目を閉じて聴くと海や空が広がる。
藤本一馬さんの『SUN DANCE』。

(2011.06.15)

orange pekoeのギタリスト/作曲・藤本一馬さんが、長い間温めていた
ギターのインストゥルメンタルアルバムがついに完成しました。
「自然への讃歌」を込めた全8曲すべて、
目を閉じて聴くとさまざまな風景が浮かび上がってくる……。
詩は存在しないのに、強いメッセージを感じるアルバムです。

今から5年前に漠然と感じた焦燥感。

「今から5、6年前、このままの生活を続けていていいのかなとあらためて自分に問いかけるようになったんです。人間が自然と共存して生きていく術を真剣に考えなくてはいけない中、今もあいかわらず排気ガスをばんばん出して、電気をがんがん使って平気で生活する……。でもそれ自体をすべてやめることもできない。これから自分はどういう生活をして生きていくべきなのか…。日々考えるなか、さらに自然に対する想いが強くなっていった。

心についても考えていました。

日々いろいろなことが起こるなか、どのように“心”を安定させて生きていけばいいものか……。

しかし旅などに行って、大自然の中に身を置くと、その圧倒的なエネルギーに感動し、そのことが心に与える力の大きさに驚きました。同時に人間の力も、例えば素晴らしい演奏家の音楽を聴いて心を打たれたとき、なぜこんなに“心”に響くんだろうと考えました。そこでたどり着いたのが、人間は心でできていて、心で感じることが一番の真実だという思いです。

心で感じる……。そこから「こころの瞳」という曲ができました。

その後、先住民族たちの自然と融和する暮らし方に惹かれ、ネイティブ・アメリカンの人々、オーストラリアのアボリジニの人々、北海道のアイヌの人々などに興味を持ち始めました。そんなとき『インディアン魂』という本を読んでその壮絶さに驚き、感銘を受けたサンダンスの儀式。そして、アルバムのメイン曲『SUN DANCE』ができたんです」と藤本一馬さん。

野球一筋の一馬少年がギターを始めたきっかけ。

一馬さんがギターを手に取ったのは、意外と遅く中学校のとき。

父がフォーク&ブルース・ギタリストであったにも関わらず、野球部のピッチャーとして体育会系な日々を送っていた中学3年の冬、友人の誘いを受けて始めたギターに没頭しはじめました。「友だちに誘われたので、ギターを始めたいからギターが欲しい、と親父に言ったら喜んでフォークギターをくれて、少し弾き方も教えてくれたんです。そのときに、これだ!と思いました。」。子どものころからハミングでオリジナルのメロディを作っていたという一馬少年は、ギターを弾くと同時に曲作りも始めました。

高校に入ると友人らとバンド活動を始め、一馬さんはギターだけでなくボーカルも担当。活動早々、メンバーが持って来たアルバム、ダニー・ハサウェイに影響を受けソウルへ傾倒、音楽の世界はどんどん広がり始めます。次にジャズピアニストである叔父の影響を受け、今度はジャズの虜に。そしてギタリストのジョー・パスの音楽に衝撃を受け「あかん、歌ってる場合と違う」と、ギターに磨きをかけることに専念していったのです。

人との出会いが音楽の道を作ってくれた。

「ぼくはすごくラッキーだと思う。たくさんのいい出会いに恵まれて。友人や家族たちが次から次へといい音楽へと導いてくれて。気がつけば本当に好きな音楽を見つけていたんです」。

その後出会いは大学でも続きます。軽音楽部へ入ると先輩からミルトン・ナシメントを聴かされ今度はブラジル音楽にはまり、意気投合したナガシマトモコさんとorange pekoeを結成して、在学中にデビューを果たしたのです。

高校時代、自分でボーカルにトライしたけれどしっくりこなかったということもあり、自分の音楽にぴったり来るボーカルを切望していた一馬さん。パワフルでソウルフルな声の持ち主と出会ったことで、今までの思いを爆発するように、ブラジル音楽やジャズ、ソウルなどをミックスしたオリジナル・ボーカル曲を次々と書きあげ、瞬く間に人気を得ていきました。

