アンドレ・メマーリ、シコ・ピニェイロ、セルジオ・サントス『トリス』現代ブラジル音楽を牽引する
才人たちの夢の共演作

(2012.09.23)

ブラジル音楽を牽引する3人の才人

まずは、このアルバム『トリス』を作り上げた3人のブラジル人アーティストについて紹介します。

アンドレ・メマーリは、ブラジル音楽リスナーやいわゆる「静かなる音楽」に注目している人々にとって、目下その動向に目が離せない存在です。ピアニスト/作編曲家としての評価はすでに世界レヴェルで、ピアノなど鍵盤楽器以外にもバイオリン、ギターなど弦楽器、フルートなど管楽器まで演奏するマルチ奏者であり、さらにレコーディングに関する知識も豊富。自身名義のアルバムでは殆どの楽器を演奏し、その録音からミックス、マスタリングまで自分でやってしまいます。その魅力については、昨年4月こちらの記事で簡潔に紹介されています。

シコ・ピニェイロは、サンパウロ出身の若きギター奏者/作編曲家。サンパウロで目下進行している、ジャズやクラシックの素養を活かしたとても洗練されたMPB(ブラジルのポップ・ミュージック)を発表しつづけるアーティスト達によるシーンの中心のひとりといえます。ブラジル音楽の枠を超え、ダイアナ・クラールやブラッド・メルドーの夫人でもあるフルーリーンのアルバムに参加するなど、ギタリストとしてジャズ・シーンでも将来を嘱望される存在です。

そしてセルジオ・サントス。ブラジルのミナス・ジェライス州出身のシンガー・ソングライター/ギタリスト/プロデューサーです。今回紹介する3人の中ではもっともベテランで、30年近いキャリアを誇りますが、自身名義でのアルバムは6枚とそれほど多くはありません。しかしそのどれもが、インテリジェンス溢れる美意識に貫かれ、かつオーガニックでスピリチュアルな響きを宿した傑作ばかり。いかにもミネイロ(ミナス出身者の意)らしくシャイな本人の人柄と同じく、決して派手ではない作風から一般的な知名度は低いですが、ブラジル音楽を聴きこむほど、自分の中で重要になっていくアーティストといえます。


左・ANDR É MEHMARI(アンドレ・メマーリ)
右・CHICO PINHEIRO(シコ・ピニェイロ)

SÉ RGIO SANTOS(セルジオ・サントス)
音楽が湧きだす泉のように

『トリス』は、3人がそれぞれ曲のピース/アイデアを持ち寄り、一緒に作り上げられたアルバムです。レコーディングはアンドレ・メマーリ所有のスタジオ「Estudio Monteverdi」で昨年の12月から今年の3月に渡って行われました。各々の活動だけでも注目を集める現代ブラジル音楽を牽引する3者が、一同に会しアルバムを作った。そんな一報に、僕は心躍らずにはいられませんでした。

届けられたアルバムを何度も聴くうちに浮かんできたのが、豊かに水が湧き出る泉のイメージでした。メマーリ、ピニェイロ、サントスそれぞれの音楽的素養が湧き出る泉というだけでなく、ヨーロッパ、アフリカを始め、世界中のさまざまなルーツを持つ人々/文化が交錯し、溶け合って発展してきた多彩で奥深いブラジル音楽そのものを大きな水脈に、いくつもの水脈が合流し、3人の非凡な音楽家の技術や創造性を通して湧いた音楽の泉です。

3人の音楽性が伸びやかに発揮され、高い次元で融合したこのアルバム。アンドレ・メマーリの作品と一聴してわかる、ヨーロッパの近代クラシック音楽を思わせる優美な旋律を主軸としたワルツから、ギタリストとして国際的に活躍するシコ・ピニェイロのジャジーなギター・ソロがスリリングに繰り広げられる楽曲、そして教会音楽がルーツの1つであるミナス音楽の響きそのものの、セルジオ・サントスのスピリチュアルな歌声が堪能できる楽曲まで、ヴァラエティ豊かな14曲が収録されています。
楽曲ごと、彼らから溢れ出るアイデアやひらめきが効果的に散りばめられ、それはまるで「音楽の泉」の水面に反射して輝く光のように、印象深いアクセントになっており聴く者を飽きさせません。

