橋本徹さんの“2015スプリング・コレクション”7タイトル発売。いつかかけがえのない記憶になる、心を揺さぶる大切な音楽。

(2015.04.23)
渋谷『Cafe Apres-midi』にて Photo by Mika NAKASHO
渋谷『Café Après-midi』にて Photo by Mika NAKASHO

19世紀後半から20世紀初めのフランス社交界を舞台にしたマルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』で、主人公が紅茶を浸したマドレーヌを口にすると、迸るように過去の記憶が甦るという有名なシーンがあります。匂いや味などの五感が記憶を喚起してくれるということなのでしょうが、音楽も同じような働きを持っていますね。ふとした瞬間、耳にしたメロディーと音像に、スウィッチが入ったように昔の記憶がフラッシュバックし、時間や場所を飛び越える。それだけ感覚と記憶の結びつきというのは密接なのでしょう、自分では忘れ去っていたようなことまでも思い出させる力を音楽は持っていますが、選曲家・橋本徹さんが選ぶ曲たちにもそれは息づいています。橋本さん関連のコンピレイションは、昨年に続き今年も“春のリリース・ラッシュ”とでも言うべき豊作ぶりですが、早速その7枚の“2015スプリング・コレクション”を紹介していきたいと思います。

 
自由でポジティヴなラヴ・ソング感覚を宿した『Free Soul 21st Century Standard』

トップバッターは『Free Soul 21st Century Standard』。昨秋リリースされたバーニーズ・ニューヨークとのダブルネーム企画『Free Soul Decade Standard』の姉妹編、あるいは一昨年暮れからスタートした『2010s Urban』シリーズの延長線上に位置する作品です。先日の来日公演も素晴らしかった優美なライ「Open」からラストの詩情溢れるロバート・グラスパー「J Dillalude」まで、主に2000年代を中心とした傑作群がきら星のごとく並ぶ圧巻のラインナップ。『2010s Urban』はフリー・ソウルのコンテンポライズ版でもあることを考えると、この15年間のフリー・ソウル的なフィーリングを持つ楽曲を橋本さんの審美眼で厳選した決定版的一枚、です。重要人物はディアンジェロとJ・ディラ、Q・ティップでしょうか。もっと言うなら、コモンやエリカ・バドゥら彼らと志を同じくするプロデュース・チーム/コミュニティー、魂の水瓶座ことソウルクエリアンズ周辺のアーティストが、コンピレイションに一本通る柱の役割を果たしています。J・ディラのサンプリング・センスが爆発したボビー・コールドウェル使いのコモン「The Light」は、ヒップホップ史上No.1ラヴ・ソングとの呼び声もある人気曲。ディアンジェロの「Feel Like Makin’ Love」は、マリーナ・ショウの名唱でも知られるロバータ・フラックのヒット曲をブラックネスが薫るミッド・ファンクに仕立て、現在では新定番としての存在感を獲得しています。ノラ・ジョーンズをフィーチャーしたQ・ティップのヒップホップ讃歌「Life Is Better」、そのQ・ティップとエリカ・バドゥを客演に迎えた、“早すぎた『Black Radio』”とも言うべきロイ・ハーグローヴのプロジェクトによる「Poetry」などなど、全編にわたって良質なソウル・ミュージックのスピリット(ここに収められた曲は、多かれ少なかれその影響下にあるように思います)が持つ伸びやかで自由、そしてポジティヴな感覚が宿っています。この時期、桜から新緑へと移り変わる景色を見ながらのドライヴや、親密でくつろいだ時間といったシチュエイションにオススメですね。
 
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海の近くで過ごす週末のヴァイブレイション『Good Mellows For Seaside Weekend』

続いては橋本さんが新たに手がけるSuburbia Records第一弾となる『Good Mellows For Seaside Weekend』。Suburbia Recordsは、ディスクユニオンが配給する新レーベルで、手に入りづらいアナログや配信音源の積極的な編集盤CDへの収録や、CD/配信オンリーの音源のアナログ化を提案していくことを構想しています。今回のコンピレイションが生まれたのは、橋本さんが昨年の夏から秋にかけてDJをした海辺でのパーティーがきっかけでした。タイトルは、心地よいヴァイブスに包まれた時間を過ごしたお店の名前からインスピレイションを得たとのこと、音盤にもその空気感がしっかりとパッケージされています。橋本さんも大自信作と語る『Good Mellows For Seaside Weekend』は、ビートダウン・ハウスやバレアリック・チルアウト〜アンビエント・ミュージックのファンはもちろん、普段クラブ・サウンドを聴かない人にこそ聴いてほしいと感じました。本作収録の音源は生楽器を取り入れたオーガニックなものが多く、ピアノやアコースティック・ギター、スティール・パンなどのサウンドが主役になっています。また、波の音や鳥のさえずりなど、その多くのトラックに自然音が入っているのも特徴ですね。その意味で、メロウネスやメランコリー、サウダージを宿し、聴いていると穏やかな気分になるようなテイストのものばかりです。『Chill-Out Mellow Beats〜Harmonie du soir』や『Free Soul Nujabes』、それに『Free Soul origami PRODUCTIONS~Mellow Mellow Right On~』のファンの方などにもぴったりとハマるのではないでしょうか。