ギターでインストゥルメンタルをやりたい。

その後はorange pekoeの活動に専念しながら、打ち込み系などクラブ音楽の要素なども取り入れ、サウンドメイカーとしていっそう音作りにこだわっていきます。4枚目のアルバムを作り終えたころ、「ふとギターでインストゥルメンタルをやりたいと思ったんですよ。そこからベースと2人で、都内のカフェなどでインストのライブをはじめました」という一馬さん。前述のもやもやとした心の悩みが生まれたのと同じ時期です。

いつか形にしたいと思いながら、ギター曲を書きため、ぽつぽつとライブを続けていたものの、機会をつかめないないまま時間が過ぎていき……。2009年6枚目のアルバムをリリースした後、ついに決心。「いつかでなく“今”からソロ活動をきちっとやるぞ、と決めたんです」。

そして昨年の5月にはパーカションの岡部洋一さんとベースの小泉P克人さんとのトリオでソロ活動を本格的にスタートした後、9月にはorange pekoeのサポートメンバーであったベース工藤精さんとの2人でのデュオライブが実現。渋谷の『Bar Music』でのライブは、静かな曲「空のように」から始まり、「SUN DANCE」まで全4曲、演奏が終わるころには店内はすごい熱狂に包まれ、拍手はいつまでも鳴りやまない。激しい高揚感が二人とお客さん、スタッフたちを包み込んだ忘れられない一夜となりました。

「このとき、工藤くんとソロアルバムを作ろうと確信しました」という一馬さん。ギターインストを考え始めて5年、ついにアルバム『SUN DANCE』作りが本格的に始動したのです。その後再びパーカッションに岡部洋一さんを迎えて、さらにライブ活動を続けると同時にレコーディングを開始。「スタジオでも工藤精くんと岡部洋一さんと3人で顔を見合わせて、ライブと同じ状態でレコーディングしました。ライブそのままの臨場感やダイナミズムができるだけCDから伝わるようなものにしたいと思ったんです」。

ネイティブ・アメリカンを訪ねて。

アルバムのレコーディングを終えたころ、「サンダンス」の郷ともいえるセドナを旅した一馬さん。現地へ行って、何を感じたのでしょうか?

「風景がすごかったです。セドナでいろいろなキャニオンやレッドロックを見てまわり、グランドキャニオンにも行ったのですが、地球の本当の姿というか、地球はこんなにすごかったのかというような風景でした。

ナバホ族の居住区を車で通ったときは、その風景が半端じゃないくらい壮大な巨大パノラマで圧倒されました。

セドナやグランドキャニオンは観光地化されていて、国立公園になっていたりするのですが、ナバホ族の居住区はほとんど手つかずの状態で、その広大な風景はあまりに衝撃で、何度も夢に出てきました。

サーフィンをやった日の夜、寝るときに目を閉じると波の映像がずっと流れていたりするのですが、その夜は目を閉じるとずっと大地の映像が流れていました。それくらい衝撃だったのだと思います。

地球のすごさというか、雄大さを感じて、普段より大きな目でいろいろなことを見るようになったような気がします」。

奇しくもその後東日本大震災が起こり、誰もが自然への敬意の欠如や自然との共生を考えるようになったこの時期に、6年の思いが詰まった『SUN DANCE』がリリースされました。インストゥルメンタル、だけど彼のギターは雄弁で、海や空、山など風景が目に浮かび、心に響く曲ばかり。

「見に見えないもののパワーは存在すると感じ、音楽もきっとそういうパワーのひとつだと思い始めました。明確に言葉で表わせることはひとつもないんだけど、心の中で渦巻いている感情をこれからも音楽として表現していくつもりです」という。

こころの瞳で、自然への讃歌を聴いてみてください。


 

SUN DANCE(サンダンス)

藤本一馬(フジモトカズマ)
2011年6月8日発売
2,800円(税込み)DDCB-13018
レーベル:バウンディ

【Track List】

1. 海への祈り
2. 空のように
3. Harmony Ball
4. 山の神様
5. やじろべえ ~a balancing toy~
6. こころの瞳
7. SUN DANCE
8. Blue Light

藤本一馬/Acoustic Guitar
工藤精/Acoustic Bass
岡部洋一/Percussions


「SUN DANCE」

 

《インタビューを終えて》

音楽ライターでないわたしのつたないインタビューにていねいに応えていただいた一馬さん、サポートいただきましたプロデューサー成田佳洋さん、心よりお礼を申し上げます。