至宝トリオが追求する究極の美音は生活ノイズすら音楽に変えてしまう。音から究極の輝きを引き出す
ポーランドのRGG『シマノフスキ』

(2013.12.20)

All photos by Gosia Frączek

All photos by Gosia Frączek
驚きのメンバー交代直後の大胆な挑戦は、まさにRGGイズム。

私は普段「ポーランドジャズ専門ライター」を名乗って活動しています。私の仕事のことを知った方のうち7割くらいはポーランドの音楽に興味があって、2~3割くらいは私に会う前にポーランドの音楽をすでに聴いたことがあります。そして、驚くべきことにその2~3割の方々うちほとんどがご自分の「お気に入りアーティスト」を持っています。あいさつの後の初めての会話は、自然とそういうお気に入りについての話題となりますが、登場する確率が物凄く高いのが、このピアノトリオ、RGGです。面白いのは、他に挙がるポーランドのアーティストと違ってまだ世界的な評価を得ていないというところです。そんなに知名度が低いのに、日本では一度聴いた人はかなりの割合でファンになっている。本当によく「RGGの新作っていつ出るか知っていますか」って質問をいただきましたが、やっとお答えできます。新作『シマノフスキ』がとうとう登場です。

この国の音楽を一度でも聴いたことがある人はみな「何て音がきれいなんだろう」という感想をもらします。ポーランドのアーティストは「いかに美しい音を出すのか」ということに非常に真剣に向き合っていますが、RGGはそんな中でもとりわけ磨きぬかれた音を発するユニットです。特に、美を表現しやすい「旋律」をあえて排し、流れの中で繊細に変わりゆく音の響きの魅力だけで2時間を一気に押し切った4作目の2枚組『True Story』には本当に驚かされました。

メンバー3人の頭文字を取ってバンド名とし、その3人で12年間「RGGイズム」とでも言うべき独自の美学を感じさせるサウンドを貫いて来たRGGなのですが、今年誰もがあっと驚くメンバーチェンジを行いました。ピアノトリオの心臓と言えるピアニストが、まだ22歳になったばかりの若き俊英ウカシュ・オイダナに交代したのです。そんな、とてつもなく挑戦的な環境のもとに録音されたのがこの新作。コンセプトは、アルバムタイトル通りポーランドの国民的作曲家カロル・シマノフスキの作品です。

Maciej Garbowski – double-bass
Maciej Garbowski – double-bass
Krzysztof Gradziuk – drums
Krzysztof Gradziuk – drums
Łukasz Ojdana – piano
Łukasz Ojdana – piano
長く国民に愛されてきたシマノフスキ作品を「現代の響き」へ美しく転化。
ポーランドという国では、他国にくらべ非常にクラシック作品のジャズ化が多いのはご存知でしょうか。ショパン・ジャズは毎年何枚もリリースされていますし、近年はクシシュトフ・ペンデレツキやヴォイチェフ・キラルら日本でもよく知られている現代音楽家の作品のジャズ化も盛んです。本作もその流れの中にあるものと言えるでしょう。
 
シマノフスキは、国内のクラシックシーンではショパンに次いで多く演奏される、とても国民に愛されている作曲家です。しかしRGGが選んだのは、長く愛されてきたシマノフスキ作品のエッセンスをそのままカバーするのではなく「今を生きる、現代の音楽」として一音一音、隅から隅までRGGイズムを貫いた演奏をすることでした。オイダナに代わってもOGGとならずRGGのままなのは、自らの音楽に対する強いこだわりの表れだと思います。そのこだわりは、あえてこの国民的作曲家を題材とすることでより強調されているとも言えます。
 
オープニングの「前奏曲Op.4第3番」の、まるでドビュッシーのような美しく抽象的な響き。澄みきった冷水が体の中を満たしてゆくような静かな興奮。圧巻は「変奏曲ロ短調Op.10」。形を微妙に変えながらじっくりと繰り返されるメロディは、うっすらと尾を引き空中に溶けていきます。眠っていた思い出がじわじわと炙り出されてくるような感覚です。
天才エンジニア、ヤン・スモチンスキがRGGの音を完成させる。

山岳地方の民俗音楽のリズムを取り入れ、シマノフスキの代表作といわれるピアノ独奏曲集「マズルカOp.50」からは3曲選ばれています。とりわけ評価も高く愛されているこれらのナンバーで、RGGは大胆な実験をしています。中でも本作の録音を手がけた、この国の音楽シーンを席巻する若き天才エンジニア、ヤン・スモチンスキによる激しい音響操作が施され、ほとんど作品や演奏の原形をとどめない幻想的な音空間の中を浮遊する「第7番」はまさに現代ならではのサウンド。ある意味、本作にかけるRGGの意気込みを最も感じられるものかも知れません。
 
スタジオの空気感や残響音が消えていく様子までもとらえるようなスモチンスキの優れたセンスにより、このトリオが最もこだわる「美しい音だけが持つ力」は究極にまで高められています。優れたオーディオでその美音を楽しむのもいいのですが、自然音や生活ノイズなどの「日常の音」とのブレンドでというのも乙なものです。RGGの生み出す豊かな音色が、そうした音まで音楽に変えてくれます。とことん美しい音にひたる感動を、ぜひ味わってください。

『シマノフスキ』RGG(アール・ジー・ジー)
2013年11月30日発売 2,800円(税別) レーベル:チェシチ!レコーズ

【TRACKS】
01. etude op.4 no.3
02. prelude op.1 no.3
03. grey swans
04. mazurka op.50 no.5
05. countup (Maciej Garbowski)
06. variations in b minor op.10
07. prelude op.1 no.8
08. series (Maciej Garbowski)
09. prelude op.1 no.1
10. mazurka op.50 no.1
11. mazurka op.50 no.1
12. lausanne (Maciej Garbowski)
13. psalm IV (RGG)