みんなおやすみ ゆめにもぐれたら
いちにちはしあわせ

(2011.10.07)

音楽を聴きながら眠る。

みなさんよく眠れていますか? 

僕はとにかくよく眠ります。

世の中には「1日4時間も眠れば十分!」という方がいらっしゃるというお話はよく聞きます。でも、僕にはできない相談です。

もちろん、仕事や付き合いの中で、どうしても徹夜せざるを得なかったり、気がつけば一週間の平均睡眠時間が3~4時間なんていうことはよくあります。

でも、状況さえ許せばいくらでも眠り続ける自信があります。一人暮らしをしていた頃の週末など、ほぼ48時間寝っぱなし。なんてことはざらにありました。

途中で諸々の生理現象に対処しながらも、とにかく布団にくるまって目を閉じているのです。それはもう修行僧のように。

そんな僕でも眠れない夜や昼があります。

イヤなことがあったとき、気がかりなことがあるとき、くやしい思いをしたとき、大きな仕事にむかうとき、好きなあのコがちっとも振り向いてくれないとき…ん? 思えば結構眠れないときばかりです。

そんなとき、僕は音楽を聴きます。

職業柄、音楽とそれにまつわる情報に絶えず触れ、その特徴や構造、聴き手への伝達方法まで、耳とアタマをフル稼働させて分析することを迫られる立場にありながら、眠れないとき、僕は音楽を聴きます。

ヘッドホンやイヤホンでは刺激が強すぎるので、スピーカーから流れる音の波動を、空気の揺れをからだで感じながら、ジャンルを問わず、ただ自分の好きな音楽だけを聴いていると、自然と緊張がほぐれ落ち着いて眠りに落ちてゆきます。

* ヘッドホンやイヤホンをして爆音で音楽を聴くと、良い具合に脳が痺れてきて眠くなることもありますが、この方法は翌朝の耳鳴りがひどいのであまりオススメできません。

『おひるねおんがく/Ohirune Ongaku- Lullaby for Siesta』2,100円(税込み)SLIP-8501
『おやすみおんがく/Oyasumi Ongaku- Lullaby for Goodnight』2,100円 (税込み)SLIP-8502


6年前の出会いから。

この方法、実はある人物からの受け売りです。

その人物と初めて出会ったのは2004年の冬、年末も押し迫った仕事納めの日、渋谷のあるカフェでのこと。自分よりひと回り以上年上の、しかも僕自身が当時愛聴していた作品の、時にプロデューサーであり、時にはアーティスト本人であったそのひとに、知人を介して会ったのはある企画作品の仕事を依頼するためでした。

その人物とは、25年以上のながきに渡って“ワールドスタンダード”というバンドをリーダーとして率い、プロデューサー/文筆家など、幅広く活躍されている鈴木惣一朗さんです。

「ビートルズの楽曲をララバイ(子守唄)アレンジでカバーしたオムニバス・アルバムを作りたいのですが、作品全体のプロデュースをしていただけませんか?」と簡単な企画書とともに切り出した僕と目を合わせることなく、その概要に黙って耳を傾けていた彼は、一通りの説明を聞き終えると、開口一番「分かりました。やりましょう。大丈夫、僕にとってビートルズは今も子守唄ですから。よろしくね。」と、快諾してくれました。

当時ハナレグミなどのプロデューサーとしても脚光を浴びながら、一方で90年代には『モンド・ミュージック』(リブロポート)、『ひとり』(アスペクト)をはじめとするいくつもの音楽ガイドブックを執筆/出版し、「妙な音楽を蒐集している変わり者の音楽マニア」というイメージが先行していた彼に対して、“ビートルズ”というド直球を投げかけることに多少のギャップと緊張を感じていた僕が、あまりにあっけらかんとした返答に拍子抜けしているのを知ってか知らずか、矢継ぎ早に選曲や参加ボーカリスト、楽器編成などの具体的なアイデアを語り始めた彼は、まるで二日遅れのクリスマスに新しいおもちゃを買い与えられた少年のようにキラキラしていて、そのプロジェクトの成功を確信させてくれるに十分でした。

鈴木惣一朗さん
初めての子守唄、おやすみ音楽の誕生

そして翌2005年の冬、約1年の時を経て、アン・サリー、畠山美由紀、原田郁子、中納良恵(エゴ・ラッピン)、湯川潮音など総勢10名の女性ボーカリストの参加を得てリリースされたのが、鈴木惣一朗(ワールドスタンダード)プロデュース『Apple of her eye りんごの子守唄』(ビデオアーツ)。

