Another Quiet Corner 番外編
『bar buenos aires Estrella(バー・ブエノスアイレス〜星の輝き)』by吉本宏
星降る夜に聴く
バー・ブエノスアイレスの音。

(2013.12.22)

1年に1枚、ていねいにつくられるバー・ブエノスアイレスのコンピレイションCD。
12月22日、3作目となる『bar buenos aires Estrella』がリリースされました。
このアルバムに込められた、満天の星のような無数の想いを、
選曲者・吉本宏さん自らの言葉で伝えていただきました。

星の輝きを
夜更けに灯りを落とした部屋で静かな音楽を聴くのが至福の時間です。音の響きの中に身をおいていると、ゆっくりと気分がほぐれ、時にはまどろみが迎えにくることもあります。アルゼンチンのカルロス・アギーレの楽曲とつながる世界の美しく繊細な音楽を紹介するbar buenos airesからリリースされる3作目のコンピレイション・アルバムは、まさにそんな雰囲気の中で聴いていただきたい作品です。
 
今作のテーマは“星の輝き”。ピアノの高域の音色は、ときに星の光を思わせるように聞こえることがあります。目を閉じると星空が浮かぶような音の世界を表現したいと思い、澄みきった夜空に瞬く星をイメージし、デリケイトな響きのピアノを中心にアコースティック・ギター、しっとりとしたヴォーカルなど、夜のとばりが静かに降りてくるような余韻のある繊細な曲を選びました。
 
これまでにリリースした2枚のbar buenos airesのコンピレイションCDを聴いていただいた方から感想を言われてとてもうれしいことがあります。それは、「繰り返し聴いています」という言葉をいただくことです。私たちは、選曲会を通して問合わせの多い曲や、自分たちが好きで、もう何度も聴いているような曲を中心に収録曲を選んでいます。中には、最初に聴いたときには強い印象を残さないような曲もあるかもしれません。けれど、何度か聴いているうちに、ふとその曲の魅力に気づくことがあるのです。そういう曲はいつまでも飽きることなく聴き続けられると思うのです。それらの曲に共通しているのは、シンプルでどこか音に余白を残したような佇まいがあるということです。
 
こうした私たちの考えに賛同してくれたカルロス・アギーレは、本作のためにスペイン語で“星”を意味する「Estrella (entre el espacio y la luz)」という曲を書き下ろしてくれました。カルロスの新作もまさに聴くほどにその滋味深い魅力の虜になるような美しく切ない楽曲です。1作目のコンピレイションに収録した、カルロスが日本のために書いてくれた作品「Hiroshi」にもいえることなのですが、彼は私たちがぼんやりと考えていたことや、気づかずに見過ごしてしまうことをいつも見事に音楽で表現してくれます。サン=テグジュペリの“星”にまつわる物語にも書かれていましたが、まさに“大切なものは目に見えない”のです。
灯りを落とした部屋で静かな音楽を聴く至福の時間
灯りを落とした部屋で、静かな音で聴いてもらえたら…
カルロス・アギーレさん、パラナの自宅にて。写真/Hummock Café 中村信彦
カルロス・アギーレさん、パラナの自宅にて。写真/中村信彦(HUMMOCK Cafe
カルロスが表現した“星の輝き”に想いを馳せながら。
『bar buenos aires Estrella 〜星の輝き』のオープニングは、前作とは趣を変え、清らかなストリングスで静かに幕を開けます。ピアニストのクラウス・ミュラーが弾くこの曲のイメージは、夜が訪れる前に山の端に微かに残った黄昏の空が刻一刻とその表情を変えていくアルバム・ジャケットの写真の情景です。やがてあたりは薄暗くなっていき一番星が輝き、夜の訪れとともにミューズ、グレチェン・パーラトがその姿をあらわします。詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスの美しいワルツ「Valsa De Eurídice」(ユーリディスのワルツ)は、アントニオ・カルロス・ジョビンのヴィニシウスの追悼ライヴや、中島ノブユキのヴァージョンでも聴くことができますが、グレッチェンの吐息をこぼすような歌は、この曲をさらに魅惑的に際立たせています。偶然だったのですが、まったく別のアルバムから収録した1曲目と2曲目でピアノを弾いているのが同じくクラウス・ミュラーだったのです。
 
