Another Quiet Corner Vol. 20ブルックリンからベルリンへ。
クレア&ザ・リーズンズの音づくり。

(2013.04.08)

撮影/米田泰久 写真提供/コットンクラブ
ブルックリンの音楽シーンから、春の来日ラッシュ。

ホセ・ジェイムス、グレッチェン・パーラト、グレゴリー・ポーター…2〜3月は僕のような音楽ファンにとっては嬉しい来日公演の連続でした。みんなブルックリンを中心に活動しているから、つくづくここの音楽シーンは面白いなぁと感じてしまいます。“ジャズ”という音楽が新たに更新されるシーンを目の当たりにしているようです。もちろんそれは今に起こったことではありませんが。常に変化し続けているブルックリンの音楽シーン中で、グレッチェンたちのような若い世代の(みんな70年代生まれ)アーティストたちは、しっかり地に足をつけて、自らの価値感を作品に投影しているようにみえます。“脂が乗っている”というような、その瑞々しい才能を充分に発揮しているようです。そして、忘れてはいけないブルックリンの“ポップス”を更新する素晴らしいグループも2月に来日公演を行い、しかも僕は彼らに会って話しをすることができたのです。

クレア&ザ・リーズンズ――Quiet Cornerの読者の中にはすでに彼らの名前を知っている方もいると思いますが、ここで簡単に紹介しましょう。60~70年代のアメリカン・ミュージックを代表するSSWジェフ・マルダーを父に持つ、クレア・マルダーを中心にしたグループで、古き良きアメリカのロックやフォークをルーツに、ジャズ、クラシック、映画音楽、エレクトロ、室内楽など多彩なエッセンスを自在に織りこみ個性的なサウンドを作り上げています。クレアは偉大な父親のDNAを受け継ぎながらも、けっして音楽をノスタルジックなままで終わらせません。あくまでも現代のポップスを生み出そうと、自由な感性と綿密な作業を行なっています。さらに魅力なのは、クレア以外にもメンバーそれぞれの個性が際立っているところです。特に彼女の夫であるオリヴィエ・マンションの存在が大きいのです。フランス人のヴァイオリン奏者でありながら、ピアノやギター、さらには作曲や編曲もこなす才人です。まるで映画を観ているような、あの独特の映像感覚はオリヴィエの手腕によるものです。


撮影/米田泰久 写真提供/コットンクラブ
ベルリン録音の『KR51』

クレア&ザ・リーズンズは今までに3枚のオリジナル・アルバムを発表しています。ヴァン・ダイク・パークスやスフィアン・スティーヴンスらが参加した2007年の『Movie』。ハリー・ニルソンの『The Point!』にインスピレーションを受けて制作した2009年の『Arrow』。そして、ベルリンで録音し新境地を開いた『KR-51』。どれも、一本筋の通った中にも、強いこだわりと幅広い音楽性を伺うことができます。特に、最新作にあたる『KR-51』は、よりバンド・サウンドを意識したようなアプローチが新鮮で、ベルリン特有のダークな空気感をまといながらも彼ららしいポップ・マジックに溢れています。

さて、今回3度目の来日公演を果たしたクレアたちにインタビューを行なうべく、都内某ホテルで待ち合わせすることになりました。まだまだ冬の寒さが身に染みる日でしたが、颯爽と現れた彼らはカジュアルな格好ながらセンスの良さが滲み出ていて、僕はいきなりブルックリンの空気を体感してしまったのです。彼らには新作のことも含めて色々と聞くことができました。クレアとオリヴィエのインタビューをお楽しみください。


左:Clare Muldaur Manchon (vo, g, banjo, washboard)
右:Olivier Manchon (b, p, key, vo, vln)

左:Bob Hart (g, b, key, cl, vo)
右:Robby Sinclair (ds, effects, key, vo)

クレア&オリヴィエ・スペシャルインタビュー 取材協力:コットンクラブ

Q.新作の『KR-51』は素晴らしくて何度も聴いています。今回ドイツで録音したのはなぜですか?

オリヴィエ:空気感を変えるために、どこかに行きたかったんだ。外国の街やそこの人たちから何かインスパイアされるために……。それで「そうだドイツに行こう!」ということになった。なかでもベルリンは素晴らしいアーティストも多く、ヨーロッパの中心地で、さまざまな芸術、現代アートの首都だと思う。じつはイタリアもいいなと思ったんだけど、少し刺激に欠けるかなということでベルリンに決まったんだよ。

クレア:ベルリンは、とにかく素晴らしく、そして美しく歴史的で、でも同時に暗くてどこか犯罪の香りもしたわ。でも本当に探検したい街だったのよ。そこで異邦人として、孤独になりたかったの。

Q.音楽ファンにとってベルリン録音には特別の意味があります。デヴィッド・ボウイやブライアン・イーノなどの独特の空気感を『KR-51』にも感じました。ベルリンからどんな影響を受けましたか?