音楽の水脈がつながるところ

音楽の水脈はつながっていきます。アンドレ・メマーリ、シコ・ピニェイロ、セルジオ・サントスの活動を見て深く感じるのは、彼らはその水脈を断ち切るのではなく、自らが流れの一部となり自身の音楽を創造しているということです。湧き出た水は、いずれは新たな水脈となり、新たな音楽の創造へとつながっていくのでしょう。そしてそれは、アーティストの感性のままに、ごく自然な流れのうちに行われるのだと思います。時には国境を超えて、ブラジルから地球の裏側の日本にまでその水脈がつながり、水が湧くこともあるかもしれませんね。

そんな期待も抱きつつ、しばらくはこのアルバム『トリス』を聴き続けたいと思っています。

『トリス』

ANDR É MEHMARI(アンドレ・メマーリ)、CHICO PINHEIRO(シコ・ピニェイロ)、 SÉ RGIO SANTOS(セルジオ・サントス)
9 月23日発売 2,400円(税込) RCIP-0178
発売・販売元:インパートメント

【Track List】
01. Sim / 受容(シン)
02. Arabesca / アラベスカ
03. Riacho Grande / 大きな小川(ヒアッショ・グランヂ)
04. Tresbordante / トレスボルダンチ
05. Triz / ほんの僅かなこと(トリス)
06. Mirabolante / ミラボランチ
07. Cesta De 3 / 3人の食事(セスタ・ヂ・トレス)
08. Sumidouro / はけ口(スミドウロ)
09. Prana Prana / プラーナ・プラーナ
10. Não / 拒絶(ナォン)
11. Zonzo / めまい(ゾンゾ)
12. Dezembro / 12月(デゼンブロ)
13. Enluavalsa / 月光ワルツ(エンルアヴァルサ)
14. Sim (Instrumental) / 受容(シン)〜インストゥルメンタル

ANDRÉ MEHMARI(アンドレ・メマーリ)
1977年生まれ、ブラジル・サンパウロ在住のピアニスト/作編曲家。クラシック、ジャズ、ブラジル音楽の交ざり合う独特かつ高度に洗練された作品、演奏スタイルが早くから大きく評価される。作品を発表するごとにますます世界中から注目を浴び、目下ブラジルの若手アーティストの中では抜きん出た存在。ピアノ以外にも20種類以上の楽器を演奏するマルチプレイヤーでもある。本人名義での最新作は『カンテイロ(PM-002 / 2011年)』。
 

CHICO PINHEIRO(シコ・ピニェイロ)
サンパウロ出身、ギタリスト/作編曲家。バークレーでジャズのメソッドを学び、10代でプロ演奏家として活動を始めた。現在のブラジル若手ナンバー1ギタリストの呼び声も高く、サンパウロで目下盛り上がる高度に洗練されたMPB/ジャズ・シーンの中心的存在である。さらに米国のジャズミュージシャンとの交流も深く、活動の幅は国際規模。ソロ最新作は『ゼアーズ・ア・ストーム・インサイド(DDCJ-1009 / 2010年)』。
 

SÉRGIO SANTOS(セルジオ・サントス)
ミナス・ジェライス出身のシンガー・ソングライター。裏方としてキャリアを積み、39歳にしてデビュー作をリリースして以降、サンバ、MPB〜ミナス音楽、アフロなど自身のルーツをベースにこれまでに発表した6枚のアルバムは全て、現在のブラジルのポピュラー音楽における最高水準との誉れ高い。現代ブラジル最高峰の作詞家パウロ・セーザル・ピニェイロとのコンビで名曲の数々を産み出す。ソロ最新作は『リトラル・イ・インテリオール(BF907 / 2010年)』。