Another Quiet Corner Vol. 24沈黙の次に最も美しい音をつくる
ECMとQuiet Cornerの関係。

(2013.08.14)

クワイエット・コーナーと共感するECMアルバムとは。

“most beautiful sound next to silence”、直訳すると“沈黙の次に最も美しい音”。これがECMのコンセプトだと言われています。マンフレート・アイヒャーによって1969年に設立されたECMは、その言葉が示しているとおり、内面的な静けさに横たわる耽美な音を追求しているレーベルです。このような美意識は、録音やアート・ワークなど、細部に至るまで行きわたり、徹底したこだわりを感じることができます。残響を活かした独特の録音、自然や日常の場景を写したアノニマスなアート・ワークは、レーベルに対する強い印象を与えます。しかし現在1000枚を超えるカタログをもつECMを、一言で表現すのは到底むずかしいことだと思います。僕もECMなら何でも好きだと胸を張って言えません。たとえば即興性の高い作品や、アヴァンギャルドで難解な現代音楽などがそうです。つまりECMには揺るぎない理念をもちながら、様々な音楽がそこに存在しているのです。

今回、クワイエット・コーナーの特別号としてECMの特集を組んだのは、そんな実は幅広いECMの世界観を、クワイエット・コーナーの切り口で紹介してみたいと思ったからです。僕と同じような感覚を持っているECMファンの方たちと共感しながら、まだECMを知らない方にはきっかけになるフリーペーパーになればいいなと。そのために、日本屈指のECMファンとして知られている音楽家の伊藤ゴローさんに「ECMに寄せて」と題したメイン・レビューを書いていただき、そして信頼できる執筆陣の方たちにはお気に入りの一枚を選んで頂きました。さらに僕は、「メディテイティヴ」「リリカル」「トラディショナル」「クラシカル」という、クワイエット・コーナーらしい4つのテーマを掲げて、それぞれ6枚ずつ作品を選びました。そんなセレクションを眺めていると、不思議なことに今までのクワイエット・コーナーで紹介してきた音楽たちとゆるやかにリンクしていると気づいたのです。


左:DINO SALUZZI / CITE DE LA MUSIQUE
右:Quiet Corner feat.カルロス・アギーレ

左:NORMA WINSTONE / STORIES YET TO TELL
右:Quiet Corner feat.グレッチェン・パーラト

左:JAN GARBAREK / VISIBLE WORLD
右:Quiet Corner feat.カルロス・ニーニョ

左:ARVO PART / ALINA
右:Quiet Corner feat.ゴンザレス

パット・メセニーやディノ・サルージをセレクトした「メディテイティヴ」では、色彩豊かに連なる音の風景が藤本一馬やカルロス・アギーレと。ノーマ・ウィンストンやステファノ・ボラーニをセレクトした「リリカル」では、繊細な歌声やピアノ・タッチがグレッチェン・パーラトやアンドレ・メマーリと。ステファン・ミンカスやヤン・ガバレクをセレクトした「トラディショナル」では、崇高でスピリチュアルな響きがバラケ・シソコやカルロス・ニーニョと。ラルフ・タウナーやケティル・ビヨルンスタをセレクトした「クラシカル」では、余情にあふれた静謐な表現が伊藤ゴローやゴンザレスと……。このように、もしも彼らの作品がそこに一緒に並んだとしても、何も違和感がないのです。僕がECMの世界観に強く惹かれる理由のひとつは、こういった自由な繋がりをみせる懐の深さなのかもしれません。クワイエット・コーナーの紙面やこのコラムでも、つい「ECMらしい」という形容詞を使いたくなるのですから。

マンフレート・アイヒャーのメッセージ。

いつかMUZAKの福井さんに『ECMカタログ』の執筆者である原田正夫さんが経営している喫茶店「月光茶房」に連れて行ってもらったことがありました。そこで印象的だったのが、たくさんのECM作品たちの中に、やはり以前にクワイエット・コーナーでも紹介したキング・クレゾート&ジョン・ホプキンスの『Diamond Mine』が並んでいたことです。このように多くの音楽ファンの心を鷲掴みにしながら、想像を自由に働かせる、ECMの魅力はどこから生まれるのか。その答えを知っているのがレーベルのプロデューサーであるマンフレート・アヒャー。彼の生の声が聞ける貴重な講演イベントは、9月に予定されていましたが、残念ながらつい先日、主催側からアイヒャーの体調不良による開催延期がアナウンスされたばかりです。

最後にECMの一番の魅力は、コンセプトにも掲げている「沈黙」だと思います。ECMの作品には演奏がはじまる前に、ほんのひとときの無音部分が用意されています。伊藤ゴローさんは、それについて「ECMの全てを物語っている」と述べております。たしかにあの沈黙は聴き手を、どこか特別な場所を連れて行ってくれるような気がします。しかしあの無音部分は一体何のか? 僕はジャケットを眺めて、この数秒の沈黙に包まれると、アイヒャーからのメッセージを感じます…「沈黙さえも美しい音である」と。完成されたばかりのECM号を読みながら、そしてゆるやかに繋がる音楽のことを考えながら、時には沈黙に耳を傾けることも必要なのかもしれないと思ったのです。


ECMカタログ

Another Quiet Cornerとは

aqc24_ecm2このコラムはHMVフリーペーパー『Quiet Corner』編集長・山本勇樹さんが、『Quiet Corner』で書ききれなかった音楽を伝えてくれる連載です。2009年HMV渋谷店にできた「心を静かに鎮めてくれる豊潤な音楽」をジャンルや国籍に関係なくセレクトした伝説の売り場「素晴らしきメランコリーの世界」が、アルゼンチンの音楽家カルロス・アギーレと共鳴する音楽を聴くというbar buenos aires選曲イベントへと繋がりました。イベントごとにつくられた幻のフリーペーパー『素晴らしきメランコリーの世界』が、2011年春「Quiet Corner」と名前を変え、同じコンセプトで静かだけではない豊かでQuietな音楽を紹介し続けています。