon」のような“ハイブリッド”というキーワードです。フォークにジャズやソウル・ミュージック、ブラジリアンやアンビエント、ビート・ミュージックに、ロック、ブルース、トラッドまで、さまざまな音楽的要素が溶け合っています。

その筆頭と言えるのが、ジャイルス・ピーターソンのブラウンズウッド・レーベルからデビュー作『Offering For Anxious』がリリースされたディグズ・デュークです。クラシカルなストリングスから、現代的なビートが導入されていくサンダーキャットの素晴らしいカヴァー⑪「Is It Love?」は、ジャジーでハイブリッドなアーバン・フィーリングを滲ませた、間違いなく本作の聴きどころの一つです。『Offering For Anxious』は、ディグズ・デュークのサウンド・クリエイターとしての才が堪能できる逸品なので、ぜひ耳にしていただきたいですね。続くジェイムス・ティルマンは、同じ黒人シンガー・ソングライターですが、よりヴィンテージでオーソドックスな“歌心”系の個性と言えるでしょう。ワシントンDC出身、現在はニューヨークで活動する彼は、ネオ・ソウルを通過したハートウォームな歌声の持ち主。配信オンリーで今年リリースされたデビューEP『Shangri La』に収められていたメロウな⑫「And Then」(当然世界初CD化です)では、しなやかなファルセット・ヴォイスが胸に沁みてきます。『Shangri La』はミディアム~スロウ・ナンバーが中心で、ダニー・ハサウェイ~テリー・キャリアー~ニック・ドレイクにも通じるムードを持っており、今後が期待されるアーティストです。

ハイブリッドということで言えば、ポルトガル出身の女性歌手、エウジェニア・メロ・エ・カストロによるミナス名曲カヴァー集からの、トニーニョ・オルタが包容力のあるデュエットを聴かせる、初夏の風のような⑧「Fogo De Palha」には、サウダージ・フレイヴァーがたっぷりです。エウジェニアの優しいヴォーカルも、とても素敵ですね。

  • DIGGS DUKE『OFFERING FOR ANXIOUS』
    DIGGS DUKE『OFFERING FOR ANXIOUS』(ビートインク
  • JAMES TILLMAN『SHANGRI LA』
    JAMES TILLMAN『SHANGRI LA』
チガナ・サンタナとライアン・ドライヴァー・クインテット、
アプレミディ・レコーズからの2枚の名作。
さて、本コンピレイション所収の二つのアーティストは、単体でアプレミディ・レコーズからオリジナル・アルバムもリリースされます。一人はチガナ・サンタナという、ブラジルはバイーア出身のSSW。『The Invention Of Colour』は彼のセカンド・アルバムで、ストックホルムでレコーディングされました。コンピに収録された⑱「Lusuki」は、テリー・キャリアーやジョン・ルシアンなどを彷彿とさせるヴォーカルと静かなギターの響きが、聴く者の心を慰撫してくれます。彼の音楽は基本的に弾き語りとパーカッションというフォーマットですが、静謐で抒情的な中に、ルーツを感じさせるアフロ的なリズムやフレーズが内包されています。『The Invention Of Colour』は、白いジャケットを開くと赤と青を中心としたヴィヴィッドな色彩が広がるアルバムのアートワークのように、インテリジェンスとスピリチュアリティー、美しく内省的な翳りと鮮やかなパッションが印象に残る名作です。

もう一つはライアン・ドライヴァー・クインテット。トロントで活動する彼らは、すでに10年以上のキャリアを持っています。⑬「Birds In Spring」は、『Folky-Mellow FM 76.4』でも橋本さんが核と考えているに違いないラヴ・ソングで、ライナーでも重要な役割を果たしています。夢と現実のあわいをたゆたうような、チェット・ベイカーを思わせる憂愁とロマンティシズムに溢れ、珠玉の名作という言葉が似つかわしいですね。失われたアドレセンスに手を伸ばすような歌詞は、ビーチ・ボーイズの「Disney Girls」などを連想させたりもします。音盤としては初めてとなる2014年の『Plays The Stephen Parkinson Songbook』は、⑬「Birds In Spring」同様に、シックで洒落た“21世紀のスタンダード”と言えるような名曲たちを、ライアンのジャジーなピアノとヴォーカル、それと対話するかのようなアルト・サクソフォンがノスタルジックなムードで奏でています。ところが、それにとどまらないのがこのバンドの魅力的なところ。自在に奏でられるフリーキーなトーンのエレクトリック・ギターは、このグループの個性であり、そのアンサンブルはハイブリッドな現代性と何度も聴きたくなる中毒性を備えていると言えるでしょう。