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このCDはアルバムを通して流しておくのが最適だと思いますが、敢えて僕が気になるトラックを選ぶなら、スピリチュアルな風景が目の前に広がるメンタル・レメディー「Just Let Go」、ピースフルなサウンドスケイプが広がるL.U.C.A.の「Blue Marine」、弦が入ってくる瞬間がたまらなくドラマティックなアウトサイドのビューティフル・ブレイクビーツ「The Plan (-et Mix)」、元アレステッド・ディヴェロップメントのナディラ・シャクールの歌声にぐっと引き込まれるアフロセントリックな美しいディープ・ハウス「Love Song」あたり。『Free Soul 21st Century Standard』が気持ちのよいヴァイブレイションの中で気持ちを前向きにしてくれるとしたら、『Good Mellows For Seaside Weekend』はリラックスした空間の中でマッサージされている気分。やはりこれは、NujabesやCalmなどのジャケットを多数手がけるFJD描き下ろしの素晴らしいアートワークよろしく、海を眺めながら聴くのが王道ですね。しかし、ルーム・リスニングや移動中などに、海に思いを馳せながら聴くのも素晴らしいと思います。アナログ盤へのこだわりを持つディスクユニオンの強みを生かし、4曲入りのEPも2枚リリース。ヴァイナル派のコアな音楽ファンにもアピールするものになっています。
 
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伝説のレコード・ガイドの集大成にして最新版コレクション『Ultimate Suburbia Suite Collection』

「Evergreen Review」「Future Antiques」の2タイトルからなる『Ultimate Suburbia Suite Collection』は、橋本さんが90年代初頭から編集・発行した伝説のレコード・ガイド「Suburbia Suite」の集大成。ジャズやボサノヴァ、ソフト・ロックやメロウ・グルーヴ、ラテン、SSW、フレンチ、映画音楽などを新しい価値観=ニュー・パースペクティヴで切り取った「Suburbia Suite」は、渋谷を中心とした当時のヤング・ジェネレイションに大きな影響を与え、彼らが掲載されているレコードを探し求めたり、決してメジャーとは言えないそれらのアルバムがCD化されたりするという現象が起きました。グリーンとオレンジのアートワークとタイトルは、2003年に出版された「Suburbia Suite」の総集編である書籍に由来しています。昨年リリースされた3枚組『Ultimate Free Soul Collection』とペアになる作品でもあります。選曲はミシェル・ルグラン、チェット・ベイカー、ブロッサム・ディアリー、エリス・レジーナ、マルコス・ヴァーリなどなど、2000年代初頭に橋本さんがオープンしたカフェ・アプレミディと連動したコンピレイション『Café Après-midi』シリーズで取り上げられたアーティストを中心にして構成されています。しかし、単なる懐古ではありません。僕は音源を聴いていて、2015年のムードにアップデイトされていると感じました。「Suburbia Suite」のようなわりとリスニング寄りの選曲になると、曲のセレクションだけでなく、その並べ方によっても印象はかなり異なってきます。改めてこれらの心地よい曲たちが持つ輝きに気づきました。午後のカフェでゆったりとした時間を過ごしながら、あるいはリラックスしてソファにもたれて、という王道のリスニング・スタイルもいいですが、各ディスクの終盤は、家でひとりの時間にじっくりと耳を傾けたくなるニック・ドレイクの「Northern Sky」やビル・エヴァンスの「Soirée」、セルジオ・メンデス&ブラジル’66の「Like A Lover」やガル・コスタ&カエターノ・ヴェローゾの「Onde Eu Nasci Passa Um Rio」あたりが特に印象深く響きました。

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大切な思い出を呼び起こす音楽たち『Haven’t We Met? ~Music From Memory』

