梵(ぼん)な道具を聴いてみる。 第十七回雨水:出会いの種蒔くこの季節、
翡翠色の茶碗で一服いかが。

(2014.02.19)

「梵(ぼん)な道具を聴いてみる」第十七回は、唐津の茶碗を紹介します。骨董数奇の間では「青唐津」と呼ばれるこの手の茶碗、芽吹きが始まるこの季節に相応しい翡翠色を纏っています。抹茶の鶯色が風にゆらめく、春風を先取りできる一碗を。

昨今の大雪は、普段の生活ペースから離脱せざるを得なくなった時のワクワク感と、憂鬱な感情が綯い交ぜになったという方も多いのではないでしょうか。広場や道路脇では雪だるまが乱立し、子供が雪合戦で笑顔を見せる。その傍らではスマートフォンで何やらを検索しているのか、器用にタッチパネルを連打する男性会社員、その男性の横を20代前半とおぼしき女性が、雪をヒールで器用に翻しながら凍りかけた歩道を小股に歩いてゆく。しかし、そんな非日常を尻目に日照時間は長くなり、陽射しは幾分か春色のベールに包まれるようになりました。

ある冬の日、いつもの業者オークションの会場に向かった日のこと。寒中にあって春を予感せしめる陽射しが眩しい一日だったのですが、中身の寂しいサイフでも購えるような頃合いの物は出ず、気分があまり優れませんでした。それでも午後からの部に臨んだ時のこと。シンプルな木組みと力学で成り立っている簡素な構造の棚に、とても鮮やかな色をした茶碗が現れました。いや鮮やか、という表現は違うかも知れません。何か「ドキリ」とするような色合いの茶碗です。今まで何千、いや何万の数の茶碗を見てきたはずでしたが、どこか違和感を憶えるほどの様相です。紛れもなく江戸時代初期の古唐津の形なのですが、通常の灰色や枯れ葉色ではなく、この茶碗は翡翠色に輝いています。唐津らしく焦げ茶色が土見せになっており、この絶妙なコントラストにもノックアウトされてしまいました。形は緩やかに歪み、見込にはたん瘤のような「火膨れ」があることから、物原に捨てられた発掘の茶碗だったことがわかります。それでも随分とお茶席で使われたのか高台の畳付はツルツル、土見せの部分もすべすべの肌になっておりました。

これはもう、死ぬ気で落手するしかない!覚悟を決め、競り台に乗るのをじっと待っていました。業者同士のオークションは百戦錬磨のプロと戦わねばなりません。そこには経験や財力という不平等な要素は云うを待たず、運も大きく作用します。全ての人が「欲しい」と思う品は当然高くなりますが、それでもオークション会場の緊張感が「フッ」と緩み、不思議な事ですが以外な値段で落手できることがあるのです。また滅多にありませんが、普段は出席している競合が休んでいる時などは思わぬ掘り出しができる事もあります。

暫くして翡翠色の茶碗が競り台の向こうに見えました。状態の良い唐津の茶碗は皆が欲しいアイテムですから高値になる覚悟は決めていましたが、もちろん私の財力には上限があり、高く買ってしまった時などは結局損をして売り払わなければならない時もあります。いよいよオークショニア(競り人)が茶碗を手に取りました。そして翡翠色の物体が競り台に乗せられたとき、もう無我夢中で声を出しました。その間、わずか5秒。オークショニアが私の名前を呼んでくた時はさすがにぐったりしましたが、どうやら無事に落札できたようです。

帰宅後荷を解き、しばし掌に包んでやりました。ぬるま湯で茶碗を清め一服の薄茶を飲み終えたときには、今日は良いものが買えた、と何とも表現のしようのない充足感に満たされました。しかし我々骨董商は良いものに出会えば、別れが必ずやってきます。この茶碗も然り、いつかは私の手を離れて違う方の手に委ねられるのです。それは愛娘を他家へと嫁がせる父親の心境と少し似ているのかも知れません。僕は寂しいけれど、どうか幸せになってくれ。心の中で祈り、愛娘はまた違う環境で輝きを増してゆく。
我々骨董商がこの商売を続けられるのは、手許から離れた品が素晴らしければ素晴らしいほど、次はもっと素晴らしい品が手に入る、と信じているからなのかも知れません。別れは出会いと繋がっているもの。柔らかな陽光が街を包み込む頃、あなたにも素晴らしい出会いが待っていることを願って。

雨水に聴きたい音楽

Give Me Take You / DUNCAN BROWNE

英国フォークの雄、ダンカン・ブラウンが60年代後半に遺した記念すべきデビュー・アルバム。ボブ・ディランを始め、多くのフォーク・シンガーがアコースティック・ギターを握りしめるところを彼はガット・ギター(クラシック・ギター)を爪弾き、少し震えているような繊細な声を聴かせてくれる。寡作な人だが、耳からなかなか離れない彼のメロディ・メーカーの才を確認するには、やはり本作に極まると思う。どの季節にあっても彼のアルペジオは実に瑞々しいが、その円やかな響きはやはり春が一等ふさわしい。

Bon Antiques情報

奈良に実店舗『古美術 中上』がオープンしております。また、Bon Antiquesが選んだ古物は奈良の秋篠の森の中にある『ギャラリー月草』にてお取り扱いさせていただいております。
古美術 中上 奈良市登大路町 57-5
秋篠の森

大江戸骨董市は現在に会場の都合により休会中。次回は4月に出店予定です。
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