自然に恵まれたリオを感じる
パウロ・ムニツ『Your Love』

(2012.01.18)

ボサノヴァを再評価するまで

日本人のボサノヴァ好きは本国ブラジルでもそこそこ有名な話で、しかも、不思議がられるわけでもなく、それは日本人らしいことかもね、と、なんとなく納得されている。そのボサノヴァを生んだブラジルでは、ボサノヴァはもう50年も昔の音楽だと認識されていることも少なくなく、日本ほど、街中でボサノヴァが流れているようなことはまずない。

リオデジャネイロという、サンバとボサノヴァの盛んな街で生まれ育ったにもかかわらず、1976年生まれのパウロ・ムニツにとっても、ボサノヴァはおろか、70年代に一世を風靡したMPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ。日本で言えば70年代のニューミュージックに近い音楽)でさえも、かつては遠い昔の音楽だった。

「15歳くらいまで、MPBもボサノヴァも聴こうとはしなかったよ。僕が音楽に興味を持ち始めた10代のころは、ロックの時代だったんだ。ブリッツ、バラォン・ヴェルメーリョ、パララマス・ド・スセッソ、チタンス、レジアォン・ウルバナ、ウルトラジェ・ア・ヒゴール……。僕にとっての古きよき時代だね。ソウル・ミュージックのスパイスをブラジル音楽に持ち込んだチン・マイアも学生時代にはよくバンドでコピーしたよ。なんてったってチン・マイアはブラジル音楽のマイルストーンだからね」

しかし、そこはカリオカ(リオっ子)。サンバやボサノヴァは身近にあり、その魅力に気づきはじめる。

「僕の両親はホームパーティのとき、いつも音楽の演奏を楽しんでいた。叔父がギターを弾いて、僕の聴いたことのない音楽をいつも弾いていたんだ。それは丁度、僕がロックやポップスではない音楽に興味を持ち始めていた頃だった。カルロス・リラの“ロボ・ボボ”をはじめて聴いたとき、これを作った人は天才だと思ったよ。そして、ボサノヴァは30年も前に、自分と同じような若者たちが作った音楽で、とても豊潤な音楽だということに気がついたんだ」

カリオカの伝統を受け継ぐ

そんなパウロが、この国におけるモダーンなポップスの創造者という点でボサノヴァの源流ともいえるノエウ・ホーザに興味を持つのは時間の問題だった。仲間内で生まれたスラングや口語をどんどん歌詞に取り入れ、拠点にしていたヴィラ・イザベウという街の日常を写実的に題材にしたノエウのサンバは、それまであったサンバとは全く異なる洒脱で軽妙な感覚を持っていた。

「1930年代にどうやってあんなモダーンな歌を書いたんだって、驚いたよ。とんでもない才能だよ。ピリっとユーモアが効いた歌詞も大好きだね。ノエウの音楽からは多くのことを学んだし、その伝統を受け継いでいるシコ・ブアルキに僕を導いてくれたのも、大きなことだった」

ノエウ・ホーザやボサノヴ人に至るまで、リオデジャネイロのモダーンな表現者たちが彼らの日常を、彼らなりのやり方(ボッサ)で歌にしていったのと同じように、パウロも彼の日常を、歌に紡ぎ上げていく。

「それぞれの曲が、作り方も違うし生まれたシチュエーションも異なるんだ。だから決まった作り方があるわけではないけれど、歌詞を書く上では、いままでのいろいろな経験から抽出されたものが素材にはなっているね。たとえば新しいアルバムの“Your Love”という曲は、日本に住んでいる、とある歌手のビデオを見ていたらジーンとしちゃって。それで生まれた曲だよ」

アントニオ・カルロス・ジョビンの音楽がそうであったように、ささやかな自然の情景が歌の題材となるのも、豊かな自然に恵まれたリオで生まれた音楽らしい点だ。

「自然からもよく触発されるけど、そのうち、自然に捧げたレコードを作るつもりだよ」

カリオカ的

2004年に『Eu Comigo(エウ・コミーゴ)』というアルバムで世に出たパウロ・ムニスは、商業主義とはほど遠いスタンスで作品を発表し続けてきた。06年に発表した2作目の『Trying To Fool Destiny』は日本でも輸入盤が話題になり、後に日本盤も発売された。そして07年の3作目『Sine Qua Non』から実に4年ぶりの新作『Your Love』が、今年届けられた。

実はパウロは映画や劇場の音楽を手がけるプロデューサー、レコーディング・エンジニアでもあり、劇場版『美女と野獣』の音楽などを手がけている。オーヴァーグラウンドのポップスの世界では裏方を務めているパウロだが、シンガー・ソングライターとしてのパウロは、あくまで、彼が歌いたい歌を、歌う。

「僕の多くの仕事は、音楽プロデューサーと一緒に大きなスタジオで音楽を録音するエンジニアなんだ。録音やミックスもするし、楽器を弾いたり歌うこともある。もちろんそれらは僕自身の作品とは違うものだけど、気持ちは同じだよ。いつも素晴らしい仕事をしたいと思っているし、一番大事なのは、いい音楽を作りたいってことだからね」

とはいえ自分の音楽は、まったく自由なスタンスで、自分が100%いいと思える音楽を作る。そんな、趣味、と言ってしまうと語弊があるが、実にマイペースなパウロの作品を支えているのは、現在、リオデジャネイロでボサノヴァを演奏している第一線の音楽家たちだ。アムレット・スタマートは、60年代のジャズ・サンバを継承するトリオ、スピード・サンバ・ジャズを主宰するジャズ・ピアニストだ。アムレットのトリオや、彼らとも縁の深く、60年代から活躍する大ベテランのパウリーニョ・トロンペッチの名前もある。

「アムレットはかつて自分のスタジオを持っていて、そこでよく仕事をしていたんだ。スピード・ジャズ・サンバのDVDでも僕はエンジニアを務めているけど、アムレットとの仕事は僕の誇りだよ。だってアムレットは僕にとって未だかつて知る中で最高のボサノヴァのピアニストだからね」

まったく自分の楽しみのために、まったく音楽だけのために、最高の音楽家と共に、歌い、奏でる。そんな流儀も、まったくもってカリオカ的だ。

 

『Your Love』 Paulo Muniz(パウロ・ムニツ)

2012年1月6日発売2,520円(税込み)CMYK-6302
レーベル:Céleste

【Track List】
1. Antes De Dormir
2. Deixar De Viver
3. Your Love
4. Sonhando Em Vao
5. O Resto Da Minha Vida
6. Minha Menina
7. O Tempo Virou
8. Nova Era 9. Pelo Visto
10. Acorda, Amor…
11. Verdes Olhos
present 8cm CD
1. O Resto da Minha Vida (demo)
2. Samba do Doente (demo – previously unreleased)
3. Ate O Final (demo for 2nd album “Sine qua Non”)
4. Viagem (demo – previously unreleased)