ミシェル・ルグラン賛(その1)

(2009.06.29)
今シーズンのNHKラジオ第2放送 フランス語講座『まいにちフランス語』(月~金曜日 7:30~7:45、再放送13:35~13:50)オープニングテーマ曲は名匠ミシェル・ルグランによる『キャラバンの到着』。ミュージカル映画 『ロシュフォールの恋人たち』(’67) の冒頭2曲目です。

私事で恐縮ながら、ここ数年4月になると、NHKの語学放送で色々な外国語の学習を始めていて、脳味噌の活性化に励んでいる(「ボケ防止のため」との声あり)。

たいていは、毎年この6月頃に挫折することが多いのだが、昨年は、昔大学で学んだイタリア語の講座に再挑戦をし、珍しくもラジオ講座は1年間何とか受講し続けることが出来た。

その大きな要因は、やはり「音楽」であり、昨年のNHKラジオのイタリア語番組では、ドニゼッティのオペラ『愛の妙薬』の台本を読みながら、パバロッティさん達名歌手の歌声を楽しんだり、ほとんど現地イタリアで聞く放送と同様のノリノリの愉快なDJによる新旧カンツオーネのシリーズなどがあったのだ。

そして、今年はフランス語(これも何度目かの挑戦)を始めたのだが、ラジオの初級編(月~水)の初日に、そのオープニングテーマを聴いた途端、「今年はフランス語を1年間頑張るぞ!」と決心した次第。

前置きが長くなったが、その曲こそ、小生の大好きなミシェル・ルグランの名曲 『キャラバンの到着』 [*注1] である。これは、フランスのミュージカル映画 『ロシュフォールの恋人たち』(’67) 冒頭2曲目の軽快な3拍子の曲で、かってあるTVのCMで使われ、よく流れていたので、馴染みのある方も多いと思われる。

この『WEBダカーポ』でも、今年の2月だったか、その再公開が紹介されていたが、『シェルブールの雨傘』(’64) と 『ロシュフォールの恋人たち』、このフランス・ミュージカル映画の2大傑作の音楽を担当したミシェル・ルグランは、その2月(24日)で77歳となったというから、日本風にいえば「喜寿」を迎えたということで、実に目出度いことだ。

ルグランは、先のフランス名画両作や米映画 『華麗なる賭け』(’68) の主題歌 『The Windmills of
Your Mind風のささやき』(アカデミー最優秀歌曲賞) や 『おもいでの夏』(’70) の 『The Summer
knows』(同最優秀オリジナル・スコア賞) など数々の名曲を生み出した映画音楽の大家であるが、単
に作曲家だけにとどまらず、ピアニスト [*注2] 、(歌手の)ピアノ伴奏者、編曲家、指揮者、歌手と実に幅広い音楽活動をくり広げてきた巨匠である。

「神童」と呼ばれ、幼少の頃からピアノの才能を発揮。11歳でパリのコンセルヴァトアールに入学し、ピアノに加え和声法・作曲法(名教師として名高いナディア・ブーランジェに師事)を専攻。同音楽院を通常より4年も早い、20歳(’52)で卒業すると、すぐに音楽界に身を投じる。

オーケストラ指揮者・作曲家であった父親の楽団の公演旅行にピアニストとして同行したり、ジュリエット・グレコ、カトリーヌ・ソバージュ、モーリス・シュヴァリエなど高名な歌手のピアノ伴奏者をつとめるなどして、音楽の現場で経験を積んでいったのである。

同時に20歳そこそこで編曲者としても腕を磨き、初のレコーディングとなったダンス音楽のアルバム『MICHEL LEGRAND ET SON ORCHESTRE DE DANSE』(’53) やベストセラーとなったシャンソンの名曲集 『I LOVE PARIS』(’54) ではアレンジャー兼指揮者として注目を集める。

恩師ブーランジェ女史を通じて知り合ったクイシー・ジョーンズの影響もあったのだろうが、その編曲(オーケストレーション)においては、器楽法や和声にジャズの要素が色濃くなった。そのジャズアレンジャーとして、20代で早くも一つの頂点を極めた、言っても良いセッションが、ニューヨーク録音の 『LEGRAND JAZZ』(’58) である。

