Another Quiet Corner Vol. 38 Simon Dalmais『Before And After』Before And After、シモン・ダルメのこれからについて。
(2014.12.22)シモン・ダルメ待望の2作目。
一人のアーティストがきっかけになり、さまざまな作品を知ったり、いろいろな繋がりを見つけたりすることがあります。シモン・ダルメは、そういううれしい可能性を広げてくれる音楽家です。以前、この連載でご紹介したように、彼が2012年に発表した『The Songs Remain』は、僕にとってその年のベスト・アルバムとなり、今でもよく聴いています。ジャズやフォーク、クラシック、映画音楽といったさまざまなエッセンスを織りまぜた、繊細で緻密なアレンジメントは程よく洗練され、優しく穏やかな歌声も魅力的です。そして孤独を感じさせる内省的な佇まいは、まるで70年代のシンガー・ソングライターの姿を彷彿させます。まさしく21世紀が生んだ名作といっても過言ではありません。クワイエット・コーナーのディスクガイド本の中では、「Conversations with Myself」というテーマのもとで、彼の作品を掲載し、さらに同名のコンピレーションでも選んでいます。今回、そんな彼の待望となる新作が届きました。
以上のように前作が素晴らしい内容なだけに、新作の発表がアナウンスされたとき、その期待は一気に膨らみました。間違いなく新たな傑作が生まれる予感。そこに不安は一切ありません。なぜなら、『The Songs Remain』で、彼の才能は揺るぎないものと証明されているからです。ただ、とてもバックグラウンドが広いアーティストなので、たぶん次作では前作と同じような音作りはしてこないだろうと予想していました。それに、前作でアレンジを務めたオリヴィエ・マンションは参加しないという情報も得ていたので、一体どんな音になるのか、そんな想像を膨らませながら、発売を待ちわびていたのです。
そうして届けられた『Before And After』は、そんな期待を決して裏切ることない素晴らしい作品です。国内盤は前作同様、アプレミディ・レコーズからです。シモンの特徴でもある普遍的なメロディは健在で、どの曲を聴いても心をわしづかみにする魔法のような魅力が息づいています。思わず「これぞシモン節!」と言いたくなるような、耳馴染みのいいフレーズが全編にわたって散りばめられています。そして、個人的にも気になっていた音作りの部分で、クレジットをチェックすると、アレンジャーにはクレモン・デュコルの名前が……。クレモンは、シモンのお姉さんであるカミーユの作品を手掛けている人物で、そういえば以前、シモンが彼のことを教えてくれたことを思いだしました。最近、発売されたニーナ・シモンのトリビュート・アルバムに、カミーユのカヴァーが一曲収録されていますが、そこにも彼の名前を見つけることができました。しかしどうやら、まだ手掛けている作品は極めて少なく、ほとんど無名といってもいいかもしれません。しかし、そんなキャリアをもろともしない、この多彩なアレンジメントを聴けば、きっと彼の豊かな才能を見出すことができるはずです。
今作は、コンセプチュアルな内容だった前作に対して、個性的で粒ぞろいな楽曲が並んでいます。そして、曲によっては、よりクラシカルなアレンジメントが施されたり、70年代の英国ポップスのような趣があったりして、カラフルな印象も感じさせます。中でも、ポール・マッカートニーのソロ作品を彷彿させるドラマティックな「Tiny」や、スタックリッジのような牧歌的な雰囲気もある「I Don’t Know Why」といった曲が特に印象的で、もはやシモンの音楽を「ひとりビーチ・ボーイズ…」という引用だけで表現できないことに気付かされます。それに、80年代風ブルーアイド・ソウルな「Along with My Son」もあれば、前作同様に、ノスタルジックなティン・パン・アレー風な「Somewhere I Found You」もきちんと用意されていて、聴きどころも多数、クオリティは想像していた以上です。この『Before And After』は2作目としては十分な仕上がりで、『The Songs Remain』と続けて聴けば、より深くシモンの魅力に迫ることができるでしょう。それに、何だか誰かと音楽の話をしたくなるような、音楽好きの心をくすぐる作品でもあります。
さて、昨年、シモン・ダルメは「東京ジャズ2013」の出演のためにひっそり来日していました。実際に彼に会うと、思い描いていた通りジェントルで穏やかな性格で、しかも映画俳優のようにハンサムで、まさに音楽そのものでした。もちろん素晴らしいピアノの弾き語りを披露してくれたステージも忘れられません。今回は、『Before And After』の発売を記念して、僕が興奮を隠し切れないまま行ったインタビューをここに掲載します。(インタビューは2013年9月)
Simon Dalmais interview
Q.先日行われた東京ジャズ(2013年9月)のステージの感想を教えてください。
A.実は5年前に、セバスティアン・テリエのツアーのメンバー(ピアニスト)として来日しているけど、今回はソロでの来日だから気持ちが全然ちがいますね。しかもたった一人で来たこともあって、今回は日本のことをより深く知ることができました。あと、日本のオーディエンスはとても静かに僕の音楽を聴いてくれていました。パリのオーディエンスはアーティストに対して距離を置いたり、時にはきびしいジャッジをすることがあるけど、日本のオーディエンスはとても親密に受け入れてくれた気がします。これは私の演奏にとても合っていました。
Q.日本のファンの多くは、純粋なフランス音楽ファンというよりは、60年代のポップスや70年代のシンガー・ソングライターなど、幅広く音楽を聴いています。あなたの音楽もそういった影響を受けていますか?
