橋本徹さんの最新コンピレイション、2月6日リリース都市生活者の心象風景を描く
『Urban-Mellow FM 77.4』

(2014.01.29)

2010年代のフリー・ソウル=アーバン・メロウな名曲たち。
『Urban-Mellow FM 77.4』は、橋本徹さんのコンピレイション史上、最も歌詞を意識して選曲された一枚と言えるのではないでしょうか。こんなふうに書くと、ちょっと驚かれる方もいるかもしれませんね。しかし、考えてみれば橋本さんの編む作品は、いつも詩的な側面を持っていました。灯ともし頃の高速道路を走りながら見る空の色、高層階のバーでお酒を飲みながら眺める夜景、週末に訪れた目の前に広がる青く光る海、そんな中でふと口をつく歌詞とメロディー――。日常の中で出会うさまざまなシーンと、それに寄り添う音楽。長年にわたってそれを演出してきた橋本さんの最新コンピレイションは、都市生活者の心象風景をいつにもまして鮮やかに描き出したものになっています。
1994年春にリリースされた4枚の「Free Soul」コンピレイション。そのグル―ヴィーでメロウな音世界とフレッシュな価値観は、当時流行していた「渋谷系」と呼ばれた音楽とともに、当時のユースのみならず幅広い世代の人々に大きな影響を与えました。それから20年となるアニヴァーサリー・イヤーに先駆けて、70年代のフリー・ソウル・クラシックスを集めた『Free Soul meets P-VINE』に続く形で昨年末リリースされたのが、2010年代の音源を中心に編まれた『Free Soul~2010s Urban-Mellow』でした。そして本作『Urban-Mellow FM 77.4』は、アプレミディ・レコーズの“架空のFMシリーズ”における、その兄弟編という位置づけになっています。
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さて、両者でキーワードとなっている“アーバン・メロウ”。その音楽性をひとことで言えば、「2010年代においてのフリー・ソウル的解釈」となるでしょう。しかし、それは決まったジャンルの音楽を指すわけではありません。例えばエレクトロニカ~アンビエント的なR&B、LAビーツやUKベース、NYジャズなど、様々なテイストを内包しています。あえて代表的なアーティストを挙げるなら、ライやクアドロン、ジェイムス・ブレイクにロバート・グラスパー、というあたりでしょうか。90年代のフリー・ソウル・コンピの対談を引用すると、「特定のソウル・ミュージックのスタイルを表す言葉というよりは、ある種のフィーリングっていうか、『僕らはこう感じる』っていう自由な意思、言ってみればFree Mind的な意味合い」と言えます。
 
それでは、『Urban-Mellow FM 77.4』のトーンを決定づける何曲かを紹介していきましょう。まずはフラッグシップ・ナンバーとも言えるharuka nakamuraの②「Lamp」。この曲には、アルバムの共同プロデューサーでもある今は亡きNujabesがフルートで参加しています。彼に捧げられたMVも、心揺さぶられる忘れがたいものでしたね(未聴の方はぜひYouTubeで探してみてください)。昨年リリースされた『MELODICA』は、Nujabesのサウンド・プロダクションにharuka nakamuraのリリカルな世界観が全編にわたって展開されている、全ての音楽ファン必聴の名作です。

