『Twilight FM 79.4』
黄昏を染めるセンティメント。

(2013.04.17)

上質なセンティメントを宿した音楽。

オレンジ色の光が輝きを失い、街が少しずつ夕闇に包まれていくトワイライト・タイム――そんなジャケットも印象的な、橋本徹さんによる最新コンピレイション『Twilight FM 79.4』。タイトルからお分かりの通り、昨年夏にリリースされ、ひと夏の景色を彩ってくれた『Seaside FM 80.4』の姉妹編です。『Seaside FM 80.4』は街から海へのドライヴというイメージの選曲・構成でしたが、今作の印象を一言で言うならば、「黄昏どきの時間を染める上質なセンティメント」という感じでしょうか。

それでは、コンピの聴きどころを僕なりに紹介していきましょう。フィルムのコマ送りのように、少しずつ色を変えていく風景が浮かぶアーケストラ・ワン①に始まり、新世代AORと言うべきフィンランドのアンドレ・ソロンコによるFM感たっぷりの②へ。そしてビルド・アン・アーク周辺がバックアップし、キンドレッド・スピリッツからアルバムをリリースして話題となっているデクスター・ストーリーのコズミック・メロウ・グルーヴ③。後半の心地よいスティール・パンの響きなど、サウンド・メイクも魅力的で、ぜひアルバムを通して聴いてほしいアーティストです。フォーキーでアコースティックなサウンドにちょっと切ないメロディーを歌うアビアの④も見逃せません。彼は、ジャズという枠を超えて現在の音楽シーンの最重要人物の一人であるロバート・グラスパーの従兄弟で、最新作『Life As A Ballad』でも、グラスパーは素晴らしいプレイを聴かせてくれています。来たる4月25日にはブルーノート東京での公演も予定されており、心を震わせる一夜になりそうです。LAのデコーダーズによるミニー・リパートンの⑤(彼らは他にもリオン・ウェアらを迎えてミニーのカヴァーを演っています)は、原曲の持つメロウネスを大切にしつつ、ラヴァーズ・ロック~ロック・ステディのリズムを導入することで、より外向きのヴェクトルが生まれている好ヴァージョンだと思います。ちなみにこの『Twilight FM 79.4』、未CD化やダウンロード・オンリーなど、このコンピレイションでしか聴けない音源が収録されていることも書き添えておくべきですね(橋本さんのコンピには、レアリティの髙い楽曲が毎回入っているので、その意味でも要チェックです)。


左・V.A.『Seaside FM 80.4』
右・デクスター・ストーリー『SEASONS』

移り過ぎていく時間と空間の中で。

『Twilight FM 79.4』は、部屋の中で聴いてももちろん素晴らしいですが、移動しながら聴くとより心に沁みてくるのではないかと思います。僕はアドヴァンスCDを何回も聴いている中で、そのことを感じました。刻々と移り変わっていく空と、それに合わせて相貌を変える街の風景。そして、風景と音楽から呼び起こされる想い……それはサバービア界隈の語彙で言えば、「サウダージ」ということになるのかもしれません。コンピの中盤から後半にかけての楽曲群で、それが感じられるのではないかと思います。グレッチェン・パーラトのクールな中に官能性を感じさせるヴォーカルに惹きつけられる⑨、橋本さんのコンピを聴いている方ならばお馴染みのジョビンによるラヴ・ソング⑪、この季節によく似合うジャヴァンの⑫(グレッチェン版は『音楽のある風景~冬から春へ~』に収録されています)、セルジオ・メンデスやアストラッド・ジルベルト&ワルター・ワンダレイ版で知られる、これまたサバービア・クラシック⑰「Tristeza」の心弾むようなサロン・ジャズ・ヴァージョン、そして艶やかなヴォーカルが素敵な、チェット・ベイカーの名盤『Sings And Plays』の幕開けを飾っていた⑱の洒脱なカヴァーまで。

シンプルなピアノをバックに、情感を込めて歌われるスティーリー・ダンの名曲⑭は、薄暮の時間帯に耳にしたい逸品。それに続くベニー・シングスの⑮、ケヴィン・サンドブルームによるジョニ・ミッチェル・カヴァー⑯に、僕は特に惹かれました。アルバムの構成で言うとここが「底」で、ラストの2曲は明るい方向へ向かっていくのですが、この“独りではあるが孤独ではない”という感覚が、このコンピレイションのある種の核ではないかと思いました。移ろっていく時間と空間の中で、ふと自分を見つめ直したり過去を回想したりしているようなメランコリックな手触り。風景を息づかせる、目の前の景色に色をつける、それも音楽の力なのだということを改めて感じさせられます。

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最後に、『Twilight FM 79.4』から、僕が連想したアルバムを2枚挙げたいと思います。1枚目は橋本さんの手による2009年のコンピレイション『Mellow Beats, Friends & Lovers』。沈んでいく夕陽を眺めながら、というシチュエイションにぴったりのこのアルバム、冒頭に収められたシャーデーのカヴァー「Kiss Of Life」がなんと言っても素晴らしいです。Nujabesのトラックにジョヴァンカとベニー・シングスの歌が、とろけるようなメロウネスを演出してくれます。他にもCALMやレイ・ハラカミなど、日本人クリエイターの極上トラックが並んでいるので、心地よいトワイライト・タイムを過ごせること間違いなし、です。もう一枚はharuka nakamuraのタイトルもズバリな『twilight』(我ながら夕暮れジャケが好きなんだと実感させられます)。日没の残光を写した、アーティスト自身によるジャケットの印象そのままに、陽が沈んでから夜の時間へかけての静かな時間を音にしたようなアルバムです。空気の中に溶けていくような繊細なニュアンスのピアノやギター、そしてヴォーカル。小さな音やノイズまでも含めて「音」として味わいたい、そんな一枚になっています。


左・V.A.『Mellow Beats, Friends & Lovers』
右・haruka nakamura『twilight』

『Twilight FM 79.4』V.A.
選曲監修:橋本徹(SUBURBIA)
2013年4月25日発売 2,400円(税込み)
レーベル:Après-midi Records

【Track List】
01. Into The Light / Arkestra One
02. Afternoon / André Solomko
03. Underway (Love Is…) / Dexter Story
04. Next Time Around / Abiah
05. Inside My Love / The Decoders feat. Sy Smith ミニー・リパートンのカヴァー
06. La Esperanza / Hendrik Mourkens & Gabriel Espinosa
07. Crystalize / Gary Marks
08. Macia Bahia / Qinho
09. You Go To My Head / Lauren Desberg feat. Gretchen Parlato
10. Move On Up / Sarah Jane Morris カーティス・メイフィールドのカヴァー
11. Two Kites / Trudy Kerr アントニオ・カルロス・ジョビンのカヴァー
12. Flor De Lis / Ellen D. ジャヴァンのカヴァー
13. Diario Di Una Caduta / Joe Barbieri feat. Jorge Drexler
14. Gaucho / Sara Isaksson & Rebecka Törnqvist スティーリー・ダンのカヴァー
15. Downstream / Benny Sings
16. A Case Of You / Kevin Sandbloom ジョニ・ミッチェルのカヴァー
17. Tristeza / Connie Evingson セルジオ・メンデス etc. のカヴァー
18. Let’ s Get Lost / Dorian Devins チェット・ベイカーのカヴァー