Nicked Drake 『Wraiths』by Gareth Dickson 11月来日!ニック・ドレイクの魂が蘇る、
慈愛に満ちた幽玄なる「うた」。

(2013.10.28)

ニック・ドレイク。寂寥感に共感し癒される。

ニック・ドレイク(1948-1974)は恵まれた才能を持ちながらも若くして世を去った英国のシンガー・ソングライターです。享年26歳。あまりにも短い人生。彼が生前に発表したアルバムは3枚。そのどれもが現在も販売され売れ続けています。ニック・ドレイクの音楽を聴くたびに思い出す言葉があります。1つは、映画監督・熊井啓の「人の痛みは明・軽・単では癒されない」。もう1つは、ドイツの精神科医フランクルの「どんな時でも人生には意味がある」という言葉です。この2つの言葉を絡めながらこのコラムを進めて行きたいと思います。

ニック・ドレイクの音楽は、決して明るく軽快で単純な音楽ではありません。むしろその反対。仄暗くて湿った憂いのある佇まい。寂寥感と言ってもいいでしょう。乱暴に言えば「暗くて、重くて、難しい」。そんなニック・ドレイクの音楽。

でもどうでしょう。「明るくて、軽くて、単純な」そんな音楽で、僕らは根っこから立ち直ることが出来るのでしょうか。少なくとも僕には出来ません。心が塞いでどうにもならない、心許せる友人達や家族の言葉にさえ心が開かない。そんな底辺の時には、同質の痛みや悩みを描いたリアルな表現こそ薬になる、僕はそう思います。彼の残した3枚のアルバム。そこに並んだ楽曲の多くは、そんな心の傷や苦悩による疲れを本質的に癒してくれる、珠玉の楽曲が詰まっています。

どんよりとした曇り空が似合うニック・ドレイクの声とギター。根っこには、明らかにブリティッシュ・フォークの伝統。加えて、彼の心身を通ったジャズやクラシックなどからの影響が時に繊細に時に劇的な様相も交えながら展開されて行きます。そしてその調べの根本は穏やかで優しげです。繊細だけれど温もりがある、内省的だけれど素朴さも少し残っていたり。この絶妙なアンバランス感は彼特有のものだと思います。もちろんメロディメイカーとしても抜群のセンスを持っています。

ガレス・ディクソン。独特の幻想性とアンビエンス。

ガレス・ディクソンはスコットランド・グラスゴーのSSW/ギタリスト。2005年の復活劇も記憶に新しいヴァシュティ・バニヤンのバンドのギタリストとして彼女の活動再開を支えたことや、アルゼンチン音響派の才媛フアナ・モリーナのアルバム『Un Dia』(2008)への参加が特に知られるところです。アルバムはこれまでに4枚。ニック・ドレイクから強い影響を受けていながら、電子音楽専門のレーベル12kからアルバムを発表しています。

彼は幾多のニック・ドレイク・フォロワーと違い、電子音楽/アンビエント音楽にも深く傾倒した、現代の空気を吸ったシンガー・ソングライター。ディレイ/リヴァーブを駆使し、ドローンなども取り入れたギター演奏。独特のアンビエント感覚、ミニマル感を携えながら醸し出されるその世界に身を委ねていると、いつしか自分が、まばゆく揺らめく光の移ろいの様なサウンドと心象風景が折り重なるような不思議な時間軸に迷い込んだような錯覚を覚えます。

でも、そこには確実に「うた」が存在します。そんな独特の幻想性とアンビエンスと受け継がれた「うた」の共存するガレス・ディクソンの音楽。4枚のアルバムのうち、自宅録音を集めた『Collected Recordings』(2009)は、彼の歌紡ぎとしての側面がより良く率直に表出した傑作です。また、その『Collected Recordings』に収録のニック・ドレイク流儀の名曲「Two Trains」を先のフアナ・モリーナとデュエットしている動画がディクソン自身の手でYouTubeにアップされています。フアナとディクソンがニック・ドレイク的感性で繋がっていることを示す素敵な動画です。是非一度チェックしてみてください。

ガレス・ディクソン
ガレス・ディクソン
「ニックド・ドレイク」という活動。音楽に向き合うこと。

この「ニックド・ドレイク」という名義の活動は、彼自身の原点であるニック・ドレイクの音楽に、あらためて向き合い取り組んでみようという純粋で単純なものでした。それはニック・ドレイクの楽曲の研究を行い、ライヴで演奏し、ネットで公開する、という自分自身へ向けたひそやかな試み。

