ブエノスアイレスのSSW、
フロレンシア・ルイスが来日。

(2011.05.13)

ブエノスアイレス――“南米のパリ”と呼ばれるヨーロッパ文化を色濃く映した町並み。
街路樹から射しこむ優しい陰影に満ちた光。
日本のほぼ真裏に位置する、地理的にとても遠い国ということもあってか、
この街は我々日本人にとって何とも言えないノスタルジックな心象を抱かせてくれます。
そんな街に、フロレンシア・ルイスという気鋭のシンガーソングライターがいます。

 

アルゼンチンからの新しい風。

近年さまざまな角度から盛り上がりを見せるアルゼンチンの音楽。もちろん今までもアルゼンチンにはアストル・ピアソラをはじめとするタンゴや、スピネッタ、チャーリー・ガルシアなどのロック・ミュージック、さらにはフォルクローレの素晴らしい音楽家が大勢いたのも事実。しかし一般的にその印象は極めてマイナーなものと言わざるを得ませんでした。多くの国の音楽が「ジャンル」という狭いカテゴリーに収められてしまっている中、音楽的な特性はさておきアルゼンチン音楽もまたアフリカ、アジア、ヨーロッパ、南米……なんていう枠の中に窮屈にはめ込まれていました。

そんな状況も2000年代に入り徐々に変化を見せ始めます。シカゴ界隈を震源地にした“ポストロック”“音響派”と呼ばれる音楽ムーブメントが若者を中心にじわじわと盛り上がりを見せはじめたのです。世界中の多様な音楽的要素を先端のテクノロジーを駆使した編集でもって、ごく自然に緩やかに融合していったこのムーブメントにあっては、所謂ワールドミュージックも現代音楽やジャズなどと並んで、よりカジュアルに「ジャンル」という枠を越境したサウンドとして聞かれるようになって行きました。そんな新たなシーンの登場とも自然に呼応して、アルゼンチンからもフアナ・モリーナを筆頭に斬新なサウンドスケープを聞かせる次世代のアーティスト達が登場します。それまで「スペイン語」というだけで拒絶反応を示していたリスナーに対しても、見たことのないような新しい世界への扉を開く大きなきっかけとなったのでした。


フロレンシア・ルイス登場。

「アルゼンチン音響派」とも呼ばれるこのようなムーブメントが注目を集め始めた中、1枚のアルバムが話題になり始めます。猫に寄り添う印象的な口元。思わず“かわいい……”と口ずさんでしまいそうな、そんなジャケットも印象的なこのアルバムこそフロレンシア・ルイス2003年のセカンド・アルバム『Cuerpo』でした。

音数を抑え“間”を大切にした、孤独の淵を見つめるような独自のコード感とメロディ。表面的にはメルヘンチックな穏やかさをまといつつも、実は人間の深層心理に根差した生きてくことの「残酷さ」を暗喩的に表現した「おとぎ話」の世界のような感覚。その世界観は谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』で提唱したような「闇」と「光」のコントラストのはざまに存在する揺らぎのような美しさ。元来日本人が持ち合わせていた、はかない美意識に深く共鳴するものでもあったのでした。そんな彼女の音楽が外資系大型CDショップなどを中心に、大きな話題を集めるまでにはさして時間はかからず、2008年には初の来日公演を成功させるまでに至ったのでした。


待望の新作発売と来日公演が実現。

そんなフロレンシア・ルイスが2年以上の月日をかけて完成させた待望の新作がついに完成しました。ブラジルのジャキス・モレレンバウム、ウルグアイのウーゴ・ファットルーソなど南米音楽ファンならずとも狂喜するようなマエストロたちもゲストに迎え、音楽的な幅や表現が圧倒的なスケールをもって広がりを見せる新作『Luz de La Noche』。闇の美しさを称えつつも、光のある方向へ希望へと向かっているような音像に、彼女の穏やかな内面的変化も見て取れる今作は、彼女の第二章のスタートとして記憶されるべき現時点での最高傑作と言っても過言ではありません。

彼女の音楽をさして“エクスペリメンタル”という表現が用いられることが多くあります。凡庸でお手軽な感動や美が溢れる現代にあって、エクスペリメンタル=実験的であるというのはむしろ根源的で普遍的な美しさに立ち向かうことを意味するのかもしれません。より普遍的な輝きを増した彼女の新作は、ふとそんなことも思いおこさせてくれるのでした。

来日ライブで光と闇の世界を聴く。

新作完成直後という状況の中、実に3年ぶり2度目となる来日公演も決定しました。多くのアーティストの来日公演が厳しい判断を迫られざるを得ない状況の中、躊躇することなく日本公演を決行することを決めた彼女。大江健三郎や村上春樹ら日本の文学にも精通し、日本人の繊細さやいたわりの心を理解する彼女の、日本に対する深い愛情がそこにはあったのでした。

「人生は短い。だからこそ私にとって一番大切なことは美しい音楽を追及することなのです」。音楽家としての自身の在り方を改めてそう語るフロレンシア。忘れることが出来ない記憶として心に深く刻まれた今回の震災。私たちは色々な価値観、生き方を見直すきっかけを与えられました。「本当に大切なもの」は実はそう多くはないことを図らずしも再確認させられた今、彼女の音楽が一人でも多くの方の日常を照らす灯台の役目を果たすことを祈るばかりです。

《LUZ DE LA NOCHE ジャパンツアー》

5月10日(火)名古屋TOKUZO 出演:Florencia Ruiz、LONO、NARCO
5月27日(金)東京 Saravah (with 佐野篤、ヤヒロ・トモヒロ、鬼怒無月、鶴久正基)
5月29日(日)東京 Vacant イベント「FOUNDLAND」 出演:Jean-Philippe Collard-Neven、Florencia Ruiz、阿部海太郎、石橋英子

(松田美緒&ビスコイット・グローボ 北海道ツアー)*ゲスト出演
5月13日(金)釧路 JAZZ THIS IS(ジス・イズ)
5月14日(土)帯広 幕別町百年記念ホール 講堂
5月15日(日)三石 旧延出小学校
5月17日(火)苫小牧 アミダ様
5月18日(水)洞爺湖  ニニコ ナム(元モンキーハウス)
5月20日(金)札幌 くう


フロレンシア・ルイス 公式サイト
フロレンシア・ルイス プロモ来日サイト

 

Florencia Ruiz【Biography】

1977年ブエノスアイレス生まれ。アルベルト・ヒナステラ音楽学校でギターとバンドネオンと作曲を学び、卒業後は幼稚園の先生やギター教師をする傍ら、I.U.N.A(国立芸術大学)の作曲修士課程で研鑚を積む。このようにアカデミックな素養を持ちつつも、その範疇に収まらない彼女の音楽は、2000年代に勃発した所謂“アルゼンチン音響派”以降の流れを汲みつつ も、よりパーソナルで内省的な魅力を持ち、その美しさは現代アルゼンチン音楽シーンの中でも突出したものと言える。今最も次の動向が期待されているブエノスアイレスの音楽家のひとりである。2008年初来日。東京を中心に名古屋、京都でもライブを行い日本においても多くのファンを獲得した。これまでのリリース作品は『centro』(2000年) 『cuerpo』(2003年) 『correr』(2005年) 『mayor』(2007年)の4枚のソロ作に加え、Ariel Minimalとの共演作『Este Impulso Superior』(2008年)、来日記念でリリースされた日本企画盤EP 『tiemblo』(2008年)、リミックスアルバム『fogon』(2006年)がある。そして2011年待望の新作『Luz de la Noche』をリリースする。