Carlos Aguirre, Quiqe Sinesi, Renato Motha & Patricia Lobatoが来日。カルロス・アギーレ&キケ・シネシ
そして「クワイエット」な祝祭

(2012.03.29)

カルロス・アギーレの新作『オリジャニア』

2010年の後半は、僕の10年以上のレコード会社ディレクターとしての人生でも、もっとも印象的な日々でした。歴史を作った大型CD店の閉店、レコード会社の吸収・合併、事業縮小……そんな悪いニュースが続き、生来楽天的な性格の僕も、このままこの仕事を続けていけるのだろうかという不安が頭から離れないような時期、カルロス・アギーレさんを巡る一連のできごとが起こりました。それによって、この先もずっとこの仕事を続けたいという気持ちを改めて強く持つことができたのです。

2010年7月にカルロス・アギーレ・グルーポのアルバム『クレマ』をリリースし、10月には初来日ツアーが実現、全公演がソールドアウトという大成功を収めました。あの日々は、色々な偶然や、アギーレさんへの人々の想いが作り上げた、小さな奇跡としか言いようのないものでした。それについては、過去の記事に詳しく書かせていただきましたが、実は僕はあの頃のことをうまく思い出せないのです。ただ、ずっと幸せな微熱状態だったような、そんな「感覚の記憶」だけが焼き付いています。

でもその「記憶」こそが、この仕事を続けていき、彼のような音楽を紹介し続けていきたいという気持ちを、僕に改めて持たせてくれたのだと考えています。

翌年の3月11日の震災の数日後、日本の友人たちを心配したアギーレさんから届いたメッセージには、我々を気遣う言葉の後に、こう書いてありました。

「去年の日本での日々があまりに素晴らしく、私は帰国してからしばらく、まるで酔っぱらってしまったようでした。今でも、それは続いています。(中略)新しい作品ができたらまたあなたと、そして皆さんと共有できることでしょう」

このメッセージを読んだ時、彼もこの「感覚の記憶」を共有してくれていることを知り、とても嬉しかったのを覚えています。

それから1年近くが経ち、今年の2月に届けられたのがカルロス・アギーレ4年振りの新作アルバム『オリジャニア』でした。

『Orillania』Carlos Aguirre
カルロス・アギーレさん2010年来日時

『オリジャニア』の中ジャケには「このアルバムは、2005年7月から2011年11月にかけて制作された」と記されています。そして、録音された場所や参加アーティストの顔ぶれは、本国アルゼンチンからブラジル、ウルグアイ、チリまでラテン・アメリカ各地に及びます。

彼の長いキャリアの中で出会った各地の音楽やアーティストとの交流から生まれたもの、それが7年もの歳月をかけて結実したのがこのアルバムです。今では有名になった彼の「音楽は人と人との出会いの可能性をひろげるもの」という言葉が、自身の作品で表現されている……そんな感慨を抱かずにはいられません。

アルバムタイトル『オリジャニア』とは、スペイン語で「岸辺、沿岸」を意味する「オリージャ」の造語だそうです。それは、アギーレさん自身が住むパラナ河のほとりを意味するのと同時に、CDジャケットに描かれている、地球のようにも見える不思議な水彩画のように、海や河を越えてつながった音楽そのものを表わしているのでしょう。

「静かなる音楽」のひろがり

カルロス・アギーレの音楽が広まるのと前後して、「静かなる〜Quietな音楽」をキーワードに、さまざまな音楽を紹介する動きが起こりました。

旧HMV渋谷店の伝説的コーナー「素晴らしきメランコリーの世界」でのジャンルや国境を越えた作品のセレクトが、全国の良心的なリスナーの指示を得たことが大きなきっかけでした。アギーレさんの諸作も、そのコーナーで紹介されることで東京のみならず全国で注目されていくことになりました。

サバービアの橋本徹さんが選曲したコンピレイション『素晴らしきメランコリーのアルゼンチン』と、『素晴らしきメランコリーの世界』シリーズ2作にはあのコーナーへのリスペクトが込められており、その価値観を多くのリスナーが共有するようになりました。

そして「すばメラ」コーナーの遺伝子を受け継いだHMVのフリーペーパー「Quiet Corner」はすでに5号まで発行され、意欲的な試みは“静かに”続いています。

sense of “Quiet” 静かなるフェスを開催

そして今年の5月には、ついに「Quiet」を冠したフェス、その名も「sense of “Quiet”」が開催されることになりました。参加アーティストの顔ぶれはカルロス・アギーレ、アルゼンチンを代表する希代のギター奏者キケ・シネシ、洗練されたブラジル音楽を奏でるヘナート・モタ&パトリシア・ロバートという素晴らしい夫婦デュオ。彼らは、オリジナル作品と平行して、インドのマントラを演奏するプロジェクトもやっています。そして日本からは若干21歳の天才シンガー・ソングライター青葉市子と、雅楽器である笙の奏者、東野珠美というこれまでには考えられなかった出演者のラインナップです。