クレア:滞在中は毎日、ベルリンのすべてのことにインスパイアされ続けていたの。さらに音楽づくりにおいても勇気を出していろいろなことを試さなくてはいけなかったの。それが今までと違うタイプの音楽になっていったんだと思う。


『KR-51』(P-VINE)

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Q.ロック、ジャズ、ソウルからヒップホップやダンス・ミュージックまで多彩なブルックリンのミクスチャーな音楽シーンについて教えてください。

クレア:ブルックリンはすべての音楽がミックスされているっていうのは確かにその通りだわ。ニューヨークのほとんどの音楽家がブルックリンに住んでいるといっても過言ではないわ。とくに最近アーティストがみなマンハッタンを去ってブルックリンに移ったの。それは経済的な理由だけじゃないと思うの。ブルックリンの方が”クール”なのよ。創造性をかき立て、アイデアをくれる街だと思うわ。

オリヴィエ:音楽のコミュニティもあるし、毎晩街角でライブがあるしね。近所にありとあらゆる違うジャンルの音楽家が住んでいるよ。とあるマンションは一棟丸ごとミュージシャンの住居だったりする。だからそれぞれの部屋を行き来して、ギグをしたりすることもある。それがブルックリンの面白いところだね。

クレア:同時に、みんな和気あいあいという感じではなく、とっても競争力が必要な街だとも言えるの。とにかくたくさんのミュージシャンいるということは、どのジャンルにおいても、とてもミュージシャンの層が厚いということ。だからちょっとやそっとでは芽が出ない。小さな街でなら成功している人も埋もれてしまっているかもしれないわ。

Q.お父さんのジェフ・マルダーから音楽的な影響を受けたことは?

クレア:シンガーとしてはもちろんとくにアレンジャーとしていろいろなことを学んだわ。1920年代の古い音楽をリアレンジして表現するところもすごいわ。 

Q.あなたたちの作る音楽は、20~40年代のアメリカのルーツ音楽と、ヨーロッパのクラシカルな要素が合わさった個性的なサウンドだと感じますが、ブルックリンではどういう位置にあるんですか?

クレア:私たちはバックグラウンドがとっても広いの。スタイル、文化、音楽的にいろいろ違う人たちが集まっているの。オリヴィエはクラシックなバックグラウンドを持っているし、ギターのボブなんかメタル・バンドで演奏しているし(笑)。それで私は、60年代のブラック・ミュージック。だから、その違いが振り幅を大きくして、ほかにはないユニークなバンドになっているんだと思う。それに私たちは、実を言うとブルックリンではあまり演奏しないわ。どっちかっていうとヨーロッパでの公演の方が多いの。もしくはほかの町ね。私たちはブルックリンに住んでいながらブルックリンのシーンの繋がりはあまりなく、ほかの街でそれを表現しているのよ。 

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Q.あなたたちの音楽には映像的なセンスを感じます。映画から影響を受けたものはありますか?

クレア:とってもたくさんあるわ! たぶん音楽より映画からのほうが影響を受けていると思う。まずはフランソワ・トリュフォー。フィクションとしてパーソナルなキャラクターを設定してそれを成長させることをイメージし、小さな言葉の破片から大きな詩を作ったりしてアルバムづくりをしているの。もちろん絵画などからの影響もあるわ。美術館に行ったりするとさまざまなインスピレーションをもらうわよ。

Q.ファースト・アルバムのタイトルはずばり『Movie』でしたよね?

オリヴィエ:でも『MOVIE』っていうタイトルはジョークで付けたんだよ(笑)。

クレア:あの作品はサントラのパロディみたいな雰囲気でつくったの。でもドイツのショップでは、映画サントラの中に置いてあって驚いたわ(笑)

Q.クレア&ザ・リーズンズの次回作はどこの国で録音したいですか?

クレア:京都!

オリヴィエ:いつか日本には住んでみたいと思っているんだよ。

僕が観たステージは、『KR-51』の曲を中心に、さらにファーストに収録された名曲「Pluton」も披露するなどファンにはたまらない内容でした。最後の演奏を終えてステージを降りた彼ら。アンコールの拍手が沸き起こると、なんと彼らはステージとは反対の場所(つまり会場の後ろ)に現れました。そしてなんとアカペラでボビー・チャールズの名曲「Tennessee Blues」を歌ってくれたのです。最後の最後に彼らからの嬉しいサプライズ。忘れられない特別な夜となりました。