ジャズトランぺッター類家心平×
プロデュース菊地成孔、夜中の対談

(2011.09.09)
© 2011 by Peter Brune
© 2011 by Peter Brune

9月7日に発売したばかりの、
類家心平4Piece Bandニューアルバム『Sector b』を
プロデュースしたのは菊地成孔さん。
ある真夜中、新宿の外れの一室で、
制作秘話についてお二人のホンネトークが広げられました。
類家さんのあまり知られていない素顔が見られます。

―― 今回のアルバムは、ちょうど震災のころに制作されていたそうですね。

菊地 レコーディング自体は震災後なんですけど、まだ余震で、レコーダー止めるまではいかないけど、ちょっと来たな、っていう中で録りました。

―― 菊地さんは、ご自身のふたつのバンドに類家さんをレギュラーメンバーとして登用されているわけですが、その類家さんのアルバムをプロデュースするにあたって、具体的な方向付けというか、青写真的なものはあったんでしょうか。

菊地  類家君は、いわゆるリアル・ジャズと言われる、メインストリーム・ジャズ以外――エレクトリックなどを含めて――でトランペットを吹く人のなかでは、一番巧くて優秀だと思うんです。ただ、類家くんの最初のアルバムや、あとライブ盤も聴いてみたんですが、音楽性も演奏も素晴らしいんだけど、とにかく重くて長いんですよね。内省的というか。なので今回は「1曲を短くしよう」とは言いました。

類家 そうですね。1枚目はとことんやろうという感じだったので、よくも悪くも自分が隅々までタッチして、「こってり」になってしまったので、それがどうだったかなという反省が……。

菊地 反省があるの?(笑)。

類家 いえ(笑)。でも今回1曲が短くなったのは、結果的に良かったですよ。曲順も今回僕はノータッチで、菊地さんにすべてお任せしました。

菊地 ジャケのスタイリングから写真チェックからカメラマンの選定から、アルバムのタイトルも曲名もワタシが決めていきました。類家君の曲をデモテープで聴いて、じゃあコレとコレとコレ入れて、余裕もあったらコレも。でワタシの曲一曲と三輪(裕也)君の曲を一曲。あとレディー・ガガやるんでよろしくと(笑)。

―― そのアイディアは菊地さんから?

菊地 はい。まあガガはジャズで良くカバーされ、現代のシンディ・ローパー(「タイム・アフター・タイム」をマイルス・デイヴィスがカバーして以来、ジャズ界のニュースタンダードに)とか言われてますし、「ポーカーフェイス」はサビ以外メロディが1音しかないから、アレンジし放題なんですよね。でもいきなり「レディー・ガガ」って言って、類家君が黙って引きこもったらマズいんで(笑)、最初は「何か有名な曲をやろうよ」とだけ言いました。本当はレディー・ガガって決まってたんですけど(笑)。たとえば小さいジャズクラブに来てる30人に向けて、こってりのライブ盤4時間とか出せば、ライブ2回で完売すると思うんですが、今回はそれじゃ駄目だってレーベル側に言われてましたので、じゃあもっと大きなマーケットに向けようと。

―― プロデューサーの菊地さんとしての今回の狙いは、若くてイケメンで、しかも実力のあるトランぺッターという「極上の素材」を、出来るだけうまく料理して売ってやろう、ってことですね。

菊地 ぶっちゃけもう、日本のジャズ界は女子と言わず男子と言わず、若い層は全員アイドル売りですよね。業界のアイドル化傾向ジャズ史上最高だと思うんですが、まあそれはともかく、アイドル稼働出来る年齢って、類家君はこの1、2年逃したら心身共にキツくなってくると思うんです。なんで今やっとこうと。勿論そんなもん言うまでもないですけど、中身の無いアイドルではないですよ。

―― 色々な意味でホットな人ですがハクエイ・キムさん(ピアノ)との出会いはどういう経緯だったのでしょうか。

類家 ハクエイ君がオーストラリアの音楽学校から日本に戻ってきたばっかりだったころ、「面白いピアノの人がいるよ」って噂を聞いて、ジャムセッションに遊びに行ったんです。その時にベースの鉄井さんとハクエイ君が一緒にやってて、お二人と同時に出会ったんですね。そこからずっと一緒にやってました。

ドラムの吉岡さんとは、それより前にジャズじゃなくてファンク寄りなセッションで出会いました。吉岡さんはジャズのキャリアが長くて、しかもファンクとかヒップホップも叩くから、いつかご一緒したいと思ってたんです。

―― ところでさっきの話の続きですが、レディー・ガガでも、なぜ「Poker Face」だったんですか?

