Another Quiet Corner Vol. 16 音楽家たちと交差しながら描かれた
A・ベエウサエルト『CRUCES』。

(2012.12.12)

『CRUCES=交差』を発表したアンドレスへの3年余の想い。

まさに待望。ワールド・ミュージック・ファンのみならず、多くの音楽ファンが楽しみにしていた作品が届きました。アルゼンチンのピアニスト、アンドレス・ベエウサエルトが作り出す美しく豊潤な音の数々に、耳を傾けていると、想像力がわきでるように、自然の風景を思い描くことができます。「CRUCES=交差」と題された、この作品は、あらゆる音楽のエッセンスが絶妙に入り混じり、そして光や風といったナチュラルな情景が折り重なる魅力にあふれた音楽です。

アンドレス・ベエウサエルト。このアーティストには深い思い入れがあります。数年前、カルロス・アギーレやアカ・セカ・トリオ、ルス・デ・アグアなど、“ネオ・フォルクローレ”と呼ばれていたアルゼンチンの音楽に出会い感銘を受け、夢中になっていました。彼らの音楽は今までに感じたことがないような空気感を醸し出していて、当時(2009年)HMV渋谷店が改装するタイミングで立ち上げた「素晴らしきメランコリーの世界」でも重要な役割を果たし、ひとつのジャンルに納まらず、時代や国を超えたこのコーナーの世界観を象徴する存在でもありました。このような本来あるべき自由なリスニング・スタイルを提案しようと試みていた最中、導かれるように届いたのがアンドレス・ベエウサエルトの『DOS RIOS』だったのです。

一聴して衝撃が走りました。「なんと不思議で魅力的な音楽だろう…」と。そしてじっくりと聴くことで自分なりに紐解くことができたのです。ミナス音楽、スピリチュアル・ジャズ、フォーク、室内楽…散りばめられた様々なエッセンスが揺るぎない美意識のもとで、ごく自然に融合していたのです。この作品は熱心な音楽リスナーを、さらなる向こう側へ連れて行ってくれるのでは…、強い確信を持ちました。それはまるで心の中で完成しつつあったパズルの最後のパーツが埋まったような感覚でもありました。


アンドレス・ベエウサエルト

アンドレス撮影の写真カード入りスペシャルパッケージで販売

『アカ・セカ・トリオ』、アンドレス・ソロ、そしてタチアナ・パーハ。
アンドレス・ベエウサエルトがピアニストとして在籍する、アカ・セカ・トリオは、3人それぞれの個性が際立ったサウンドを聴かせてくれるグループです。その中でもアンドレスは、ジャズやクラシカルの要素を持っていて、トリオの作品でも、その個性が顕著に音に現れていました。『DOS RIOS』は、そのような彼の魅力を凝縮した一枚であり、またトリオ作品以上に壮大なスケール感も併せもっています。

またヴォーカルで参加している、タチアナ・パーハも注目です。彼女は数多くの南米の有名アーティストと共演を行う、ブラジル出身のシンガーです。アンドレスが描く神秘的な音像の中に、彼女の歌声はナチュラルに溶けこんでいました。のちに私生活でもパートナーとなった彼女は、アンドレスの作品にとっては欠かせない存在といえましょう。

その後、2010年にタチアーナは初のソロ・アルバム『INTEIRA』を発表。この作品にはアンドレ・メマーリ、セルジオ・サントス、ダニ・グルジェルというブラジルのノヴォス・コンポジトーレス(新しい作曲家たち)が一挙に集い話題となりました。そしてアンドレス・ベエウサエルトも名を連ねることで、ブラジルとアルゼンチンを結ぶ美しき架け橋とも評されました。アンドレスとの共演では、アントニオ・カルロス・ジョビンの「Sabia」を取り上げ、ピアノとチェロ(フェルナンド・シルヴァ!)のみというシンプルでクラシカルなアレンジメントに、改めて彼のセンスに共感を覚えました。

2011年、アンドレスとタチアーナはデュオ作品『AQUI』を発表します。『DOS RIOS』の幻想的な浮遊感と、『INTEIRA』の清い瑞々しさを併せ持ったオーガニックなアレンジメント、さらに選曲も特筆すべき内容でした。カルロス・アギーレの「MILONGA GRIS」。ペドロ・アズナールの「TANKAS」。ピシンギーニャの「CARINHOSO」。エリス・レジーナも歌ったエドゥ・ロボの「CORRIDA DE JANGARA」など。そしてオリジナル曲を織り交ぜながら、二人は絶妙な間合いの中で呼吸を合わせながら親密な演奏を行います。2011年の夏に発行したQuiet Cornerの紙面でも、この作品は取り上げて特集を組みました。