A.まず、『The Songs Remain』というタイトルを付ける時に、“60年代や70年代の名曲は永遠に残る”という意味を込めました。それは私自身が、そういう音楽から強く影響を受けているからです。もう一つの意味は、レッド・ツェッペリンがとても好きで、彼らの1976年のアルバムに『The Song Remains The Same』という作品があるからです。あと、60年代とか70年代には希望や前向きなメッセージが込められた音楽が多くて、そういう雰囲気も好きなんです。
Q.あなたが書く曲はどれもメロディが美しいと思います。それは60年代や70年代の音楽には引けを取らないくらいです。曲を書く際に、どこからインスピレーションが湧いてくるのですか?
A.曲をつくるときは、まず一人になって、都会の喧騒からはなるべく離れるようにします。そして自分の中に深く入っていって集中する作業が必要です。そうして自然などからも影響を受けて、曲を書き始めます。
Q.いつから曲を作り始めましたか?
A.12歳から曲を書き始めました、その時は音楽と詩を別々に書いていましたが、ポップ・ソングを意識して歌詞を書き始めたのは16歳くらいからです。だから私にとって、元々曲と歌詞は別々の存在だったのです。『The Songs Remain』にインストゥルメンタルの曲が収録されているのは、そういう理由もあります。
Q. 『The Songs Remain』の国内盤のライナーノーツで、音楽評論家の渡辺亨さんが、あなたの音楽のイメージを“ブルーの音楽”と書いています。そしてジョニ・ミッチェルの『Blue』やトッド・ラングレンの『Runt – The Ballad Of』を例に挙げています。あなたにとって“ブルー”はどういった意味をもった色ですか?
A.“ブルー”を特に意識していたわけではないけど、その指摘は正しいと思いました。それに今挙げてくれたアーティストやアルバムの系譜に位置づけてくれたことも納得できます。ライナーに書かれていた、トッド・ラングレンとニック・ドレイクは昔からの愛聴盤です。あと、ブルーは自分にとって調和とか静寂を意味する色で、音楽的にいっても優しく平和な意味をもっているから、私の音楽性にも通じると思います。
Q.ビーチ・ボーイズのメンバーの中では、ブライアン・ウィルソンよりもデニス・ウィルソンの方が好きだと聞きましたが、なぜですか?
A.実は、それはフランスのあるジャーナリストが書いたことなんだけど(笑)、そんなに間違った指摘ではないです。ブライアンはビーチ・ボーイズの中では、主要なメンバーだから重要な曲をたくさん書いていますが、デニスが書いた曲はどれも個性的なんです。そして彼は悲しく孤独な存在でもあったし、僕もとても共感できるアーティストです。
Q.オリヴィエ・マンション(クレア&ザ・リーズンズ)は、どのような経緯でアレンジャーとして参加することになったのですか?
