Another Quiet Corner Vol. 13 シモン・ダルメの映像的な作品は、
この夏のサウンドトラックに…。

(2012.08.13)

イントロだけで引きこまれたSSW。

このSIMON DALMAIS(シモン・ダルメ)という聞きなれない名前の人物は、フランス生まれの男性シンガー・ソングライター(以下SSW)です。彼が2011年にひっそりと発表していたファースト・アルバム『The Songs Remain』が「Apres-midi Records」より国内盤として発売されることになりました。

今まで紹介される機会はほとんどなく、おそらくこの存在を知っている人はそう多くないと思います。フランスの有名な女性シンガー、カミーユがお姉さんであるという驚きの事実もありますが、僕は今回初めて耳にしました。まず1曲目「Le Vol d’lcare」のイントロを聴いて一気に引き込まれました。アコースティック楽器を主体とした柔らかな音の質感、穏やかで耳馴染みのよいメロディ、ジェントルにささやきかけるヴォーカル……とにかくこんな素敵なSSWがいたのかという気持ちです。こんなにわくわくする感覚は久しぶりです。

「Quiet Corner」のフリーペーパーでは、今まで、その世界観に合う現代のSSWを数多く紹介をしてきましたが、このシモン・ダルメもまさにその一人です。僕はこのアルバムを通して聴き終えた時、最初の感動を越えて思わず言葉を失いました。正直、この作品の素晴らしさを言葉で簡単に説明するのはとても難しいです。しかし、目を閉じて聴いていると静かな興奮と安らぎと共に、彼の音楽を透して様々な風景が見えてきます。

シモン・ダルメ
映像的、そして英国的なサウンド。

彼の音楽の特徴は、古きよき時代のアメリカン・ミュージックから系譜する、例えばバート・バカラックのようなポップスを軸にしながら、それを包み込む内省感です。特にそれはサウンド・アレンジで顕著に現れています。SSWといってもフォークやブルースというよりは、クラシックやジャズ、映画音楽の影響が色濃く、幅広い背景の中から必要なエッセンスを抜き出し繊細かつ緻密に作りこんでいます。ソングライターとしての活動が中心である音楽家がひとりで吹き込んだ作品のようなパーソナルな印象も強く感じました。

シモン・ダルメは、ビートルズ、ビーチボーイズ、ニール・ヤング、ジェイムス・テイラー、ニック・ドレイクなど、主に60~70年の音楽に影響を受けたと述べています。サウンド面でいえばたしかにペットサウンズ以降のビーチボーイズやデニス・ウィルソンのソロ作品、ビートルズのポール・マッカートニーの影をちらほら感じることができます。

僕が彼の音楽を聴いて、ほかに感じたのはランディー・ニューマン、ハリー・ニルソン、トッド・ラングレンといったシンガー・ソングライターたち。みんな素敵なメロディを紡ぎ出す詩人のようなアーティストです。

またシモン・ダルメはどうも英国のSSWが持っている感性とリンクしてくるのです。70年代の英国のSSWがアメリカに憧憬を抱きながら描いた牧歌的な音楽風景は、乾いた“土”の香りというよりは、むしろ適度に湿った“草”の香りがします。シモン・ダルメのサウンドにはすこし霧のかかったような残響音があり、それが幻想的でドリーミーな雰囲気を醸し出しているのかもしれません。英国出身のルパート・ホルムズの初期作品や、ホリーズのヴォーカリストであったテリー・シルヴェスターのソロ作『I Believe』、SSWのダンカン・ブラウンの1作目『Give Me Take You』なども併せてオススメしておきます。


左・Dennis Wilson『Pacific Ocean Blue』
右・Duncan Browne『Give Me Take You』
ゲストミュージシャンと

『The Songs Remain』にはヴォーカル曲のほかに、インタールード的な役割を果たすインスト曲が収録されています。この演出が作品のコンセプトをより強めて、まるで一編の短編映画を観ているようなアルバムのつくりに…。そういえば『The Songs Remain』のPVも、雪景色をモチーフにしたセリフのない短編映画のようなのでぜひご覧になってください。

そしてこのアルバムには鍵となる人物、オリヴィエ・マンションが参加しています。発売元のBEE JAZZレーベルのマネージャーMohamed Gastliの紹介によって、彼はこのアルバムに参加したようですが、弦楽器を中心に演奏を行うマルチ・ミュージシャンであり、アメリカの女性SSWクレア・マルダーの夫でもあります。彼女が率いるグループ「クレア&ザ・リーズンズ」が生みだすノスタルジックな世界観はオリヴィエ・マンションの力が大きく作用しています。この『The Songs Remain』にもまた、共通項をいくつも見つけることができるはずです。ちなみにクレア&ザ・リーズンズのファースト・アルバムはずばり『Movie』というタイトル。まさに架空のサウンドトラックのような想像力を掻き立たせる傑作でした。

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そして何よりも素晴らしいのは、シモン・ダルメのソングライティングの才能です。上記に挙げた偉大なる音楽家たちに引けを取らないメロディ・センスは、シモン・ダルメ自身の人柄さえも伺えるように優しく響きます。彼自身“一番のお気に入りの曲”と語る「Following」は、作曲してから7、8年ほど眠らせてから最終曲に選んだということで、このアルバムがとても丁寧に作られたことがわかります。タイトルに掲げられた『The Songs Remain』(歌は残る)というタイトルの意味も納得できます。

『The Songs Remain』は決して派手な内容の作品ではありません。全編にわたってゆっくりと時間が過ぎていき、聴く人の心に寄り添うような優しい作品です。どの曲がいいというよりはアルバム全体をじっくり楽しめることができるもので、聴く時間、場所、環境によって印象も変わってきます。いつの日か聴きかえしたときに、今年の夏の映像を思い出す素敵なサウンドトラックとなり、きっと記憶に片隅に大切に残されるでしょう。

『The Songs Remain(ザ・ソングス・リメイン)』

Simon Dalmais (シモン・ダルメ)
監修:橋本徹(SUBURBIA)
2012年8月12日 2,400円(税込み)RCIP-0175
レーベル:Après-midi Records 
発売:インパートメント

     
 
 
 

【Track List】
01. Le vol d’lcare
02. Waiting
03. Love again
04. Relaxandrea
05. Get on nice
06. Sunday promise
07. Sweet senses my love
08. Unfound home
09. L’ecole de la vie
10. Moving to town
11. 29 chords
12. Following

SIMON DALMAIS ”THE SONGS REMAIN”