  • THE RYAN DRIVER QUINTET『PLAYS THE STEPHEN PARKINSON SONGBOOK』 6/22発売(アプレミディ・レコーズ)
    THE RYAN DRIVER QUINTET『PLAYS THE STEPHEN PARKINSON SONGBOOK』 6/22発売(アプレミディ・レコーズ)
  • TIGANA SANTANA『THE INVENTION OF COLOUR』
    TIGANA SANTANA『THE INVENTION OF COLOUR
黄金色の光に包まれた風景のように。
『Folky-Mellow FM 76.4』の収録曲は、どれもシチュエイションを問うものではありませんが、人生における大切な場面に流れていてほしい音楽だと、個人的には思います。例えるなら、先ほどからキーパーソンとして名前を挙げているニック・ドレイクの諸作や、ベン・ワットの『North Marine Drive』などと同じように、心の奥底にある何かに明かりを灯してくれるような――。「どんな気分のときにも気持ちがしっくりくる海」「独りではあるが孤独ではない」、そんな(ある意味では村上春樹的な)心模様ですね。フォーキーな手触りの楽曲でも、その聴後感はジャケット写真に映る、黄昏どきの風景のようにとてもメロウだということも、付け加えておきたいと思います。

そして最後になりましたが、フリー・ソウル20周年を迎えた今年、カフェ・アプレミディ周辺はCDだけでなく話題性(賑やかさ)を増してきています。一番のニュースは、開店から15年間営業を続けてきた渋谷の公園通り沿いから、近くのファイヤー通りへと4月に移転したことでしょう。新店舗は、インティメイトな雰囲気の漂うリラックスした空間で、気のおけない友達の家のリヴィングのような居心地の良さを感じさせます。インテリアたちも、新たな場所を与えられて幸せな表情を見せているように思えました。そして木曜と金曜の夜には、ウィークリー・ラウンジDJの企画も通常営業の中でスタートしています。さまざまな素晴らしい音楽が集まるアプレミディ関連からは、またしばらく目が離せそうにないですね。

V.A.『FOLKY-MELLOW FM 76.4』
2014年6月15日発売 ¥2,300(税別)RCIP-0207 レーベル : アプレミディ・レコーズ

【Track List】

01. Song For Nick / Dana Tupinambá
02. From The Morning / Nicked Drake (Gareth Dickson)
03. Blood/Chest / William Fitzsimmons
04. Fire-Scene / S.Carey
05. All Your Days / Jesse Harris
06. Ambitions & War / JBM
07. Micheline / Sun Kil Moon
08. Fogo De Palha / Eugenia Melo E Castro feat. Toninho Horta
09. Mirando La Ciudad Vacia / Rompecabezas
10. Harvest Moon / Scott Matthew
11. Is It Love? / Diggs Duke
12. And Then / James Tillman
13. Birds In Spring / The Ryan Driver Quintet
14. A Flower My Love Grows / Heirlooms Of August
15. Icebreakers / Diagrams
16. Pink Moon / Misja Fitzgerald Michel feat. Me’shell Ndegeocello
17. Obsession Never Sleeps / Scott Matthews
18. Lusuki / Tiganá Santana
19. Canto Das Agua / Sérgio Santos

Café Après-midi
住所:東京都渋谷区神南1-9-11-5F TEL:03-5428-5121
営業時間:11:30~23:30 月曜定休(月曜が祝日の場合翌火曜休み)

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