このフェスの主催者である成田佳洋さんがこのイベントへの思いを託したコメントを引用します。
「<クワイエット><静かなる音楽>というキーワードのもと、国やジャンルをこえて注目を集める音楽家たち。
いずれも新奇さよりは普遍性に関心を寄せているようにみえながら、その時空を越えた時間感覚に、21世紀の音楽ならではの表現を見出すことができます。
共通してみられるのは、アコースティックな響きと、その土地の風土を反映した作曲の在り方をかたちにしていること。第1回目となる今回では、このシーンを代表するアーティストが一堂に集い、1日2組ずつ、3日間にわたって開催します。時代の静寂と寄り添う、新しい音楽の息吹が聞こえてきます。」

会場は、鎌倉の光明寺と赤坂の草月ホール。どちらも、演奏者の息づかいや繊細なタッチのひとつひとつまでが聴こえてくる程に親密でありながら、音楽がもたらす限りない世界の広がりを実感できる、記憶に残るコンサートになるでしょう。

そして「微熱の日々」を再び

カルロス・アギーレとキケ・シネシ。お互いに深く尊敬し合う、アルゼンチンを代表する偉大なふたりのアーティストは、上記公演以外にも、全国6都市を巡るツアー を行います。

行き先は、名古屋、京都、姫路、岡山、福岡、そして山形。一昨年のアギーレさんのソロツアーで訪れた場所はもちろん、地元の有志の方々による情熱的なお誘いとご協力により、初めて行くことになった場所もあります。すでに予約受付は始まっているのですが、姫路公演は発売5日間でソールドアウトとなってしまいました。他の会場もどんどんと席が埋まってきていますので、ご予約がまだという方は、お急ぎ下さい。

ツアーを間近に控えて、またあの「感覚の記憶」が少しずつ甦ってくるようです。僕だけでなく、各地で我々を迎えて下さるオーガナイザーの皆さん、そして僕とアギーレさん共通の友人たちも同じく、あの微熱の日々が再びやってくるのを待っています。

アギーレさんと日本の友人たちの再会の場面を想像するだけで涙が溢れてきそうですが(笑)、もう1つ、このツアーの大事な目的があります。

それは、今回が初来日となるキケ・シネシさんも、アギーレさんが初めての日本で味わったのと同じ気持ち……“酔っぱらったような気持ち”にさせたいということ。会場に訪れるみなさんも一緒に、静かなる熱狂の中でともに、その”酔っぱらったような気持ち”を共有できることを楽しみにしています。

カルロス・アギーレ キケ・シネシ ジャパンツアー2012

<名古屋>5月10日(木)
名古屋 カフェ・ドゥフィ 開場18:30 開演20:00 予約4,500円 当日5,000円(全席自由 / 1ドリンク別途)
予約&問:Cafe Dufi(TEL 052-263-6511)

<京都>5月11日(金)
京都 RAG 開場18:00 開演19:30 前売4,500円 当日5,000円(全席自由 / 要オーダー)
問:RAG(TEL 075-241-0446)

<姫路>5月12日(土)
姫路 ハンモック・カフェ 開場17:00 開演18:30 SOLD OUT

<岡山>5月13日(日)
岡山 日本福音ルーテル岡山教会 開場17:00 開演18:00 予約4,800円 当日5,300円(全席自由)
メール予約 moderado music

<東京>5月15日(火)、5月16日(水)
東京 草月ホール ~フェスティバル 〈sense of “Quiet”〉
開場18:00 開演18:45 料金:〈各日〉前売7,000円 当日8,000円(全席指定)〈二日間通し券〉12,600円
■5月15日
Carlos Aguirre(vocal, piano) with: Quique Sinesi(7 strings guitar, etc.)
青葉市子(vocal, guitar)
■5月16日
Renato Motha & Patricia Lobato(Renato Motha / vocal, guitar、Patricia Lobato / vocal, percussion、沢田穣治/ contrabass、Maya / harmonium, etc
Quique Sinesi(7strings guitar, charango, etc.)guest: Carlos Aguirre(piano, vocal)
問:NRTinfo@nrt.jp

<福岡>5月18日(金)
福岡 アクロス福岡円形ホール 開場18:30 開演19:30 前売4,800円 当日5,300円(全席自由)
メール予約 wood/water records

<山形>5月19日(土)
山形 山寺風雅の国・馳走舍 開場18:30 開演19:00 前売4,800円 / 当日5,300円(110席限定・全席自由)
問:山形ブラジル音楽普及協会(Mail: bossacur@ma.catvy.ne.jp)/ VigoFM(Tel: 023-625-0788)