菊地 「有名な曲のカバーをやろうよ! どれにしようか?」って、まあ、お楽しみじゃないですか。色々アイディアを出し合ってたら、類家君が「toeなんかどうですか?」って。だから「渋過ぎだよ」って(笑)。「ここはやっぱり、マイルスがシンディ・ローパーやった時の感じでしょ」って。レーベルの阿部君はコールドプレイの「Viva la Vida」が良いんじゃないかって言うんですが、「それも無いんじゃない(笑)」って言いながらどんどん絞っていって、で、結局ガガだと。

ガガってアメリカだと結構カバーの対象になってますし、ジャズで取り上げられてジャズ・ガガみたいになってるんですが、ただ一番ワタシのフックになったのは、『glee』というテレビドラマなんですよ。めちゃめちゃ良いんですが、日本では全然ヒットしなくてシーズン1で終わっちゃってるんですが、その中で、レディー・ガガの曲をリアレンジしてハーモニーつけて歌う回があって、「Poker Face」を非常に奇麗にやってたんですよね。で、これは良いんじゃないかなって。そういうサイドフックもありました。

―― 類家さん的にはどうだったんですか?

類家 正直、聴いたこと無い曲だったんですけど……(笑)。でもYoutubeでレディー・ガガがテレビ番組で弾き語りしてるのを見て、雰囲気的に良いなと思いました。仕上がりには非常に満足してます。

―― 菊地さんもご自身の曲を提供されてますね。

菊地  プロデューサーが楽曲入れなくても良いプロダクツと、入れた方が良いプロダクツとあって、今回は入れた方が良いかなと。類家君の楽曲はわりと粘着的で――それがたまらないわけなんですけど――もっと軽い曲、ポップな曲も入ってるほうがパッケージとしてバランスが取れると思ったんですよ。上から順に類家君の曲を録っていって、あと足りないの何かなと思ったらこういう感じ――アコースティックだけど踊れるという。リスナーの反応も今かなりシンプルになってますからね。踊れる=クラブジャズみたいな(笑)。

類家 (笑)

菊地  踊れてかつメインストリームのエッジな感じもあるという。ウィントン(マルサリス)がIPODのCMでやってた「SPARKS」みたいな感じで。

―― 5曲目の「ATOM」は、菊地さんの生徒で、以前「相対性理論」のリミックスにも参加されていた三輪さんの曲ですね。これはどのような発注をされたのでしょうか。

菊地  ネタバレというかネタ元ですけど、若手のトランペット奏者で人気のあるクリスチャン・スコットが、RADIOHEADのトム・ヨークの曲(The Eraser)をカバーしてるんですよ。それがパット・メセニーテイストのある、オーガニックなクラブジャズみたいな感じで、すごいポップなんです。メロディがシンプルで、90年代的なフォーキーなコード進行だけどダサくない。それで、そういうようなもので、しかもリズムが凝ってるやつを作ってくれって言いました。三輪君にデモテープも出してもらって聴いたら、良かったんですよ。

―― 類家さんはどう思われました?

類家 最初譜面をもらって、一回ライブでやってみたら、かつてないくらいポップな曲だった(笑)。面白かったですね。

―― プロデューサーの菊地さんの意向でそのような4、5分くらいの短めの曲が多いわけですが、最後の「Coerulea」だけは長いですよね。これは類家さんの曲ですね。

類家 そうです。これは結構長いんですよ(笑)。

菊地 編集で縮めようと頑張ったんですけど、駄目でした。4人で9分演奏するって結構な長さですよ。逆にこれがまあ、彼等の本当の姿と言うか(笑)。ライブではもっと長かったりするので(笑)。そこで全体にショート路線でアルバム作ったんですが、この曲だけは編集で切るポイントが見つからなかったんですよ。緊密過ぎて。

―― プロデューサーとしては、これくらいのサイズになると怒るかもしれないですね。

菊地 よくある話なんですけど、レコーディングしてる間はぜんぜん長く感じなくて、素晴らしいなと思ってるんですが、後でカウントしたら9分もあって、「ちょっと長くない? こってりしてない?」ってなったんですけど、でも決して冗長ではないんですよ。冗長だったらそれは改めなきゃいけないんだけど、素晴らしい演奏が長いんで。要するに、旨いんだけど大盛りって感じです(笑)。だから長くてもいいかなって。類家君のやってる精神年齢20代の感じだと全編「こってり」の大盛りでもいいんですが、日本人の精神年齢はどんどん若くなっているとはいえ、聴く人の中にはお父様方もいるじゃないですか。お父様方胃が弱くなってるんで(笑)、多分長いのお嫌いだと思うんですよね。ですから今回は、ご年配の方にも届かすぞと。

―― なるほど。

***

菊地 例えば、類家君のバンドがMCもない、ものすごく濃密なライブをやって、もたれずしっかり聴いてくれる人って、もうジャズが好きなおっさんとかポップスが好きなクラブキッズとかじゃなくて、相当ECMとかが好きな修験者みたいな感じの人か、あとは美形好きのおばさまだと思うんだけど……(笑)。

類家 (苦笑)

菊地 おばさまはこってり大好きですから。なんであんなに大丈夫なのかなって思うんですけど、『冬のソナタ』全部見たりするじゃないですか。韓流ファンみたいなこってりに耐性のあるおばさま――ハクエイ君の横顔は3時間見続けても飽きない、みたいな(笑)。