『アイ・ラブ・パリ』ミシェル・ルグラン 発売元:ソニー・ミュージック ジャパンインターナショナル
『ルグラン・ジャズ』ミシェル・ルグラン UCCU-5087 発売元:ユニバーサル ミュージック
アカデミーオリジナル・スコア賞を獲得した映画『おもいでの夏 』のDVD。2,625円 (税込)  発売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
主題歌が 『The Windmills of
Your Mind風のささやき』がアカデミー最優秀歌曲賞を獲得した『華麗なる賭け 』のDVD。リクエスト・ライブラリー 第5弾 2009年07月03日より発売 3,800(税込)円 発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン

このレコードは良く知られたジャズの古典的名盤であるが、その参加ミュージシャン達が「凄い」!!! マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ハービー・マン、フィル・ウッズ、ビル・エヴァンス、ポール・チェンバース etc. 今からみても、とても信じられない(レアル・マドリーも真っ青な)「銀河系」メンバーなのだ。その超重量級バンド(プロデューサー、ナット・シャピロの言葉だと「夢のバンド」)を率いて編曲・指揮を担当したのが、若干26歳のフランスの青年だったのもアンビリーバボー! だ。今、デュダメルがベルリン・フィルやウイーン・フィルを振っているのと同じような、あるいはそれ以上の衝撃的出来事、といえる。

それ以来今日まで、約半世紀もの間、ジャズ界、映画界で、又シンガー・ソングライターとしてルグランの活躍はめざましいものがある。

本業の映画音楽作曲家としては、前記の諸作品の他、『アメリカの裏窓』(’58)(ルグランの映画音楽
デビュー作で、ゴダールなどヌーヴェル・バーグの作家たちの注目を集めた)、『5時から7時までのク
レオ』(’61)、『エヴァの匂い』(’62)、『女と男のいる舗道』(’62)、『城の生活』(’65)、『栄光のル・マ
ン』(’70)、『ビリー・ホリデイ物語』(’72)、『愛と哀しみのボレロ』(’81)、『愛のイエントル』(’83)(アカデミー最優秀オリジナル・ソング・スコア賞)などの傑作が並び、変わったところでは、市川昆の『火の鳥』(’78)(主題曲のみ)というものある。

ミシェル・ルグランの手になるヴォーカル曲は、スタンダード・ナンバーとして、やはりジャズ畑の歌手によって歌われることが多い(本人の自唱によるディスクも多く出ており、ユニークなダバダバ・スキャット-姉でスイングル・シンガーズのリード・ソプラノ、クリチャンヌ・ルグラン張りの?-が楽しめる)。それらの歌は、伝統的なシャンソンのメロディアスなラインに、突然ブルーノートが入ってきたりするジャジーな曲が多く、ジャズ・シンガーに好まれる由縁だろう。

初期の名作でエディ・バークレイとの共作 『La Vals des Lilas (リラのワルツ)』(’54)を、’62年にジョニー・マーサーが英訳した 『Once Upon A Summertime』 をはじめとして、ルグランの名曲群は、すべて英詞が付けられて世界的にポピュラーになっている。

多くは、やはり映画の挿入歌として作曲されたものがほとんどだが、個人的な好みで挙げるとすると、

・ 『What Are You Doing The Rest Of Your Life? これからの人生』(映画『The Happy Ending』(’69/米)の主題歌)
・ 『His Eyes, Her Eyes』(前出『華麗なる賭け』の劇中歌)
・ 『How Do You Keep The Music Playing?』(映画『結婚しない族』(’82/米)

などが実に名曲だと思う。

しかし、ルグランの話となると、どうしても冒頭に述べた『シェルブールの雨傘』と『ロシュフォールの恋人たち』の音楽に戻ってしまう。多感な青春期に見た映画ということもあるのだが、ジャック・ドゥミ+ミシェル・ルグラン、コンビによるこの2作品のインパクトは真に強烈であった。

(次回に続く)

 

[*注1]
ラジオ講座の6月のテキストに、「編集部よりのお知らせ-番組テーマ音楽について」の記述があるのだが、『シナリオ・作詞:ジャック・ドゥミ 曲名: Arrivée des Camionneurs キャラバンの到着』 とあるだけで、作曲者名がないのは、どうしたことか!「作詞」と言っても、この曲は、オーケストラとスキャット・コーラスだけで歌詞などは無い!!

[*注2]
ジャズ・ピアニストとしてのテクニックとフランス人らしい粋なタッチは、シェリー・マン(ds)、レイ・ブラウン(bs)とのライブ盤 『Michel Legrand at Shelly’s Manne-Hole』(’67)で、大いに楽しめる。