さて、先ほどカフェ・アプレミディの話が出ましたが、その15周年を記念して企画された『Haven’t We Met? ~Music From Memory』は、サバービア~アプレミディ物語の後日談、という趣きですね。お店は公園通りからファイヤー通りへと昨年移転し、渋谷の街の雰囲気も15年前とはだいぶ変化しましたが、アプレミディはこの街を歩く人々にとって今でも居心地の良い空間であり続けています。『Haven’t We Met? ~Music From Memory』は、カフェ・アプレミディで流れているような音楽を季節や時間帯に合わせてセレクションするというコンセプトの音楽放送チャンネル、「usen for Cafe Apres-midi」のCD版をイメージして選曲されています。ビル・エヴァンスへの愛情溢れるヒルデ・ヘフテの「Children’s Playsong」から始まり、ラティーノスの“たまらなく、アーベイン”な爽快ミッド・グルーヴ、子どもたちの歌声に思わず顔がほころぶミス・エイブラムズ&ザ・ストロベリー・ポイント・フォース・グレイド・クラスのサニーなソフト・ロック「Mill Valley」、ジョアン・ジルベルトが愛娘に捧げたワルツ・タイムの名曲をハートウォームにカヴァーした「Valsa」、アルゼンチンの至宝カルロス・アギーレのピアノとキケ・シネシのギターが親密な対話を繰り広げる「¿Seras Verdad?」、スピリチュアル・フォークロアと呼びたくなるチガナ・サンタナの「Nza」などなど、少しずつ色合いを変えていくグラデイションがさすがの80分間です。もちろん、このシリーズのテーマ・ソング的な位置づけのケニー・ランキン「Haven’t We Met」のカヴァーも、サロン・ジャズ・テイストのエミリー・クレア・バーロウ版、艶やかさと躍動を感じさせるフリーダ・ペイン版と2ヴァージョンが収録されています。スミスやオス・ノヴォス・バイアーノスの名カヴァーも含め、それぞれの曲に耳を傾けていると、自然と誰かの顔が思い浮かんできます。それは現在仲良くしている友人だったり、かつて親密だった女性だったりとさまざまですが、選曲者である橋本さんも思い出のたくさん詰まった大切な写真を集めたアルバムをめくるような気持ちでセレクションを進めたのではないでしょうか。そして、それこそが“音楽にまつわる記憶=Music From Memory”なのだと思います。このアルバムを気のおけない知人とカフェ・タイムやディナーなどの時間に耳にすれば、素敵な語らいが広がっていきそうですね。
 
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クールな進化を遂げる現在進行形ジャズ『Free Soul~2010s Urban-Jazz』
“渋谷系ジャズ”の輝きがきらめく『Free Soul meets P-VINE Jazz』

最後はジャズをテーマにした2枚のコンピレイションに触れましょう。『Free Soul~2010s Urban-Jazz』は、ロバート・グラスパー以降、注目を集めている新時代のジャズ・シーンをヴィヴィッドに切り取った傑作選。2014年の『2010s Urban-Mellow Supreme』には、ロバート・グラスパーや彼のグループ、エクスペリメントのメンバーでもあるデリック・ホッジ、『Black Radio』と並び称される快作『Radio Music Society』をリリースした才媛エスペランサ・スポルディングに、対照的な個性の持ち主である新世代ジャズ・ヴォーカリスト、ホセ・ジェイムスとグレゴリー・ポーター、といったアーティストの楽曲が収録されていましたが、ここで聴ける“進化するジャズ”も彼らの持つ感覚とどこかで通底しているものです。来日公演でジャズとチェンバー・ポップ~インディー・ロックを横断するサウンドで魅せたベッカ・スティーヴンスが歌っている3曲は外せませんね。ビョークのカヴァー・プロジェクト、ビョーケストラの「Hyperballad」、『2010s Urban』シリーズでも重要な役割を果たす美声の持ち主フランク・オーシャン「Thinkin Bout You」のバンド名義によるカヴァー、リリカルなピアノとミルトン・ナシメントの名曲を奏でる「Pier // Cais」はどれも必聴。昨年出た実力派ピアニスト、ビリー・チャイルズのローラ・ニーロ・トリビュート作『Map To The Treasure: Reimagining Laura Nyro』からの、春霞たなびく季節の情景を見事に描き出した「Upstairs By A Chinese Lamp」の収録も嬉しいですね。エスペランサ・スポルディングのしなやかなヴォーカルとハープの美しい音色、そしてウェイン・ショーターのたゆたうような芸術的なソプラノ・サックス・ソロは絶品と言うほかはありません。他にも、ひたすら格好よいとしか言いようのない4〜12曲目の秀抜な流れに顕著なように、音響派からヒップホップまでを通過した、ピアノやドラムの音色やビートへの繊細かつ斬新な感覚が刻まれた、最も魅力的な2010年代のジャズがここには詰まっています。
 