A.アルバムを制作する際にレーベルからアレンジャーの提案があって、オリヴィエがメンバーのクレア&ザ・リーズンズはアメリカとフランスの音楽がミクスチャーされたグループだから、自分の音楽性とも近いし、彼と一緒ならスムーズにアルバムを録音できると思いました。
Q.オリヴィエのアレンジメントはいかがでしたか? とてもあなたの音楽と相性が良いと思いました。
A.オリヴィエは原曲を崩すことなく、とても素晴らしいアレンジをしてくれました。メロディを引き立たせるといってもいいかもれません。それにこのアルバムにはドラムを入れる予定がなかったから、オリヴィエにストリングス・アレンジを頼んだのは正解でした。
Q.次の作品で一緒にコラボレーションしたいアレンジャーはいますか?
A.実はすでにセカンド・アルバムに取り掛かっていて、クレモン・デュコルというアレンジャーと一緒にレコーディングをする予定です。彼はとても知識があって才能があるから、どんなアレンジをしてくれるのか楽しみです。そういえば彼はカナダのキリエ・クリストマンソンのアルバムにも参加していますよ。
Q.現在のフレンチ・ミュージック・シーンについても教えてください。
A.私はフランスのメジャーなミュージック・シーンとは距離を置くようにしています。住んでいる場所もパリではないですし。メジャーなレコード会社はたしかにあらゆる面でしっかりしていますが、自分はいつでもインディペンデントな存在でありたいです。その方が自由に音楽を作ることができるし、アーティスティックでいられると思うからです。
Q.あなたについて調べていたら、僕の大好きなドム・ラ・ネナさんと一緒にステージに立っているということを知って驚きましたが、彼女とはどのような繋がりがあるのですか?
A.ドムはパリにいる唯一の友人です。チェロを弾きながら歌うとても変わったアーティストで、私も度々ピアニストとして一緒にステージに立ちました。彼女はチェロ以外にもギターやピアノを弾いたり、才能のあるマルチ・プレーヤーでもあります。
Q.あなたもマルチ・プレーヤーですけど、個人的にはいつかピアノの弾き語りのアルバムを聴いてみたいです。いかがですか?
A.そうですね、やるべきでしょうね。でもとりあえず次回作はそういう音楽ではなくて、今自分がやりたい音楽を追求している形になるでしょう。ピアノと歌だけでアルバムを作るのは、とても難しいけど、いつか実現したい目標の一つです。
Q.『The Songs Remain』は映像的なエッセンスを感じます。影響を受けた映画とかありますか?
A.わたしは曲を作る際に、まず自然と浮かんできたイメージを、なるべくそのままピアノで表現しようと心掛けています。だからきっと、私の音楽を聴いて映像的なエッセンスを感じることができるのでしょう。好きな映画監督はフランソワ・トリュフォーで、彼の映画は特にセリフが好きですね。あとはウェス・アンダーソンで、彼の映画は音楽の使い方が素晴らしいですね。最近なら『ムーンライズ・キングダム』が印象的でした。
Q.次回作はどんな内容で、いつぐらいに発売になるのですか?
A.実はもう半分以上、完成しているんです。今はエディットしながら新しい曲を書いたりしています。そしてコントラストを意識した内容になると思います。リズムがはっきりした曲と静かな曲が両方入っています。だけど私の書くメロディ自体は変わりません。コード進行やアレンジは作りこんでいるけど、それがナチュラルに聴こえるようにしています。もうすぐ皆さんのもとに届くでしょう。
Q.最後に日本のリスナーへメッセージをお願いします。
A.こうして日本でアルバムが発売されて、ライヴもできたのは物語だと思います。だからこれが未来にも繋がっていくと信じています。ぜひまた皆さんとお会いしたいです。
『Before And After(ビフォア・アンド・アフター)』
Simon Dalmais(シモン・ダルメ)
2014年12月7日発売 2,300円(税別) RCIP-0213 レーベル:アプレミディ・レコーズ
【Track List】
02. The Longest Night
03. I Don’t Know Why
04. Soleil Libre
05. Lord
06. Kamakura
07. Along With My Son
08. Before And After
09. Listen
10. The Promise
11. Somewhere I Found You
12. After
「ぼくたちが穏やかな音楽を選ぶ理由~トーク&試聴会」
山本勇樹×吉本宏×寺田俊彦
『クワイエット・コーナー~心を静める音楽集』刊行記念
日時:2015年1月11日(日)
会場:下北沢B&B 東京都世田谷区北沢2-12-4 第2マツヤビル2F