現在のブラジルの音楽シーンで目が離せないピアニストのアンドレ・メマーリも、続く2曲でピアノを弾いています。ミルトン・ナシメント作の「E Dai?」がこれほどクリアにカヴァーされると、まるで別の曲かのように聞こえます。そのピアノの高域の響きに耳を澄ましてみてください。彼のピアノによって原曲のもつ美しさが見事に浮かびあがってきます。続く、フランス人のドラマー、フランソワ・モランとメマーリによる「Caminhando No Calçadão」もその美旋律が空間に鮮やかに広がります。

 
アルゼンチンのプエンテ・セレステのヴォーカルを務める美声のエドガルド・カルドーゾの楽曲「Despertare」は、夜風がささやくような静かな情景を思い起こさせる清々しい一曲で、続くヴィトール・ハミル作「Estrela」は、本作のテーマを映したヘオルヒナ・ハッサンの歌う優しい歌曲です。この2つの歌の並びも、自然の流れにゆったりと身をまかせるアルゼンチンの大河のように穏やかにつながっていきます。

Klaus Mueller / Far-FarawayNilson Matta / Black Orpheus
Francois Morin / NaissanceGeorgina Hassan / Primera Luna
「Joyful Departure」は、ECMレーベルのギタリスト、ラルフ・タウナーの楽曲で、夜の闇に光が浮き上がるような透明感のあるアコースティック・ギターの音の粒立ちに耳をうばわれます。ビル・エヴァンス・トリオにも在籍したベーシストのマーク・ジョンソンを迎えたダグ・ホールの「The Star-Crossed Lovers」は、小説『国境の南、太陽の西』の主人公が愛した星くずが舞い散るような儚いスタンダードのバラードです。そして、バート・バカラックの名曲カヴァー「Alfie」から、オマール・ソーサのピアノにジャキス・モレレンバウムのチェロとパオロ・フレスの静かなホーンがたなびく「Alma」への流れに、夜はますますその色合いを深めていきます。これらの曲に漂う静謐な空間の広がりと繊細な音の共鳴は、まさにbar buenos airesが表現したい音の世界観を象徴しています。
Eric Slavin / SerenadeDoug Hall Trio  / Three Wishes
Ilona Knopfler / Some Kind Of WonderfulPaolo Fresu & Omar Sosa / Alma

カルロス・アギーレ・グルーポのファースト・アルバム『クレマ』に収められた「Los Tre Deseos De Siempre」“永遠の3つの願い”の歌には流れ星が描かれています。星はその昔から人々の祈りの対象であり、希望の象徴でした。ラストに収められた「Estrella (entre el espacio y la luz)」の音の響きに身をゆだね、そっと目を閉じると聴く人それぞれの心の中に美しい星空が広がっていきます。カルロスが表現した“星の輝き”に想いを馳せながら、いつしか心は身体をはなれ、星降る夜にゆっくり、ゆっくりと包まれていくのです。

『bar buenos aires – Estrella(バー・ブエノス・アイレス~星の輝き)』 V.A.

選曲:吉本宏、山本勇樹、河野洋志
2013年12月22日発売 2,415 円(税込) RCIP-0199
レーベル : bar buenos aires

【Track List】
01. Far-Faraway / Klaus Mueller
02. Valsa de Euridice / Nilson Matta
03. E Daí? / André Mehmari
04. Caminhando no Calçadão / François Morin
05. Parisian Thoroughfare / Edwin Berg – Eric Surmenian – Fred Jeanne
06. Sirirí / Gustavo Mozzi feat. Carlos Aguirre
07. Himno / Alejandro Franov
08. Despertare / Edgardo Cardozo Trío
09. Estrela / Georgina Hassan
10. Canción para Sara / Horacio Burgos
11. Dream For Two / Najponk
12. Joyful Departure / Eric Slavin
13. The Star-Crossed Lovers / Doug Hall Trio
14. Alfie / Ilona Knopfler
15. Alma / Omar Sosa & Paolo Fresu
16. Esperanza / Antonio Restucci feat. Carlos Aguirre
17. Estrella (entre el espacio y la luz) / Carlos Aguirre