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『Free Soul meets P-VINE Jazz』の方は、90年代半ば以降に脚光を浴びた“渋谷系ジャズ”の輝きがきらめくようなコンピレイション。フレッド・ジョンソン、ヴィンス・アンドリュース、メタ・ルース、ジュディー・ロバーツというアーティストや「I’ve Got Just About Everything」「He Loves You」「The Real Thing」などのレパートリーを見ているだけで、初めて音源を聴いたときの興奮を思い出します。さらに、子どもたちのコーラスに心揺さぶられるハキ・R.マドゥブティ&ネイションの「Children」、アンサンブル・アル・サラームに代表されるピースフルなスピリチュアル・ジャズ、ペニー・グッドウィンの私家録音による感涙のミシェル・ルグラン「Little Girl Lost」など、もう一枚の『Ultimate Suburbia Suite Collection』という趣きもありますね。このような音源がCDで再発される機会の多い日本は、本当に恵まれていると感じます。
 
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熟成されたウイスキーのように。

「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉がありますが、橋本さんはこの20年以上、さまざまなジャンルや年代の音楽を対象に選曲を続けてきました。その意欲的な試みは90年代のフリー・ソウルや2000年代初頭の『Café Après-midi』に結実し、当時の街の空気を鮮やかに塗り替えました。しかしその一方、橋本さんは街の空気や時代の気分を捉えるのに敏感だったということも言えると思います。自分の実感として時代や街のムードを感じ取り、それを膨大な知識とセンスや経験を生かしてアウトプットするからこそ、橋本さんの選曲はこれだけ支持され、また強度を持っているのだと思います。そして今回紹介したコンピレイションは、どれも2015年ならではの選曲になっています。

これらのCDを聴けば、皆さんの感覚にフィットする大好きな曲がたくさん見つかるはずです。そんな曲を増やして、自分なりの音楽地図を広げていくのに、これらのコンピレイションは大活躍してくれるでしょう。一曲一曲が、それぞれの経験の中で熟成されたウイスキーのように個性を持っていき、特別な意味を持つものになっていくといいなと思います。それはいつかどこかで、かけがえのない輝きを放ち、暖かな春の宵のように心に火を灯してくれることでしょう。それは、美味しいご飯やお酒、美しい風景と同様、僕たちの生活や人生に欠かせない“ささやかだけど、役に立つこと”なのだと思います。

『Free Soul 21st Century Standard』(ユニバーサル)2015.03.25発売
『Good Mellows For Seaside Weekend』(ディスクユニオン/Suburbia Records)2015.04.22発売
『Ultimate Suburbia Suite Collection~Evergreen Review』(ユニバーサル)2015.05.20発売
『Ultimate Suburbia Suite Collection~Future Antiques』(ユニバーサル)2015.05.20発売
『Haven’t We Met? 〜Music From Memory』(インパートメント/Apres-midi Records)2015.04.26日発売
『Free Soul〜2010s Urban-Jazz』(Pヴァイン)2015.05.20発売
『Free Soul meets P-VINE Jazz』(Pヴァイン)2015.04.02発売

すべて選曲・監修:橋本徹

【橋本徹(SUBURBIA)のDJ情報!】
4/30(木)19:00-23:00 神田万世橋・フクモリにて
「中島ノブユキ『散りゆく花』リリース記念パーティー」
with:中島ノブユキ×北村聡×藤本一馬×関美矢子×田中伸司(ライヴ)/青野賢一(対談)/DJ KAZZ
5/1(金)20:30-翌1:30 渋谷・カフェ・アプレミディにて
「Friday Lounge Special」with:柳樂光隆/haraguchic
5/3(日)17:00-18:30 渋谷・HMV record shop 渋谷にて
「“Good Mellows For Seaside Weekend”発売記念トークショウ&DJ」with:長谷川賢司
5/3(日)19:00-23:30 渋谷・カフェ・アプレミディにて
「Floating Points 2015 ~ Jazz It Up」with:DJ SAGARAXX/青野賢一
5/8(金)20:30-翌1:30 渋谷・カフェ・アプレミディにて
「“Friday Lounge”1周年記念スペシャル・パーティー」
with:Paul Murphy aka Mudd (Claremont 56)/Tatsuya Ouchi/yanfuji/maa/taximaya