梵(ぼん)な道具を聴いてみる。 第十四回夏至:陽が沈み夜の匂いが漂い始める頃、瑠璃色の湖面に浮かぶ花弁。

(2013.06.21)

「梵(ぼん)な道具を聴いてみる」第十四回は、朝鮮時代の瑠璃釉(るりゆう)徳利をご紹介。几帳面ではない瑠璃色の表情が、まるで夕暮れに見る湖面のよう。本格的な夏が始まる前に、徳利に広がる「静かな闇」についての考察を。

瑠璃釉とは。

骨董好きから「ルリ」と呼ばれる、爽やかな濃紺色の器をご存知だろうか。有名なのは伊万里や瀬戸で作られた蕎麦猪口や向付、海外に目を向けると中国の祥瑞や朝鮮の官窯で「ルリ」の作品が確認できる。瑠璃釉の磁器の多くは東アジアで作られているが、瑠璃色を発色する磁器のほとんどが「瑠璃釉の◯◯」と呼ばれている。「そんなの当たり前じゃないか。」と思われるかも知れないが、実は瑠璃釉磁器の仕上げ方は一様ではない。

大別すれば、瑠璃色を発色する釉薬(灰と珪石をベースに酸化コバルトを5%程度混ぜたもの)で仕上げたもの、酸化コバルト、つまり染付に使用する呉須のみを本体に塗布してから灰釉を総掛けして焼成したものの二つのパターンに分けられる。二つとも成分的には同じだが、仕上がりには大きな差が出る。

前者は釉薬にコバルトが含まれているため全体的に均一な瑠璃色を呈し、幾分艶やかな表情が生まれる。後者は磁器土の乾燥生地に呉須を塗り、生地が呉須を吸った後に灰釉を総掛けし薪窯で焼成されるが、磁器は石を粉砕した滑らかで固い生地であるため呉須を塗るときにムラになりやすく、全体的に濃淡が生まれる。

これは手法の問題であり、どちらが良い、という事はないが一段と味わいを追求するのであれば後者に軍配を上げたい。

瑠璃の印象、二つ。

二つの表情を持った瑠璃釉磁器。釉薬の方の瑠璃は全体に艶やかで、何より眼にも爽やかな味わいがある。盛られた野菜の色を存分に引き立ててくれ、殊に夏日はひとときの眼福となる。呉須を塗った方の瑠璃は同様に爽やかな表情を見せながらも、その表情は一通りではない。濃いムラを含んだ表情には夕暮れの湖面にたゆたう闇、まるで「あちら側の世界」に吸い込まれそうな怖さをも感じさせ、数奇者から「薄瑠璃(うするり)」と呼ばれるコバルトを薄く塗った表情のものは、どちらかというと春霞を思わせる清楚な印象がある。

例外もあろうが、瑠璃「釉」の磁器はほとんどが総掛け、つまりコバルト一色に仕上げられる事が多いのに対し、呉須仕上げの方は余白のどこかに生地の白色を残す、というパターンが多いようだ。これは呉須が高級品であり、少しでも節約したいという経済の問題だと邪推するが、一方美的な感覚に転じると、瑠璃色の闇を引き立たせるため、わざと余白に白(昼の明るさ)を残したのではないか。些細なところにこそ作者の風流が息づいている、こともある。

瑠璃釉の朝鮮徳利

写真の徳利は乾燥生地に花を線刻し、呉須を塗って仕上げた朝鮮後期のものである。瑠璃色の器は白磁や染付のものよりも一段高級品であったため、勢い高位の手に渡った。主に分院里で焼成されたこれらの器は韓国中から技能に長けた者が集められ従事させられたが、郷里に家族を置いての重労働であったに違いない。この徳利の作者たちは人知れず闇の中に咲く花、あるいは静かに湖面に浮かぶ花弁に自らの孤独を投影していたのかも知れない。

夏至に聴きたい音楽

New Moon Daughter / Cassandra Wilson

ミシシッピ州出身のジャズ・シンガー、シンガーソングライター。1996年リリースの通算10作目となる本アルバムはグラミー賞最優秀ジャズ・ボーカル賞に輝き、このアルバムで彼女を知った、という方も少なくないと思う。

アルバムの冒頭、ビリー・ホリデイのレパートリーとして有名な「奇妙な果実」は、マッチを擦りタバコの煙を燻らす音から始まる。これは歌詞に表出する黒人奴隷たちの闇をより深化させる「暴きの灯り」であり、未だ人種差別の酷いミシシッピ州における彼女なりのプレゼンスなのかも知れない。ジャズ、という形式だけのものになってしまった音楽に、魂(ブルーズ)の注入棒を振りかざしている彼女の音楽にこそ、現代音楽界のひとつの良心を見る気がする。

Bon Antiques展示会情報

7月21日(日)大江戸骨董市に出店します。
時間:8〜16時(雨天の場合は中止)
場所:東京国際フォーラム前広場

金沢で開催中の生活工芸プロジェクト。プロジェクトの中心的存在のショップ「モノトヒト」の90 days shopに奈良の『くるみの木』が出店されます。奈良の優れた物産や作家もの、オリジナル商品の他、Bon Antiquesの骨董も置かせていただきます。
モノトヒト 90 days shop「くるみの木」
7月5日(金)〜9月30日まで