同アルバムは、20代~30代の女性を中心に幅広いリスナーの支持を得てロングセラーとなり、翌年には男性ボーカル盤『Apple of his eye りんごの子守唄』(同)、さらに翌々年には男女混声デュエット盤『Apple of our eye りんごの子守唄』(同)へと続いてゆき、企画立ち上げ当初の、「この企画でビートルズみたいに、赤盤・青盤(どちらも初期のベスト盤)・白盤(ホワイト・アルバム)まで行きたいね。」という希望に沿うカタチでシリーズ化されてゆきました。

その間、鈴木惣一朗さんが取材やボーカリストとの打ち合わせの際に幾度となく口にした「ビートルズは僕にとって今も子守唄なんだよ。僕はビートルズを聴きながら眠ることができるんだ。たとえそれがレヴォリューションNo.9(ビートルズの楽曲の中では比較的アヴァンギャルドでハードなナンバー)であってもね。ビートルズに限らず、ひとは素敵な音楽を聴くと眠くなるんだよ。僕は自分のコンサートでお客さんが全員寝てくれたら、それは幸せに思うだろうね」という言葉を、当時の僕は、プロモーションや、作品コンセプトを伝える上でのたとえ話ととらえて「さすがに文筆家は上手いことを言うなぁ」と思って聞いていたのですが……。

3・11のあとに始まったイベント。

2011年春、いつもの年とは違う新緑の候。

全ての予定がキャンセルされたとき。いつもはそれぞれ忙しく全国を飛び回り、リハーサルはおろか、ライブの予定を組むことすらままならない9人編成の楽団は、だれからともなく連絡を取り合い、リーダーである鈴木惣一朗さんの呼びかけに応じて、彼の自宅のリビングルームに集合していました。

そして、それまで各自の活動を尊重し年数回の公演しか行ってこなかった楽団は、その日を境に、ほぼ全ての楽器をアン・プラグドで演奏可能な生楽器に持ち替え、ほぼ毎日のリハーサルと、5月中旬までほぼ毎週末のチャリティ公演を行うことになります。

そんな中で、より会場費用を抑えて本来の目的であるチャリティに少しでも寄与できるように、とメンバーのご家族が運営するボルダリング・ジム「ライノ・アンド・バード」(西日暮里)でのライブイベントが急遽企画されました。

イベントのタイトルは『ワールドスタンダードのみんなおやすみ』。

ボルダリング・ジムという本来音楽を演奏するために作られていないはずの環境で、客席にあたる部分には厚さ約40cm強のマットレスが敷き詰められた会場はさながら大きな天蓋つきベッドのよう。

普通のアーティストであれば、「う~ん」となるところなのですが……。

会場を下見した瞬間、鈴木惣一朗さんはまたも開口一番「うん。最高じゃない! 絶対やろうよ!」と即決し、初めて会った日のキラキラした様子で、当日の演奏プランを次々と語り始めたのでした。

ワールドスタンダード
ボルダリング・ジムでのライブイベント


「ひとは素敵な音楽を聴くと眠くなる」が現実になった日。

そして迎えた公演当日、鈴木惣一朗さんの発案により2部構成となったステージ第1部では、少し明るめに調光された照明の中、比較的軽快なナンバーでひなたぼっこ風なムードに。客席は体育座りしながら、一曲ごとに拍手で演奏に応えてくれます。

中盤に差し掛かると、鈴木惣一朗さんの「みなさん。どうぞ本当に横になってご覧になって下さい。拍手がなくても僕たちは気持よく演奏を続けますからね」のMCと、アコースティックな音色にほだされるようにだんだん足が伸びて行き、なかには横になり始める方もチラホラ。

いよいよ第2部。1曲目の終わりに無言で拍手を制すためにかざした鈴木惣一朗さんの手に呼応するかのように、前列からパタパタと横になっていく客席。「アヴェマリア」「小さな祈り」などさらにゆったりとした楽曲で、赤ちゃんが寝ぐずりする声も子守唄がわりに、客席はほぼ全員爆睡状態になってしまいました。

