フリー・ソウル20周年を迎え、この春5枚のコンピレイションCD発売。“Free Soul, Free Mind”で、
音楽を聴き続けていきたい。

(2014.04.22)
渋谷『Café Après-midi』にて All photos by Mika NAKASHO
渋谷『Café Après-midi』にて All photos by Mika NAKASHO
フリー・ソウル20周年に見る、革新と伝統そして輪廻転生。

1994年春、4枚のコンピレイションCDがリリースされました。そのシリーズの名は“フリー・ソウル”。選曲・監修は、レコードガイド「Suburbia Suite」でそれまでにもソフト・ロックやサントラ、ブラジル音楽などの名盤に光を当てた橋本徹。そしてそのコンピレイションは、その後の人々のリスニング・スタイルや音楽に対するパースペクティヴを鮮やかに、決定的に(劇的に)塗り替えたのです――。やや大仰な書き出しになってしまいましたが、フリー・ソウルを青春時代にリアルタイムで体験した僕のような人間にとっては、そう表現したくなるくらいのインパクトがありました。それから20年。フリー・ソウルは、また新しい季節を迎えようとしています。

2014年は20周年のアニヴァーサリー・イヤーということで、昨年末から関連作品が発売されていますが、記念すべき4月を迎えてお祝いムードもいよいよ盛り上がっています。3月から続々とリリースされている5枚の最新コンピレイションを紹介しながら、フリー・ソウルのナウ・アンド・ゼンに思いをめぐらせていきたいと思います。

フリー・ソウル・ムーヴメントについて考えるとき、僕はコム・デ・ギャルソンやSupremeなど、当初は革新的なスタイルとアティテュードをまとって登場したブランドやそこのアイテムが、移り変わりの激しい時流の中でも埋没してしまうことなく継続した人気を集め、新たなスタンダードとなっていったことが頭に浮かびます。「街の音楽の基準値を上げる」――橋本徹さんが「usen for Cafe Apres-midi」について言っていた言葉ですが、それはフリー・ソウル、ひいてはサバービアというプロジェクト全体にも当てはまると思います。底上げと更新。これ以上ないくらいそれが理想的な形で行われたのが、90年代半ばという時代だったのだと思います。

ブランド・スピリットの精髄“ジ・オリジン”、テリー・キャリアー。
トップバッターは『Free Soul. the classic of Terry Callier』。名実ともにフリー・ソウルを象徴するアーティストであるテリー・キャリアーのベスト盤です。テリーは、風の街シカゴ出身のフォーク~ジャズ~R&B~ブルースなどをベースにした伝説的なソウルマン。チェス/カデット・レーベルを代表するプロデューサー、チャールズ・ステップニーが関わった70年代前半の作品はいずれも誉れ高い名盤です。その中でも絶大な人気を誇る「Ordinary Joe」はフリー・ソウルのフラッグシップ・ソングのひとつです。

フリー・ソウル・ブランドで言えば、“ジ・オリジン”という感じでしょうか。立ち上げ当初からずっと変わらずにラインナップされている、定番にしてブランドを象徴するアイテム。考えてみれば、テリー・キャリアーほどフリー・ソウル・ムーヴメントを通じてその名を知られることになったアーティストはいないかもしれません。ニック・ドレイクやリンダ・ルイス、リロイ・ハトソンやシュギー・オーティス、マイゼル・ブラザーズなど、90年代以降に再評価が進み、現在ではその存在がスタンダードとして認知されているアーティストは少なくないですが、彼の場合はその最たるものと言えます。

