Another Quiet Corner Vol. 02 ノルウェーのSSWソンドレ・ラルケ、
10年目のアルバムの魅力。

(2011.08.31)

偉大なる音楽家たちの遺伝子を現代に受け継いだメロディ・メーカー

先日、渋谷『Bar Music』での「Quiet Corner第1回選曲パーティ」はフリーペーパーで紹介した音楽を聴いてもらおうと選曲をしました。「ジョルジオ・トゥマから広がる音楽の波紋」というコーナーで紹介したソンドレ・ラルケの新作から「Cliseum Town」をかけるとすぐに反応してくれたのは、店主の中村智昭さん。「ソンドレの新作ですか? 彼らしいメロディアスな良さが出ていていいですね」と言ってくれたのがとても印象的でした。

ということで今回は、ここ最近よく聴いているノルウェーの若きシンガー・ソングライター、ソンドレ・ラルケについて書きたいと思います。6月に発売になった6枚目となる新作のタイトルはずばり『Sondre Lerche』。アルバム・タイトルに自身の名前を付けるところに、29歳という若さながら、実はデビュー10周年という大きな節目を感じました。

ぼくがソンドレ・ラルケを意識し始めたのは2006年の『Duper Sessions』から。会社の先輩が「たぶん山本君の好きな感じだよ…」と薦めてくれたのがきっかけでした。聴いてみると趣味の良いジャジーなサウンドにチェット・ベイカーのようなナイーヴな歌声で、ジャズ・スタンダードの「Night And Day」や「The More I See You」から、80年代のUKロック/ポップスの名曲であるエルヴィス・コステロ「Human Hands」とプリファブ・スプラウト「Nightingale」をクールにカヴァーしていて、一見違うようだけれど共通感覚を持つ音楽のチョイスに親近感すらわきました。

さらに驚くべきことは、名曲カヴァーたちと並んでも見劣りすることがないオリジナル曲の完成度の高さでした。古き良き時代のノスタルジックな情景を思い起こさせるような甘く美しいメロディの数々に、彼が天性のメロディ・メーカーであることに気づいたのです。

そのソングライティングはプリファブ・スプラウトのパディ・マクアルーンに例えられることがあります。ソンドレ・ラルケもパディ・マクアルーン同様にコール・ポーターやジョージ・ガーシュインといった映画音楽~ティン・パン・アレイ系のコンポーザーに始まり、バート・バカラックやジミー・ウェッブを経由するポップ・ミュージックの系譜を辿る音楽の遺伝子を受け継いでいるのです。けれども決まったカテゴリーに収まらないオルタナティヴ世代特有の多様性も兼ね備えているのだから、やはりただ者ではありません。

 

ブルックリンを拠点にまだまだ広がりそうなソンドレの音楽の世界。

前作『Heartbeat Radio』 (2009年)は、アメリカのルーツ・ミュージック系の人気レーベル「Rounder Records」から発売されていましたが、今回の新作には「Mona Records」という馴染みのないレーベルからの発売。ソンドレ・ラルケの奥さんMona Fastvold Lercheの名前の一部から取ったのでしょうか? 大手レーベルから離れ完全自主レーベルになり心機一転ということかもしれません(彼の音楽性は変わりませんが)。サウンドは前作以上にアコースティックな仕上がりで、フォークやロックをベースに、カントリー、ブルース、ジャズの要素もほのかに漂わせる、まさにソンドレ流のバーバンク・サウンド。

収録楽曲はすべてオリジナルで、プロデュースには前作同様に相棒カトー・アドランド(ソロ・ユニット、メジャー・セブン・アンド・ザ・マイナーズでもお馴染み)。ミックスにはアニマル・コレクティヴやキャット・パワー、スプーンも手掛けるNicolas Vernhes(録音はブルックリンのRare Book Roomスタジオ)。参加アーティストも興味深く、気になるところでは新作を出したばかりのVetiverのボブ・パリンズや、コンピレイション『Late Night Tales』シリーズの選曲も話題のMIDLAKEのマッケンジー・スミス。その他JBM名義で『Not Even In July』というメランコリックなアンビエント・フォークの作品を出しているジェシ・マーチャント。ノルウェーのメジャー・ポップ・デュオ、M2Mの元メンバーのマリー・ラーセン。ニューヨークの“ファイスト”こと女性シンガー・ソングライターのドーン・ランデスがヴォーカルで参加しているのもうれしいですね。

前作より活動の拠点をブルックリンの移した影響から、彼をとりまくミュージック・コネクションはさらに広がりをみせています。ちなみに『Heartbeat Radio』では、ハイラマズのショーン・オヘイガンとマリ・ペルセンがストリングス・アレンジで数曲手掛けて話題になりました。

ソンドレ・ラルケはあくまでもシンプルなメロディ・メーカーです。彼の描いたきれいな単色に、信頼すべきミュージシャンたちが相性のいい色をさらに加えていくことで、ソンドレ・ラルケの音楽が完成されるのです。彼を透して見えるさまざまな音楽エッセンスやミュージシャンたちの個性を眺めるのはとても興味深く、新作『Sondre Lerche』を聴いてそれをさらに実感しました。

次回作では、同じブルックリンのクレア&ザ・リーズンズとの“ノスタルジックな共演”を切望。彼らがソンドレ・ラルケにどんな色を足してくれるのか、ぜひ聴いてみたいですね!