gretchen parlato『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』リリース。ニューヨークのDNAを継承する
グレッチェン・パーラト。

(2013.12.12)

「ニューヨークの音楽」というジャンルがあるとしたら。
“音楽ジャンル”ではなく、それぞれの土地に根づいた“街ジャンル”というものがあると思っている。“東京の音楽”でも“渋谷の音楽”でもいいし、“パリの音楽”でも“サンジェルマン=デ・プレの音楽”でもいい。さまざまな人種、雑多な価値観や文化が混じるほど、その街の空気やリズム、人々のルール、価値観がおぼろげに確立されてくるはずだ(共生していくために)。音楽にも、それらが一体となったような、その地に棲む人たちが自然と放出してしまう匂いというものがあるはずだ。
 
そこで“ニューヨークの音楽”というものを仮定してみたい。例えば30年代のハーレムはコットンクラブの主、デューク・エリントン。40年代のチャーリー・パーカーを中心とした革新的なジャズ・スタイルのビ・バップ。50年代の輝かしい黒人音楽の数々、そしてストリート・コーナー・シンフォニー。さらにナイトクラブ、ザ・パレイディアムを彩ったマチート、ティト・プエンテらのニューヨーク・ラテン。そして一大勢力のハード・バップ(マイルス・デイヴィスは我が物顔で街を闊歩していたはずだ)。60年代半ばにラテンとソウルとが結託したブーガルー。その土壌を利用してサウス・ブロンクスから成り上がったサルサのウイリー・コローン。そしてグリニッジ・ヴィレッジのコーヒー・ハウスで響きわたったフォーク。70年代、摩天楼の闇の中にある光りをそれぞれの詩で感じとったローラ・ニーロ、エクトル・ラボー、ルー・リード(みんなこの世にはもういない…)。ヒップホップ、ガラージュetc。なぜかみな、“ニューヨーク・ミュージック”という言葉をあててみると、音楽ジャンルだけでは迫れない、もうひとつの音の輪郭が浮かび上がってくるようだ。

今回ご紹介する、ストレートな題名がいさぎよいグレッチェン・パーラトのライヴ盤『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』。ちょうど一年前の2012年12月、ニューヨークのロックウッド・ミュージック・ホールでのライヴを録音したもので、CD+DVDという仕様である。これはジャズというジャンルの音楽だが、前述した音楽の系譜に連なるニューヨーク・ミュージックでもある。グレッチェンはL.A.生まれ。カリフォルニア大学でジャズを学び、2004年には近年の新人アーティストの登竜門ともいえるセロニアス・モンク・インターナショナル・ヴォーカル・コンペティションで優勝。ちょうどこの頃からニューヨークで活動を始めている。順調にリーダー作を作り続け、2010年のアルバム『ロスト・アンド・ファウンド』では共同プロデューサーにロバート・グラスパーを迎え、このライヴ盤にも参加している同世代の多くの有能なミュージシャンたちと新世代ジャズ・アルバムの金字塔のようなアルバムを完成させた。それをさらに醸造させたのがこのライヴ・アルバムである。

もしも20年ぶりにニューヨークを訪れることができたなら。

このアルバム、既存のジャズのイディオムに重心はなく、多様なジャンルの影響がサウンドや各楽器の音色やフレイズ、リズム、空間の作り方に自然とあらわれている。冒頭の「Buttterfly」からその鮮烈さはすぐに聞きとれるし、続く「All That I Can Say」(ローリン・ヒルがメアリー・J・ブライジに提供した曲)では、ジャズとヒップホップ・ソウルが艶めかしく融合されている。この感覚は、グレッチェンを含む参加メンバーの多くが1970年代後半生まれで、世代的に多くのジャンルを並列に吸収していることも関係している。そしてさまざまな音楽的引き出しが、ある独特のムードに向けて統一されていくような、そんな快感がある。ムードを作っているひとつの理由としてはグレッチェンの囁くようなヴォーカル・トーンが関係している。彼女の声はサウンドに同化しながらも、同時にサウンドから独り屹立している。アグレッシヴなサウンドでも森閑さを作りだしている。この構造は50~60年代のマイルス・デイヴィス(のミュート・トランペット)と酷似している。そして何よりも、さまざまな価値観をまとめあげ、自然に摂取していくサウンドはこの街の音楽史特有のもの。これも独特のムードを作っている理由のひとつのはずだ。それは最終曲「Better Than」で見事に結実している。マイルス・グループがジャズを軽々と乗り越え、同時にジャズを発展させた作品『Kind of Blue』(1959)の最終曲、「Flamenco Sketches」と同じ匂いを感じてしまう。

ぼくが初めてニューヨークの地を踏んだのは1994年の冬。現地に着いて、どんな音楽が心の中で鳴り響くのか事前から期待していた。そしてタクシーでマンハッタン島に降り立ち、凛とした寒さの中で頭の中に響きわたった音楽はローラ・ニーロの「The Bells」」(もと歌はモータウンのコーラス・グループ、オリジナルズ)という曲だったことは今でも鮮烈な記憶である。もし20年ぶりにこの地に行くとしたら、おそらく、鳴り響く音はグレッチェンのこの「Better Than」以外は考えられない。

『live in nyc』(ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ)
gretchen parlato(グレッチェン・パーラト)

CD+DVD 3,360円(税込) 2013年11月20日発売 レーベル:ヤマハミュージックアンドビジュアルズ


■録音:2012年12月5日、6日 ロックウッド・ミュージック・ホール、ニューヨーク(エンジニア:ドリュー・ソーントン)
グレッチェン・パーラト (ヴォーカル、パーカッション)
テイラー・アイグスティ (ピアノ、キーボード)
アラン・ハンプトン (ベース、ヴォーカル) ※CD: M-1, 3~6/DVD: M-2, 3
マーク・ジュリアナ (ドラムス) ※CD: M-1, 3~6/DVD: M-2, 3
バーニス・アール・トラヴィス(ベース、ヴォーカル) ※CD: M-2, 7~9/DVD: M-1, 4
ケンドリックス・スコット (ドラムス) ※CD: M-2, 7~9/DVD: M-1, 4
【Track List / CD】
1. バタフライ butterfly (jean hancock / herbie hancock, benny maupin)
2. オール・ザット・アイ・キャン・セイ all that i can say (laurynn hill)
3. アロー、アロー alô, alô (paulinho da viola)
4. ウィズイン・ミー within me (francis jacob)
5. ホールディング・バック・ジ・イヤーズ holding back the years (mick hucknall / mick hucknall, neil moss)
6. ジュジュ juju (gretchen parlato / wayne shorter)
7. ウイーク weak (brian alexander morgan)
8. オン・ジ・アザー・サイド on the other side (francis jacob)
9. ベター・ザン better than (gretchen parlato)

【Track List / DVD】
1. ウイーク weak (brian alexander morgan)
2. バタフライ butterfly (jean hancock / herbie hancock, benny maupin)
3. アロー、アロー alô, alô (paulinho da viola)
4. ベター・ザン better than (gretchen parlato)