さまざまなアーティストとの邂逅=交差を重ねてできた楽曲の数々。

こうした高いクオリティを保ちながら、音楽的にも進化し続けているアンドレスは、アカ・セカ・トリオのメンバーという肩書きをはずし、もはや一人の音楽家として絶大な信頼を得るまでに至ります。今回、届けられた最新作『CRUCES ~交差する旅と映像の記憶~』は、そんな彼のキャリア代表作にふさわしい作品に仕上がっています。

アカ・セカ・トリオのサード・アルバムに収録された「PASAN」をはじめとするアンドレスの絶品のオリジナル曲たちから、アルゼンチンの音楽家がこぞって敬愛するライル・メイズの代表曲「CHORINHO」。『AQUI』でも披露されたカルロス・アギーレの「MILONGA GRIS」。マリア・ジョアンとのコラボでも知られるポルトガルのジャズ・ピアニスト、マリオ・ラギーニャの「ENTRE A TERRA E A AGUA 」。サンパウロのフルート奏者、レア・フレイレの「VENTO EM MADEIRA」。ECMにも作品を残すバンドネオン奏者ディノ・サルーシの「CHORAL」など、どの曲も瑞々しい感性に満ち溢れています。そして参加アーティストを見ても充実度をうかがうことができます。『SIN PALO』という傑作アルバムを残している、アルゼンチンの若きフルート奏者のフアン・パブロ・ヂ・レオーネ。『DOS RIOS』でもその可憐なヴォイシングを聴かせてくれたロリ・モリーナ。ルス・デ・アグアのベーシスト、フェルナンド・シルヴァ。新世代タンゴを代表する話題のピアニスト、ディエゴ・スキッシの音楽を支えるバンドネオン奏者のサンチアゴ・セグレなどなど。

さて、この『CRUCES ~交差する旅と映像の記憶~』は手に取ってうれしい驚きがあります。まるで小包のようにパッケージされたCD、封を切れば中には、広大な大地、遥か彼方の地平線、澄み切った青空を撮った写真が収められています。しかもこれらはアンドレス自身によるものだそうです。ある人がこう言いました、「世界中どこにいっても空が美しいように、音楽も美しい存在なのだ」と。こうして、アンドレスの写真を眺めていると、彼が奏でる音楽が軽やかに国境を越えていくのがわかります。そこで多くの人と出会い、自然とふれあい、交差し続けてどんどん可能性を膨らましていくでしょう。そしていつの日か、ここ日本で彼の演奏を観ることができればと、淡い期待をよせてしまいます。

クルーセス ~交差する旅と映像の記憶~ (CRUCES)
アンドレス・ベエウサエルト(Andrés Beeuwsaert)
2012年12月12日発売 2457円(税込)CMYK6300
レーベル:céleste


【Musicians】
Andrés Beeuwsaert – acoustic piano, voice, keyboards, glockenspiel and guitar
Juan Pablo di Leone – picollo ,flute & bass flute
Fernando Silva – cello & bass
Santiago Segret – bandoneon
【Special Guest】
Gabriel Grossi – harmonica (11)
Loli Molina – voice (6)
Pablo Passini – acoustic guitar & voice (11) Ramiro Nasello – flugelhorn (2,11)

【Track List】
1. PASAN / Pasan (Andrés Beeuwsaert)
2. SALIDA / Departure (Andrés Beeuwsaert)
3. CHORINHO / Chorinho (Lyle Mays)
4. SONORA / Sonora (Andrés Beeuwsaert)
5. CRUCES / Crosses (Andrés Beeuwsaert)
6. REINICIO / Reset (Andrés Beeuwsaert)
7. MILONGA GRIS / Milonga Gris (Carlos Aguirre)
8. ENTRE A TERRA E A AGUA / Between Land and Water (Mário Laginha)
9. VENTO EM MADEIRA / Wind Through Wood (Lea Freire)
10. CHORAL : The Man of the Miracles / Choral (Dino Saluzzi)
11. NIÑOS / Children (Pablo Passini)


左 : Andrés Beeuwsaert / DOS RIOS(2009)
右 : Tatiana Parra / INTEIRA(2010) /大洋レコード


Tatiana Parra & Andrés Beeuwsaert / AQUI(2011)/céleste