かく言う僕も、1994年の「Suburbia Suite」でその存在を知り、翌年の『Free Soul Mind』で彼を“発見”した一人です。「Ordinary Joe」を初めて聴いたときのことは今でも覚えています。哀愁に満ちたメロディー・ラインと慈愛溢れる歌声に、胸を揺さぶられました。よりわかりやすくマーヴィン・ゲイ的な「(I Just Can’t Help Myself) I Don’t Want Nobody Else」や「Gotta Get Closer To You」にも、大学生の僕は強く惹かれました。そして、1998年にジャイルス・ピーターソンの新生トーキング・ラウドからリリースされた奇跡の復活作『Timepeace』も忘れることはできません。このアルバムが出たときに、世界的にフリー・ソウル的な価値観が浸透しているんだということを実感して、なんだか嬉しかった記憶があります(そう言えば、故・川勝正幸さんは「世界同時渋谷化」なんてことを書いていましたね)。2000年代に入ってからのNujabesとのコラボレイションや、ポール・ウェラーやベス・オートンとのデュエットも収録された、彼のキャリアを総括した一枚にして橋本徹さんの深い敬愛の情と感謝の念が伝わる、大切に聴き継いでほしい一枚です。

スペシャルなダブルネーム、キリンジ×フリー・ソウル。
続いてご紹介する『フリー・ソウル・キリンジ』は、橋本さんがときどき手がける、日本のアーティストのコンピレイションです。キリンジは1997年にシーンに登場し、2013年の弟・堀込泰行の脱退でその活動にひとつのピリオドを打った、洋楽的なセンスと文学的な歌詞世界が数多くのファンに支持された兄弟ユニット。キリンジ自体が“遅れてきた渋谷系”とも言われたポジションだったため、フリー・ソウルとキリンジ、という組み合わせは、どちらのファンにとっても“やや意外、しかし待望の”コラボレイションという感じですよね。先ほどのブランドの喩えで言えば、人気と実力を兼ね備えた両者による、ダブルネーム的プロジェクトという位置づけになるでしょうか。

インディーズ~メジャー・デビュー後の3枚は僕も本当によく聴いたので、彼らのソフト・ロック的な面を中心にフォーカスし、メロディアスなナンバーが並ぶ2枚組のディスク1は特にたまりません。もちろん、コンピ全体を通じて彼らの特色である機知と毒を含んだ独特の歌詞や、凝ったサウンド・メイキングの妙味(冨田恵一ワークスとしても聴けますね)も味わえます。個人的な推し曲は、メロウ&グルーヴィーな「愛のCoda」「YOU AND ME」など、シティー・ミュージック的な洗練を感じさせるそれ。ここでの泰行氏のヴォーカルの色っぽさは特筆もので、女性ファンならずとも思わずグッときちゃいますよね。また、ソロ名義の2曲もそれに負けない素晴らしさ。はっぴいえんど「春よ来い」へのアンサー・ソングとも言えるような、兄・高樹の曲「冬来たりなば」。70年代前半のスティーヴィー・ワンダー作品を彷彿させるようなアレンジメントの上で、お正月の詩情が歌われます。原田郁子のヴォーカルもロマンティックな情景を描き出すのに一役買っています。一方、弟の「燃え殻」は男性的なセンティメントを感じさせる一曲。シンプルな中に滲み出る情感が切ないですね。もちろん「エイリアンズ」や「Drifter」といったキリンジ・クラシックスにも目配せされた中で、各ディスクの最後に置かれた「スウィートソウル」「サイレンの歌」が、(そのことによって)より一層深い味わいを醸し出していることは、やはり指摘しておきたいところです。

現代的にアップデイトされたニューライン、『2010s Urban』の2枚。
『Free Soul~2010s Urban-Mellow Supreme』と『Free Soul~2010s Urban-Groove』という2枚は、20年目のフリー・ソウルが自信を持って提案する進歩的なニューライン。ファレル・ウィリアムスやフランク・オーシャン、ジェイムス・ブレイクがメインストリームのポップ・ミュージックとして輝きを放つ2010年代の音楽シーンの中から、フリー・ソウル的な視点で編まれた、時代の風を受けて甘美にきらめく新シリーズです。もちろん、そこには温故知新的でありながら、アップデイトされた2010年代ならではのパースペクティヴが存在しているのは言うまでもありません。その音楽性は、アンビエントR&B~LAビート~ポスト・ダブステップ~NYジャズなど、シーンを幅広く横断するものです。

