Another Quiet Corner Vol. 04 時間の移り変わりとともに、
ピアノと過ごす秋の休日。

(2011.10.28)

前回の「Another Quiet Corner」では、ダイアナ・パントンを中心に、「秋に聴きたい女性ジャズ・ヴォーカル」と題して僕の大好きなヴォーカル作品を紹介しましたが。今回は、「ピアノと過ごす秋の休日」と題して、朝起きてから夜寝るまでの時間に合わせて、おすすめのピアノ作品を紹介しましょう。「Quiet Corner」らしくピアノ名盤に偏らない自由なセレクトということでお付き合いください。

【8:00am】

朝は静かで穏やかな音楽が聴きたくなります。それならやはりピアノ・ソロです。それもできれば淡々としてあまり主張の無い演奏がいい。ドイツのピアニスト、ヘニング・シュミートはクラシックでもジャズでもない演奏が特徴です。いわゆる“ポスト・クラシカル”といわれる音楽ですが、高度な技術を持ちながらも、それをひけらかさない演奏が素晴らしいのです。「flau」 から発売されたばかりの新作『Spazieren』も美しいピアノの音色を楽しめる内容でした。キース・ジャレットやビル・エヴァンスの「ピアノ・ソロ」を愛する方にも聴いてほしい1枚です。ちなみにこの作品、小さなヴォリュームで聴くことをおすすめします。外の小鳥のさえずりや木々が風に揺れる音が混ざると、そこでしか聴けない唯一の音が生まれるから。

Henning Schmiedt『Spazieren』/flau


【10:00am】

少し苦いコーヒーを飲めば目も覚めて一日が動き出します。秋晴れの空を眺めると聴きたくのが、オランダのピアニスト、エドウィン・バーグがフランス「BEE JAZZ」で録音したデビュー作『Perpetuum』です。今年の春、彼のセカンド・アルバムが発売され、そちらも良いのですが、やはりこの2009年のアルバムを何度も聴いてしまいます。なぜなら、ここに収録された「Libellule Des Sables」があまりに素晴らしいから。イントロの瑞々しいピアノ・タッチを聴けば、爽やかな風が吹くのを感じます。ジャケット写真のように澄み切った印象のような……。オランダはピアノ・トリオの宝庫としても有名な国ですが、このエドウィン・バーグは要注目です。

Edein Berg『Perpetuum』


【1:00pm】

ランチ・タイムには、最近お気に入りのフランスのピアニスト、アントワン・エルヴィエの新作『Juste A L‘heure』をセレクト。アルバムにはグルーヴィーなオルガン・ジャズやハードバップな楽曲が収録されていて、一概にも“フレンチ・ジャズ”とは言えない幅広い要素が詰っていますが、ここにも素晴らしすぎる楽曲が収録。それが冒頭の「Kinderszenen Opus 15」です。一聴してやられたと思いました(笑)。これはシューマンの「子どもの情景」というクラシックの有名な楽曲なのですが、見事に洒落たアレンジを施しています。フレンチのエスプリがよくきいたヨーロピアン・ジャズというか、イタリアン・ジャズにも通じるような知的な印象で、思わずアントニオ・ファラオといったピアニストも頭をよぎります。

ANTOINE HERVIER TRIO『Juste A L‘heure』/P-VINE


【2:00pm】

この時期、最も美しい時間帯のマジック・アワー。そんな夕暮れに似合う一枚は、ピアニスト、ダグ・ホールの1996年のトリオ作『Three Wishes』です。完全な自主制作盤ながら、内容の良さ、音質の良さ、そしてマーク・ジョンソンがベースで参加していることもあり、以前からピアノ・マニアには評価が高いです。ジャケット・デザインは正直、残念な感じですが、先に書いたように内容は極上。ピアノ・タッチは穏やかで一定の温度を保ちながらも、胸に迫るような哀愁のメロディーを奏でます。優雅でいて洗練されたピアノ・トリオを聴きたい人にもおすすめしたいです。「ビル・エヴァンスの影響あり」と、決まり文句のように言ってしまう前に、90年代には一般的には知られていないピアノ・トリオの名作がたくさん存在します。時々、こういった廃盤の作品が再プレスされることがありますのでアンテナを張っておきたいところ。

Doug Hall『Three Wishes』


【7:00pm】

友人宅でディナー・パーティ。お気に入りのCDを持ち込み可ということなので、この一枚。ブラジルのピアニスト、エイジ・ガルシアの2002年のピアノ・トリオ作品『Alabastro』です。きらきらと輝くようなイントロが印象的な一曲目の「Little Bells For Jane」が流れれば、友人たちの手も止まり「これ誰?」のお問い合わせ殺到です。ブラジルにしてもアルゼンチンにしても、南米のこういったタイプのピアニストに、ぼくはとても弱いのです。それは「ジャズ・サンバ」というよりも、もっとクラシカルでヨーロッパ的な叙情的なテイストが漂うピアニストです。ブラジルのアンドレ・メマーリや、アルゼンチンのアンドレス・ベエウサエルトなんてまさにその代表です。

Age Garcia『Alabastro』


【11:00pm】

一日の終わりに心を鎮めるピアノ。それに似合う作品なら何枚でも挙げられそうですが。やはりこの流れならドイツのレーベル「ECM」から選びたいです。寝る前にお茶を飲んだり、本を読んだりする、自分だけの大切な時間に相応しいのはノルウェーのピアニスト、ケティル・ビョルンスタとチェリスト、スヴァンテ・ヘンリソンスとのデュオ作その名も『Night Song』です。「静寂に次ぐもっとも美しい音」という理念を持つ「ECM」。まさにその理念を受け継ぐ音楽です。シューベルトへのオマージュというように、クラシカルで静謐なピアノとチェロの対話のようなサウンドは、「ヨーロッパの美しいフォルムのスピーカーで聴きたい」とも思わせます。

Ketil Bjørnstad/Svante Henryson『Night Song』/ユニバーサル ミュージック