―― (笑)

菊地 このバンド、放っておくとその人たちしかいなくなっちゃうんで(笑)、いろいろ取り戻さないと。

類家 そうですね。

菊地 「カムバック若い人」みたいな感じで作ったっていうのが、このアルバムの全体の感想です。もちろんおばさまもウェルカムですよ。一人40枚くらいずつ買ってほしいですけどね。40枚買ったら握手しますとか。投票券つけて、ハクエイ・キムなのか類家心平なのか。投票数によってはピアノが真ん中に来ますっていうね。センター取れますという(笑)。

―― AKBですか(笑)

―― 今回のアルバムで難しかった部分はありますか。

菊地 一番難しかったっていうか、マーケット広げるっていう時にどうしようかなって思ったのは、類家君のバンドに「ブラザー感(ブラックミュージック感)」が全く無いことですね。ヒップホップのような、票田でっかい所の遺伝子が無いので、オーガニックだとかフォーキーだとか、そういうところからこじ開けていかなきゃいけなかったんです。今ってジャズで売ろうとしたら、「軽くR&Bみたいな曲やって一丁あがり」みたいなところがあるじゃないですか。それが全く望めないなかで、それでもポップにするにはどうしたら良いかなって。そこは大分考えました。

―― なるほど。

類家 みんな割とヒップホップとか凄く好きだし自分もそういったシーンの近くにもいたけど、逆にそういったシーンにいたからこそジャズのなかに安易に取り入れちゃうことに対して、若干アンチな部分もあったりするんですよ。それと、R&Bをインストでやるっていうことについては、結構クエスチョンな部分がありまして……。やっぱりR&Bは歌ありきじゃないかなっていう……。

菊地 類家君って、マイルス・デイヴィスとかチェット・ベイカーとかウィントン・マルサリスとか、そういうジャイアンツは言うまでもないとして、ECMとか好きだと思うんだけど、そういった音楽以外で好きなものってある? 絵が好きとか、映画が好きとか、小説読みますとか。

類家 小説は村上龍ばっかり読んでます(笑)。

菊地 えええええええええええええーーーー! すんませんインタビュー中に、ガチですげえ驚いてしまった。村上龍ばっかり読むってどういうこと?(笑) 『半島を出よ』とか?

類家 『半島を出よ』のあの感じはかなり好きです。

菊地 いやあ凄いね、今初めて聞いた。村上龍を読むんだ。『すべての男は消耗品である』でしょ。

類家 そうです(笑)。あれはエッセイですね。小説のほうが……。

菊地 『トパーズ』とか?

類家 ええ。『KYOKO』とかそういうのです。

菊地 『ラッフルズホテル』とか?

類家 そうですね。『コインロッカー・ベイビーズ』が一番好きなんですけど(笑)。

菊地 いきなりちょっと古めの……、普通じゃないかそれ(笑)。そうか、村上龍ばっか読んでるのか……それ打ち出した方が良いよ、きっと(笑)。

類家 そうですか?(笑)

菊地 村上龍好きな、Ryu’s Bar気ままにいい夜なジャズファンがチェックでしょう。じゃあ小説は村上龍だとして、映画は? えーとあのー、村上龍じゃないよね?(笑)

類家 村上龍の映画はよくわからないです。

菊地 思いっきり普通じゃないか(笑)。「映画も村上龍しか観ません」とか言ったら凄いけどねえ(笑)。

―― (笑)。最後に、類家さんは、このアルバムをどういう人に聴いてもらいたいですか?

類家 そうですね。結構その、いろんなことが受け身な世の中なので……。

菊地 何だって?(笑)「いろんな事が受け身な世の中」?どゆことそれ?(笑)

類家 いや(笑)、つまりその、今ってみんな好きなものだけしか聴かなくなってるじゃないですか。小説とか映画とか何でもそうだと思うんですけど、でもちょっと努力して普段聴いたことがないようなものも手に取ってもらえたら、その先に得られるものがあると思うんですよね。このアルバムがそうなればとても嬉しいかなと思います。

―― 類家さんのコアなファンの方が聴かれたら、菊地さんの仰る通り、ちょっと違う印象を持たれるかもしれないですし、一方で、新しいファンの方をつかむ可能性もありますよね。

類家 90年代の、クラブとかR&Bとか、自分もブラックな方向の影響が多かった世代なので、そういう人たちに聴いてもらいたいですね。

菊地 とにかく美形萌えだけの方も、音楽マニアの方も、半可通(ハンパなマニアの事)の方も、誰でもウェルカムです。とにかく聴いて頂きたいですね。

類家心平4Piece Band
『Sector b』
2011年9月7日発売 2,625円(税込み AP-1044)
レーベル:エアプレーンレーベル

【Track List】
01.Obsession
02.GL/JM
03.Chaotic Territory IV
04.Poker Face
05.ATOM
06.Flow
07.Coerulea

関連リンク
菊地成孔
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インタビュアー/小谷知也
編集協力/高良和秀