『Urban-Mellow Supreme』は、ジョン・レジェンド&ザ・ルーツがコモンとメラニー・フィオナを迎えた、このコンピの精神的支柱とも言うべき「Wake Up Everybody」や、満を持して収録されたライのセンシュアルなベッドルーム・ソウル「The Fall」、ジ・インターネットのクールなブギー感たっぷりの「Dontcha」、ジェイムス・ブレイクが歌うジョニ・ミッチェルの「A Case Of You」など、ここで全てに触れられないのが残念なくらいの、どれもヴァラエティー豊かな傑作揃い。また、NYジャズ・シーンのアーティストが核のひとつになっていることにも触れておきたいですね。メロウかつドラムンベース的な疾走感と浮遊感に溢れたロバート・グラスパー・エクスペリメント「Let It Ride」で、ヴォーカルを務めるのはノラ・ジョーンズです。そのRGEのベーシスト、デリック・ホッジの静謐な「Dances With Ancestors」、ピアニストのテイラー・アイグスティがヴォーカルにベッカ・スティーヴンスを迎えた胸に沁みるエリオット・スミス「Between The Bars」のカヴァーなどなど、至高の名作が目白押しです。

一方、『Urban-Groove』は、近年再び充実した作品をリリースしているブラン・ニュー・へヴィーズのナイス・ミドル・メロウな隠れた名曲や、インコグニートのボズ・スキャッグス「Lowdown」カヴァー、テラス・マーティン&ケンドリック・ラマーのボビー・コールドウェルをモチーフにしたナンバーに、マッドフィンガーのスティーヴィー・ワンダー「As」カヴァーなど、アーバン・フィーリングを2010年代のフィルターを通して表現したひたすら気持ちのよい楽曲が並ぶ、「考えるな、感じろ」と言いたくなる一枚。後半のマーヴィン・ゲイへのオマージュであるクリス・ターナーとアンプ・フィドラー、スティーリー・ダン・ミーツ・リオン・ウェアという雰囲気のステップキッズ、夜明け前の恋人たちの時間にふさわしいセラヴィンスなども聴き逃せません。ドライヴにパーティーに、日々の生活の中に息づくという意味でも、まさにフリー・ソウルのエッセンスをしなやかに昇華したニューモードのコレクションと言えるでしょう。

圧巻にして究極のコレクション、『Ultimate Free Soul Collection』。
そしてラストに登場するのは、フリー・ソウルの歴史を凝縮した『Ultimate Free Soul Collection』。フリー・ソウルのベスト盤は、2005年に『We ♡ Free Soul』が出ていますが(コンピレイションのベスト盤が出ること自体異例ですよね)、こちらはソニー/BMG系の音源を中心にまとめたものだったので、それとの重複はあまりありません。本作はA&M、アイランド、ポリドールなどの音源に加え、モータウン/ブルーノートの二大レーベルもリソースとなっていて、まさに最強の名に恥じない一作です。

この3枚組CDのライナーは僕が担当させていただいたのですが、その依頼の連絡を受けたときは、本当に信じられない気持ちでした。その責任の重さのことなどを考え、一瞬の戸惑いもありましたが、もちろん即決しました。本田圭祐の名言「心の中のリトル・ホンダに……」ではないですが、初めてフリー・ソウルに触れた18歳のときの僕が、「やるでしょ!」と力強く言ったのです。もしタイムマシンがあったら、僕は昔の自分に向かって「将来、お前はフリー・ソウルCDのライナーを書くことになるよ。だから、それに恥じないような人生を送りなさい」と言ってあげたいです(笑)。