アーバン・ブルーズとしての『Urban-Mellow FM 77.4』。
冒頭で書いたように、歌詞にもフォーカスされた『Urban-Mellow FM 77.4』は、印象に残るフレーズとメロディーを持つ曲が数多く収められています。もはやメロウ・クラシックと言っていいシャーデー・カヴァー③「Kiss Of Life」、シックなサロン・ジャズ・カヴァーに仕上げられた④「Can’t Take My Eyes Off You」あたりの恋心を歌った曲には、思わず胸キュンしてしまいますよね。それに続く、サビの「Be Easy」というリフレインが印象に残るアリス・スミスの⑤も、知る人ぞ知る奇跡の名曲と言えるでしょう。彼女は、ハイブリッドな音楽性が印象的だった『Red Hot+Rio 2』で、アロー・ブラックとの「Baby」(オリジナルはカエターノ・ヴェローゾとガル・コスタが歌っていました)に参加していたブルックリン出身のシンガーですが、この曲もR&B~ジャズ的でありながらやはりエクレクティックな感触を持っています。心に虹がかかるようなビル・ウィザースのカヴァー⑩「Just The Two Of Us」はアーバン感たっぷり。邦題の「クリスタルの恋人たち」ではないですが、恋人同士で聴きたくなるようなロマンティックな一曲ですね。さらに、ペヴェン・エヴェレットによる、聴く者の心を高揚させずにはおかないコズミック・ソウル⑦、一陣の風が流れ込んでくるようなトニーニョ・オルタ・カヴァー⑨「Aquelas Coisas Todas」、伸びやかなメロディーと歌声に思わず笑顔がこぼれそうなブラジリアンAORの⑪、そしてラストを締めくくるグレゴリー・ポーターの心温まる名唱⑰まで、溢れるような歌心を感じさせる素敵な曲たちが今回も並んでいます。
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そうそう、橋本さんが昨年、夜も深い時間によく聴いていたというShigetoの⑮「Silver Lining」にちなんで付けられた本作のサブタイトル、「Look For The Silver Lining」についても触れておかなくてはいけませんね。思い当たる方も多いでしょうが、チェット・ベイカーの永遠のエヴァーグリーン『Chet Baker Sings』の最後に収録されているナンバーのタイトルです。アルバム全体に流れる甘酸っぱい蒼さと青春の憂愁や儚さは、この曲でかすかな希望へと集約されていくように思えます。“シルヴァー・ライニング=銀色の裏地”とは、「Every cloud has a silver lining」という英語の諺が出典。逆光のとき、雲が光に包まれて見えますよね? そのように、“希望の兆し”“逆境や困難の中にある希望”を意味します。「胸いっぱいの楽しみと喜びは、悲しみと争いを打ち消してくれるだろう。だから、いつでも希望を持って人生の明るい面を探そう」と歌われるのですが、このコンピレイションのジャケット写真や「Be Good」の持つ感触はまさに「Look For The Silver Lining」のそれと通底しているように僕には思えますし、そこに橋本さんの静かな思いが込められている気がします。

かつてプリファブ・スプラウトの天才ソングライター、パディ・マクアルーンは「Cruel」という曲の中で“My contribution to urban blues”と歌いました。小沢健二も「ある光」の中で参照していた、この「僕のアーバン・ブルーズへの貢献」という一節。ブルーズとは、黒人たちが自らの暮らしに根ざした感覚を表現しようとして生まれたフォームです。音楽性は異なるとはいえ、パディの歌詞の意味するところは明らかでしょう。都市に生きる人間の感じるブルーズ。喜びや悲しみに寄り添い、それを包み込んでくれる音楽への共感。この『Urban-Mellow FM 77.4』においても同様のことが言える、と僕は感じました。

V.A.『Urban-Mellow FM 77.4』
選曲・監修:橋本徹(SUBURBIA)
2013年2月6日(木)発売 2,415円(税込)
レーベル:アプレミディ・レコーズ

【Track List】
01. Ritournelle / Gregory Privat
02. Lamp / haruka nakamura feat. Nujabes
03. Kiss Of Life / Olivia
04. Can’t Take My Eyes Off You / Simone Kopmajer
05. Be Easy / Alice Smith
06. It’s Over / Milosh
07. I Just Wanna Make You Happy / Peven Everett
08. Mascara Negra / Andre Juarez
09. Aquelas Coisas Todas / Emy Tseng
10. Just The Two Of Us / Sabrina Starke
11. Por Nos / Thiago Varze
12. Here / Eric Lau feat. Rahel
13. Until Now / Paris Toon feat. Tanya Ti-et & Morris
14. Maybe / Teresa Indebetou Band
15. Silver Lining / Shigeto
16. Crosswinds / Lex (De Kalhex)
17. Be Good / Gregory Porter