梵(ぼん)な道具を聴いてみる。 第十五回処暑、暮れゆく夏の寂しさに重ねて。
鍍金 蝉の装飾(漢時代)

(2013.08.22)

「梵(ぼん)な道具を聴いてみる」第十五回は、鍍金の蝉(セミ)を紹介します。漢時代に死者の復活を願い作られた棺の装飾品は、遺物という存在を超えて今もなお輝きを放ちつづけています。セミの声が入れ替わる処暑の頃、命は短いけれど「生」を忠実に謳歌する小さな昆虫に想いを馳せて。

子供の頃、夏になると近所に住む友人たちとカブトムシを捕りにいったものです。大抵は太陽が顔を覗かせようとする夜更けの頃、近所の林道前には眠い目をこすりながら、しかし目の奥には爛々とした光を輝かせた同友がひとり、ふたりと集まってきます。もちろん、天然のカブトムシは簡単に姿を見せてくれるようなものではありませんから、ある程度の下準備が必要で林道に一番近い者が捕りにいく前日にカブトムシが好みそうなクヌギの木の幹にハチミツをたっぷりと塗っておくのです。期待に胸がはち切れんばかりの子供が数人、まだ暗い林の中をズンズンと進んでいきます。普段は軽口を叩くリーダー格も、この時だけは神妙な顔つきで歩を進めるのですが、得てしてこのような状況は後日、授業後の休憩時間に格好の餌食となるものです。

懐中電灯を手に林道を歩いて10分ほど、クヌギの大木に到着。恐る恐る懐中電灯を幹に照らすと、大抵は夢破れて小さなクワガタが2〜3匹、旨そうにハチミツを吸っているばかりで昆虫の王者はどこにも見当たりません。しかし数回に一回くらいの割合でしょうか、子供の歓喜のための天命が用意されていたりすると、現場は静かな興奮で満たされるのです。誰のものでもない小さな命を人間の手に委ねる時、自然には最大限の敬意を示さねばならない、というのを子供は体験を通じて養っていくものです。そう、捕獲は柄の長い網で下から掬い上げるように、慎重に。

周囲が明るくなると、もうカブトムシは姿を見せません。しかしカブトムシを手にした興奮から皆、名残を惜しむように林から去ろうとはしません。そんな時、気配を感じてクヌギの大木を視ると、クワガタと入れ替わるように蛾やその他の小さな昆虫たちが集まってきています。そしてその傍らには鳴くでもなく、体をじっと硬直させた何匹かのセミがいる。そのようなセミを見つける度、子供心に「なんだか寂しそうだ」と思ったものです。彼らは決して寂しい思いをしているわけではなく、気温が上昇するのをじっと待っているだけなのですが、ミンミン、ジージーと夏の暑さを倍増させる「あの」昆虫とは全く別の雰囲気を持っていて、ずっと個体数の少ないカブトムシやクワガタよりも何か神秘的なもの秘めているように感じたものです。

写真の不思議な物体は、漢時代に作られたセミの装飾品です。古来、中国では毎年地中から這い上がり空へ飛び立つセミを「復活の象徴」として尊んだことから、セミを象った玉石などが数多く作られました。これらの装飾品は棺に取り付けられたり、死に装束に縫い付けられたりしたのだそうです(棺にセミがくっ付いているなんて、想像したら少し可笑しいですね)。

このセミは全長60mm余の小体ですがずっしりと重く、厚く残った鍍金が二千年の時を感じさせないほどの輝きを放っています。セミの表現は具象的ではなく、楕円にちょこん、と付けた四肢と数本の線でのみ構成された大変に柔らかいものです。それは漢時代の持つ力強さも中世から近世にかけての中国美術の精緻な仕事ぶりとは無縁の世界のように思われ、過去にこの連載でも紹介した平安末期の経筒の外容器と同様の「表現から解放された仕事」を感じさせます。実にファンタスティックで、遺物という存在をも軽々と超えてしまうパワーは「自己表現とは一体何なのか」とつい考えてしまいます。

私の住んでいる関西地方では、クマゼミが台頭するのは8月の中旬頃まで。そこからツクツクボウシが少しずつ混じり合い、秋の訪れを予感させる少し寂しい響きへと変化してゆきます。セミは一生をほとんど地中で過ごしますが、あの「孵化」というミステリアスな行動の後、残り一週間の命を鼓舞するかのように空へ飛び立ちます。「わたしの、この晴れやかな姿を見て下さい」と言わんばかり、懸命に鳴き続ける姿は人の都合上<夏の暑さを助長させる昆虫>ともいえますが、彼らは小さくても確実に生きている。そして与えられた短い「生」を忠実に謳歌している。そう考えればセミがとても愛おしく、大抵の人間は与えられた人生を本当に謳歌しようとしているのだろうか、なんて思ったりするのです。

処暑に聴きたい音楽

風街ろまん / はっぴいえんど
真夏の頃、なぜかよく手がのびるアルバム。大学生の頃、今は無き大阪の中古レコード屋でLPを購入しました。爾来、全く聴き飽きもせずターンテーブルに乗っている、という事実はこのアルバムがいかに多くの人を感動させ、また心を和ませ続ける作品であるという証明になり得るのでしょう。CM曲にもなった「風をあつめて」を始め美しいメロディのパレードが続きますが、B面の1曲目「夏なんです」はイントロのリフレインと細野晴臣氏の落ち着いたトーンが、盛夏の夕刻、涼しい鎮守の森の中を彷徨っているかのような気分にさせてくれます。

窓の外からはセミの声。午後4時、空調機から吐き出される冷風をたよりに、ぼうっと冷酒を呑む。6畳敷きの部屋は、スコットランド製のスピーカーから放出された低くて優しい声が充満している。そう、今夏も変わらずこんな感じ。

Bon Antiques展示会情報

“UTSUWA” うつわ祥見 onari NEAR(鎌倉)
Bon Antiques久々の展示会は鎌倉が舞台。タイトル通り、ずばり「UTSUWA」に焦点を絞り御覧いただく予定です。器は使ってこそ輝くもの。眺めてよろしい、使ってよろしい器ばかりを100点以上揃えました。初日のみですが在店し、14時から主宰の祥見知生さんとのギャラリー・トークも開催します。是非お出かけ下さい。
会期:9月7日(土)〜16日(月・祝)
時間:12:00〜18:00(10日のみ休業)
場所:うつわ祥見 onari NEAR

モノトヒト 90 days shop「くるみの木/金沢の旅」
金沢で開催中の生活工芸プロジェクト。プロジェクトの中心的存在のショップ「モノトヒト」の90 days shopに奈良の「くるみの木」が出店しています。奈良の優れた物産や作家もの、オリジナル商品の他、Bon Antiquesの骨董も置かせていただいてます。併せてご高覧下さい。
会期:開催中〜10月6日(日)

9月15日(日)は大江戸骨董市に出店します。
時間:9:00〜17:00(雨天の場合は中止。ウェブサイトにて開催情報をチェックして下さい)
場所:東京国際フォーラム(有楽町)