音に関してはもはや説明不要かもしれません。ジャクソン・ファイヴにオデッセイ、ジャクソン・シスターズ、コーク・エスコヴェード、スピナーズ、さらにスタイル・カウンシル……。アーティスト名を挙げるだけでおわかりの通り、全編キラー・チューンの嵐です。アドヴァンスCDを聴きながら、これはビートルズやマイケル・ジャクソン、SMAPといったポップ・アイコンと並べて語る方がしっくり来るのかもしれない、とすら思いました。そのくらい全ての曲たちが宝石のようなきらめきを宿し、聴いた人が思わず笑顔になるようなポジティヴィティーに包まれています。

今回初収録となる楽曲もいくつかありますが、やはり触れるべきなのはミシェル・ルグランの「My Baby」でしょう。長年の間リイシューが待ち望まれていたにもかかわらず、権利関係の問題でなかなか実現しませんでしたが、今回は待ちに待った収録と言えます。めくるめくようなピアノの旋律は、まるでフリー・ソウルの20周年を祝福しているかのよう。過去のコンピレイションを持っている方も、引っ越しや結婚などでCDを手放してしまったという方も、ぜひお手に取っていただければ、必ず音楽の歓びが現在進行形で甦るでしょう。そして何よりも、まだフリー・ソウルを知らない世代にこそ、この3枚組は届いてほしいと思います。

革新の裏側にある伝統へのリスペクト。
そして、フリー・ソウルはスタンダードになった。
フリー・ソウル・ブランドの魅力を、4つの側面から紹介してきましたが、今回改めて感じたのは、当然のことながらブランドのデザイナーである橋本徹さんの見識と美学が隅々まで行き渡っているということです。そしてもうひとつ印象的だったのが、伝統と革新のバランスです。フリー・ソウルは当初、「New Directions Of All Around Soul Music」というキャッチフレーズに象徴されるように、時代に埋もれた名作・傑作に光を当て、それまでのソウル・ミュージックの捉え方とは違った新たな価値観を提案しようという、革新を打ち出したムーヴメントでした。しかし、それは一時の流行で終わってしまうようなものではなく、橋本さんが選んだ数々の楽曲は、20年経っても色あせることなく、エヴァーグリーンとしての輝きを保っています。つまり、曲の持つポテンシャルを当時から見通していたということ。それは、アメリカン・トラッドの定番中の定番、ブルックス・ブラザーズのボタンダウン・シャツのようなスタンダードとしての完成度だったのでしょう(あるいはエルメスの“バーキン”あたりを例に出した方が伝わるでしょうか)。

2014年の今、1990年代半ばを振り返ると、革新というコインの裏側にはトラディションに対する敬意があったことを強く感じると同時に、フリー・ソウルとともに自分のユースがあったことを誇らしく思います。そして、僕がフリー・ソウルから受け取ったもの――素晴らしい音楽への感謝と、未知の音楽への好奇心をこれからも持ち続けていきたいとも思います。ある世代が生み出した叡智が次の世代に引き継がれ、さらにその下のニュー・ジェネレイションへと伝えられていく。反芻と進化。フリー・ソウルのスピリット(めざしたもの)は、これからも輪廻転生しながら生き続けていくのでしょう。素晴らしい音楽が人と人、世代と世代をつないでいくことを期待して、今後も“Free Soul, Free Mind”で、音楽を聴き続けていきたいと思います。

『Ultimate Free Soul Collection』(3枚組/ユニバーサル)
2014年4月23日発売 2,970円(税込)UICZ-1535〜7

『Free Soul~2010s Urban-Groove』(P-VINE)
2014年4月16日発売 2,160円(税込)PCD-20315

『フリー・ソウル・キリンジ』(2枚組/日本コロムビア)
2014年4月2日発売 2,700円(税込)COCP-38455~6

『Free Soul~2010s Urban-Mellow Supreme』(ユニバーサル)
2014年3月19日発売 2,160円(税込)UICZ-1533

『Free Soul. the classic of Terry Callier』(ユニバーサル)
2014年3月12日発売 2,160円(税込)UICZ-1532

すべて監修・選曲:橋本徹(SUBURBIA)
取材協力:カフェ・アプレミディ