しかしそれは非常に熱心に、真摯に行われました。その結果、新たに録音して商品化されることになったのです。今回のこの作品のタイトル『Wraiths』。直訳すると、(死の前後、他人に見える)生霊、死霊。収録曲全11曲のうち、選ばれた楽曲の8曲がニック・ドレイク最後のアルバム『Pink Moon』所収の楽曲になっています。このアルバムは、ニック・ドレイクの作品の中で最もシンプルで自我がむき出しの作品。編成もニック自身の歌とギターとピアノ、ただそれだけです。彼自身が「余分な装飾はいらない」と、強い意向を示したことは知られています。加えてニック自身の心身の体調が著しく悪化し、歌詞もなかなかできず、レコーディングはおろか、会話さえままならない中で作られたアルバムといいます。

ガレス・ディクソンが『Pink Moon』から多くの楽曲を選んでいることから、ニック・ドレイクの音楽の芯を捕らえんとする意気込み、深い思いが伝わってきます。『Pink Moon』を発表の2年後、ニック・ドレイクは26歳でその短い一生を終えます。ニック・ドレイクが息も絶え絶えにギリギリの状態で録音した作品——今回ガレス・ディクソンがアルバムのタイトルを、『Wraiths』としたのは、ニック・ドレイクの生霊を蘇らせたいという想いからではないでしょうか。いや、そうであってほしいと願います。

君の「うた」は今も生きてる。君の人生は無駄じゃなかった。

ガレス・ディクソンとニック・ドレイクを比べてみると、ガレス・ディクソンの歌とギターにはまろやかさとぬくもりが宿っており、何よりも育ちの良い紳士的な風合いが漂っているのがわかります。それにもう1つ。これらのニック・ドレイクの残した楽曲が、作者自身の手から離れ演奏されることによって、楽曲の良さが浮き彫りになり明確に映し出されています。それは時に不思議で幸福な風景と共に浮かび上がってくるのです。そして僕はこの美しい行為を「伝承」と呼びたいと思います。

ドイツの精神科医、フランクルが言った「どんな人生にも意味はある」という言葉。その死が今もなお悔やまれるニック・ドレイクの人生は苦悩に満ちていました。が、それだけに彼の短き一生は、苦悩した分だけ、深みと厚みがあり、意義深かったと思います。彼は人生に絶望したのだろう。でも、人生は彼に絶望しなかった。なぜなら、彼の死後40年たったいま、彼の歌が、こんなにも慈愛に満ちた形で蘇ったのですから。

この『Wraiths』という作品を聴いて僕はあらためて思いましたニック・ドレイクの人生は一般的な尺度では、報われない損な人生でした。けれど、彼が遺した「うた」に僕らは救われ人生に希望を見出している、そして彼の背中を見て育った新しい「うた」が世界のあちこちで生まれている。ここに彼の音楽家としての素晴らしい業績があると思います。

ニック・ドレイク没後40周年を記念するこの年にこんな素敵なアルバムが日本だけで発売されることにうれしさと大きな意味と意義を感じています。ぜひ店頭で手にとって聴いてみて頂きたい、強くそう思いながら、このコラムを終えたいと思います。
 

【Event情報】
「tutti」-美味しい音楽
「美味しい音楽」という切り口で、音楽評論家・渡辺亨さんが選曲とトーク。
2013年11月3日(日) open/18:00 charge/2,000円 (1food付き+1drink order)
出演:渡辺亨(音楽評論家/選曲家/DJ)、鬼頭黎樹(songs)
会場:カフェ カンテマンフィーラ(岐阜市岩地3丁目1-1)*駐車場有
予約&問い合わせ:Tel.058-240-9222

『Wraiths(レイス)』
Nicked Drake / Gareth Dickson(ニックド・ドレイク / ガレス・ディクソン)
2013年10月24日発売 2,000円 (税込) LIIP-1517 レーベル : Lirico

【Track List】
1. Road
2. Free Ride
3. Parasite
4. From the Morning
5. Things behind the Sun
6. Rider on the Wheel
7. Cello Song
8. Place to Be
9. Harvest Breed
10. Fly
11. Pink Moon

【egil olsen & Gareth Dickson Japan 2013】
11月16日(土)東京 富士見丘教会
11月17日(日)京都 アバンギルド
11月18日(月)名古屋 spazio rita
11月21日(木)東京 CAY