フェルナンド・シルヴァ『Miro por la ventana〜窓の外を眺めて』記憶の彼方の情景が脳裏に浮かぶ
F・シルヴァ「窓の外を眺めて」。

(2014.04.14)
miro_hd
アルゼンチンのリトラル地方から届いた美しいアルバム。

この春、bar buenos airesレーベルより半年ぶりの第3弾作品として、アルゼンチンのコントラバス/チェロ奏者/コンポーザー、フェルナンド・シルヴァの『Miro por la ventana〜窓の外を眺めて』がリリースされました。カルロス・アギーレをして「私の音楽面での兄弟のような関係」と言わしめたフェルナンドは、アルゼンチンのコンテンポラリー・フォルクローレを語る上で外せない重要なアーティストの多くと交流をもち、多くの作品に参加してきました。

僕がフェルナンド・シルヴァを初めて知ったのは、セバスティアン・マッキ(ピアノ)、クラウディオ・ボルサーニ(ヴォーカル&ギター)とのトリオ名義のアルバム『ルス・デ・アグア(水の輝き)』でした。この作品はアルゼンチンのコンテンポラリー・フォルクローレ史に残る名作であり、「静かなる音楽」ムーヴメントを牽引してきたbar buenos aires(以下bba)の活動において、カルロス・アギーレ・グルーポの『クレーマ』と並ぶ記念碑的な作品。全編に渡って、アルゼンチンを代表する詩人、フアン・L・オルティスの詩にメンバーが曲をつけた作品が収められています。古本のような風合いの紙ジャケットを開くと、フアンの詩を一編ずつ収めたまるで詩集のようなブックレットが貼り付けられていました。当時フアン・L・オルティスについてまったく情報もなく、その詩の世界を理解するすべを持たなかった僕は、ただその美しい装丁に触れ、眺めながら、流れる音楽に心を浸していました。

ルス・デ・アグアからカルロス・アギーレ、そしてbar buenos airesへ。

このアルバムが今はなきHMV渋谷店の「素晴らしきメランコリーの世界」というコーナーで紹介され、僕を含むたくさんの人々を魅了したのが2009年末のことでした。翌年10月に実現したカルロス・アギーレ初来日ツアーの期間中、彼は日々の会話やインタビューにおいて、自身のインスピレーションの源がパラナ河の雄大な自然だということ、そして自分やフェルナンド・シルヴァに留まらずアルゼンチンのリトラル(パラナ河を中心とした地方)の多くの音楽家にとって、フアン・L・オルティスの詩がいかに深い影響を与えてくれたのかを熱っぽく語ってくれました。『ルス・デ・アグア』に魅了されてから約1年を経て、カルロス・アギーレの言葉を通じてこのアルバムの意味を知ることができたのです。

『Miro por la ventana〜窓の外を眺めて』は、フェルナンド・シルヴァ初のリーダー・アルバム。オリジナル盤はカルロス・アギーレ主宰のレーベル「シャグラダ・メドラ」からのリリースです。

1990年ごろから活動を始めたシャグラダ・メドラは、大量生産に抵抗するかのように一貫して丁寧な装丁のアートワークにこだわり、音楽を含めた芸術作品としてのCDをリリースしてきました。前述の『ルス・デ・アグア』はもちろん、カルロス・アギーレ・グルーポの『クレーマ(通称:白盤)』『ロホ(同:赤盤)』『ヴィオレタ(同:紫盤)』など、音楽的に最高峰でありながら装丁も徹底して手作りにこだわり、1つとして同じものがない諸作品、そしてbbaレーベルの第2弾リリースでもあった『ルカス・ニコティアン&セバスティアン・マッキ』まで、常に素晴らしい作品を発表し続けています。

 
 
窓の向こうに広がるあなたの情景を心に描きながら…。

そして今回のアルバムもまた期待に違わぬものです。幕開けとなるタイトル曲「Miro por la ventana」は、フアン・L・オルティスの詩にフェルナンドが曲を付け、参加ミュージシャンには『ルス・デ・アグア』の2人に加えカルロス・アギーレも名を連ねるという、何とも豪華な作品。続く「Danzando」はフェルナンドのコンポーザーとしての才能が遺憾なく発揮された名曲で、アルゼンチン・フォルクローレからミナス・ミュージック、クラシックからAORまで様々な要素が1つの曲に溶け合っています。カルロス・アギーレの作品を取り上げた「Hace tiempo」や「Evocacion futura」で聴くことのできる、フェルナンドが弾く弦のまろやかな音色や幻想的な響きは彼の真骨頂と言え、豊かな感受性と懐の深い音楽性が反映された作品が並ぶこのアルバムは、聴き進むにつれて記憶の彼方の情景が脳裏に浮かぶような感覚を覚えます。

それはまるで、このアルバムのジャケットや封入リーフレットにあしらわれた、水滴がついた曇り窓からの眺めを写した写真そのものです。光が弾け、時にぼやけて明確な像を結ばないイメージは聴き手の想像力を静かに、しかし深く刺激してくれます。ぜひ、アートワークを眺め、bar buenos airesのメンバーによる序文やライナーノーツを読みながら、ゆっくりと耳を傾けてください。この作品が、あなたにとっての“純粋なまでに美しい情景”を呼び起こしてくれることを願っています。

Miro por la ventana ~ 窓の外を眺めて / Fernando Silva
2014年4月10日発売 2,484円(税込) RCIP0203
レーベル:bar buenos aires

【Track List】

1. Miro por la ventana
2. Danzando
3. Candombe pa la Negra
4. Hace tiempo
5. A pata luma
6. Evocacion futura
7. Tarde gris
8. Bienaventuranza
9. Booper / Republica de Tenochtitlan