そして第2部のエンディング。この日のために書き下ろした新曲「みんなおやすみ」終了時には、客席が気づかないうちにソ~っと演者が退席。

アレアレ!? 終わったの?と気付いたみなさんがお目覚めのところで、「みなさんおはようございます」のMCと共にアンコール「永遠と一日」で大団円を迎えたのでした。

「ひとは素敵な音楽を聴くと眠くなるんだよ。僕は自分のコンサートでお客さんが全員寝てくれたら、それは幸せに思うだろうね」。

というあの言葉はこの日現実となり、その言葉に一点の偽りもなかったことは、客席と彼の笑顔が物語っていました。


ブランケットを持ってライブへ。

ワールドスタンダードはその後もさらにリハーサルとライブを重ね、その成果を一枚の作品に収めました。

そのタイトルは『みんなおやすみ』です。

ライブ同様に可能な限りアコースティックな楽器で、スルーテイクでの録音に徹したその作風は、これまでの彼らのどのアルバムよりも温かく、穏やかながら、どこか深遠なムードに溢れ、心地よい良い眠りへと誘ってくれるはずです。

そして、まもなく日曜日の教会で行われるCD発売記念コンサートには、是非ブランケット持参でお出かけ下さい。ウトウトしてきたら心おきなくおやすみいただいて結構です。どうぞお風邪など召しませぬよう。

眠れないとき、僕はこの音楽を聴きます。

みんなおやすみ。

 

【鈴木惣一朗a.k.a. WORLD STANDARD】

83年にインストゥルメンタル主体のポップグループ WORLD STANDARDを結成。細野晴臣プロデュースでノン・スタンダード・レーベルよりデビュー。
95年、ロングセラーの音楽書籍『モンド・ミュージック』で、ラウンジ・ミュージック・ブームの火付け役として注目を浴び、97年から5年の歳月をかけた「ディスカヴァー・アメリカ3部作」は、デヴィッド・バーンやヴァン・ダイク・パークスから絶賛される。
近年ではビューティフル・ハミングバード、中納良恵、ハナレグミ、羊毛とおはな等、多くのアーティストをプロデュースする一方、2011年夏、自身の音楽レーベル[Stella]を立ち上げ、コンピレーションCDシリーズ『おひるねおんがく』『おやすみおんがく』をリリース。2011年10月13日、WORLD STANDARD10作目となる最新アルバム『みんなおやすみ』を[Stella]よりリリース。
 

【LIVE & EVENT情報】

『レコードを聴きまSHOW』
鈴木惣一朗さんと小柳帝さんによるトーク&アナログレコード・リスニングイベント
日時:2011年10月8日(土) 20:00〜
会場:カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ(鎌倉)

ワールドスタンダード『みんなおやすみ』発売記念コンサート
〜日曜日の教会で みんなおやすみ〜
鈴木惣一朗率いるワールドスタンダード結成28年目にして10枚目のオリジナル・アルバム『みんなおやすみ』のリリースを記念して、新生ワールドスタンダード総勢10名、フル編成での教会コンサートを開催します。
日時:2011年10月23日(日) 18:00開場/18:30開演
会場:早稲田奉仕園 スコットホール(講堂) 東京都新宿区西早稲田2-3-1
チケット:前売り3,000円/当日3,500円
お問い合わせ:Stella(ステラ)
 

2011/10/13 On Sale
『みんなおやすみ』ワールドスタンダード

2,625円(税込み) SLIP-8503 / STEREO
2011年3月11日を挟んで制作された、7つの日本語歌と、7つのインストゥルメンタル音楽。メンバーのリビングルームで、身を寄せ合うように奏でられた14の音の響き。それらを伝えるためにこだわり抜いたスルーテイク・レコーディングと、アコースティックな楽器編成。祈りがメロディになり。メロディが祈りになる。小さな祈りをメロディにのせてお届けします。みんなおやすみ めざめればひのひかり♪
 

【Track list】
1.クリスマスのうた~希望に満ちたジュリエッタ~赤鼻のトナカイ
2.ねむりのつばさ
3.この素晴らしい世界
4.エレニの旅
5.小さな祈り~ジェルソミーナ
6.アンダルシア
7.遠い声 遠い部屋
8.禁じられた遊び
9.永遠と一日
10.マルメロの陽光
11.雪と花の子守唄
12.きらきら星
13.一日と永遠
14.みんなおやすみ