『Bar Music 2013 Love Spartacus Selection』リリース音楽観、人柄、そして人生哲学…。
Bar Musicの祈りを届けるアルバム。

(2013.11.20)

渋谷『Bar Music』から「ムジカノッサ・グリプス( MUSICAÄNOSSA Gryps)」レーベル誕生。
第一弾は『Bar Music 2013 Love Spartacus Selection』。
『Bar Music』で「Count On Me」という名の一夜に選曲を担当する
音楽評論家・渡辺亨さんが、『Bar Music』とアルバムについて特別寄稿してくれました。

世界中を旅することも、時空を超えた旅をすることもできる「Bar Music」。

開店してから間もない時間帯に「Bar Music」を訪れると、店主の中村智昭氏がコーヒーを淹れている姿を目にすることが多い。彼の実家は、広島市で60年以上も続いている老舗の喫茶店「中村屋」。その中村屋から取り寄せた自家焙煎のコーヒー豆を、店主はその都度ミルで挽きハンド・ドリップで丁寧に淹れる。だから店内には、コーヒーの香りがしばしば広がる。たとえ深夜であっても、明け方であっても。2010年に渋谷にオープンした「Bar Music」は、こんなバーだ。

コーヒー豆は、常に世界中のどこかを旅をしている。出発点は、ブラジル、コロンビア、グアテマラ、コスタリカ、ペルー、ジャマイカ、キューバ、ハイチ、ドミニカ共和国、メキシコ、イエメン、エチオピア、ケニア、タンザニア、ジャワ島、スマトラ島、ベトナム、インド、ハワイ……。これらの土地で収穫されたコーヒー豆は、世界各地に出荷され、その土地に根付いたスタイルのコーヒーとなる。たとえば、ブラジルなら「カフェジーニョ」として。カフェジーニョという言葉の意味は、小さなコーヒー(コーヒーちゃん)。小さいカップに濃いめのコーヒーと大量の砂糖を入れたコーヒーのことだ。ブラジル音楽に通じている人なら、エスコラー・ジ・サンバ、マンゲイラの創立者の一人でサンバの歴史を語る際には絶対に欠かせないカルトーラ(1908-80)の『Verde Que Te Quero Rosa』のジャケットを思い浮かべるだろう。左手でソーサーを持ち、煙草を挟んだ右手で小さなカップを口に運んでいるカルトーラ爺の姿を。ブラジルの人たちは、このカフェジーニョを1日に何杯も飲む。

Bar Musicのメニューには、カフェジーニョはないが、最上のコーヒーに匹敵する芳醇な音楽が常に流れている。もちろん、ときにはカルトーラの『Verde Que Te Quero Rosa』も。また、コーヒーの生産地以外の、北米大陸、ヨーロッパ、北アフリカ、アルゼンチン、日本……本当に世界中の、しかもさまざまなジャンルの音楽が流れる。だからBar Musicにいると、世界中を旅することができる。そればかりか、時空を超えた旅をすることもできる。カルトーラの音楽のような過ぎ去った時代に生まれた、永遠に色褪せない音楽も、たくさんかかるから。

『中村屋』のコーヒー豆をハンド・ドリップで。
『中村屋』のコーヒー豆をハンド・ドリップで。
音楽に包まれる心地いい空間
音楽に包まれる心地いい空間
流れに身をゆだねるだけで、快適な時間を味わうことができる
『Bar Music 2013 Love Spartacus Selection』

こんなBar Musicから「ムジカノッサ・グリプス( MUSICAÄNOSSA Gryps)」というレーベルがこのほど誕生した。その第一弾にあたる『Bar Music 2013 Love Spartacus Selection』は、1986年から2012年までの音源を16曲収録したコンピレーション。中村智昭氏自身がBar Musicの店内の壁を埋め尽くすレコード棚からコーヒーを淹れる時と同じように慎重に音源を選び、愛情を込めて編んだコンピレーションである。

数千枚以上のレコードを所有している人には、きっと同意してもらえるはずだが、自分のレコード・コレクションをすべて把握することは不可能に近い。だからどこかでたまたま耳にして気に入った曲が、実は自分のレコード・コレクションの中にあったという経験をしたことのある人は少なからずいるだろう。あるいは、普段自宅で聴いていたレコードが、どこかでは違って聞こえたという経験を持つ人も。『Bar Music 2013 Love Spartacus Selection』は、Bar Musicで過ごすひとときを、そうした嬉しいサプライズも含めて味わわせてくれるコンピレーションだ。ただし、Bar Musicの店主としても、DJとしても、「敷居は低く、奥は深く」をモットーとしている中村智昭氏のことだから、すべての音源は口あたりのいいコーヒーのよう。ただし、カフェインと砂糖が調合されていて、しかも酸味と苦味と甘味のバランスが絶妙なので、中毒性は高く、たとえレコード・コレクターやプロのDJであっても、何度も繰り返して聴きたくなるような音源ばかりだ。そしてこのコンピレーションには、時間の流れという言葉では表現できないストーリーがあり、その流れに身をゆだねるだけで、快適な時間を味わうことができる。

店内にはいくつもの貴重なレコードが
店内にはいくつもの貴重なレコードが
選曲する『Bar Music』店主・中村智昭さん
選曲する『Bar Music』店主・中村智昭さん
心を込めて作られた「音楽」は「祈り」と同じように誰かの心に確実に届く。

実を言うと、僕にとって中村智昭くんは年下の友人の一人で、付き合いはもう10年以上にもなる。だから『Bar Music 2013 Love Spartacus Selection』は、彼の音楽観だけでなく、人柄、さらに言うと、人生哲学すら伝わってくるコンピレーションであると書いておこう。このコンピレーションには、中村くんの個人の色々な思いが込められているはずで、それがカウンター・メロディーのような感じでアルバム全体に流れているように思う。その思いで紡がれたストーリーの詳細は分からないけど、ビルド・アンド・アークの「マザー(ネイト・モーガン・ソロ・ローズ)」で始まり、ポール・ウィンターの「ザ・プロミス・オブ・ア・フィッシャーマン」で幕を閉じるこの『Bar Music 2013 Love Spartacus Selection』を聴いているうちに、「祈り」というキーワードが浮かんだ。「音楽」は「祈り」のようなもので、心を込めて作られた「音楽」は「祈り」と同じように誰かの心に確実に届く。おそらく中村くんはこう信じているに違いなく、尊い祈りのような音楽をこれから先も追い求め、僕らに届けてくれるだろう。少なくとも僕は、このようなストーリーを聞き取った。

Bar Music 2013 Love Spartacus Selection V.A.

選曲:中村智昭
2013年10月23日発売 2,625円(税込)
レーベル: MUSICAÄNOSSA Gryps

【Track List】
01. Mother (Nate Morgan Solo Rhodes) / Build An Ark
02. Missing Here / Daniel Zamir
03. To Maya Glenne With Love / Harold Mabern Trio
04. Joy / Eric Legnini & The Afro Jazz Beat
05. Inspiration Information / Sharon Jones & the Dap Kings
06. Who’s Gonna Save The World / Father’s Children
07. Morning Sunrise / Weldon Irvine
08. Tudo Que Voce Podia Ser / Anat Cohen
09. Love Is the Plan, The Plan Is Death / James Blackshaw
10. Riinukese valss / Mari Kalkun
11. Orange Sky / Alexi Murdoch
12. Wonder / Hauschka
13. Spartacus / Danny Long
14. Tokyo Moon / Terry Callier
15. Music / Sathima Bea Benjamin
16. The Promise Of A Fisherman / Paul Winter & Friends