from 山形 - 9 - 黄木優寿×haruka nakamuraと、
山形国際ドキュメンタリー映画祭

(2013.05.08)

2年に一度の10月、それも1週間だけ、山形の街が外国人や県外者で溢れます。それは山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加する世界各国の映画人、ジャーナリスト、ドキュメンタリー映画のファンなど、この映画祭に魅了された人々。今年で13回目を迎える本映画祭はそのユニークなコンセプトによって熱狂的なファンを持つ映画祭に成長しています。今年も10月に開催される本映画祭について、映画祭事務局員で映像作家でもある黄木優寿(以下OM)さんに伺いました。

映像作家・黄木優寿さんインタビュー
どうして山形で国際的なドキュメンタリー映画祭が行われる様になったのでしょう。映画祭の沿革について教えて下さい。

OM:1回目の山形国際ドキュメンタリー映画祭は、1989年、山形市制施行100周年記念事業の一つとして開催されました。隣接している上山市で農業を営みながらドキュメンタリー映画を製作していた小川紳介監督の提唱を受けてスタートし、以降隔年開催しています。

小川監督の存在は非常に大きいのですが、それだけでなく、ベルリンの壁の崩壊や天安門事件といった世界の大きな変革のあった時代ですので、世界を記録する「ドキュメンタリー映画」というものに対する世界的な関心の高まりという後押しもあったのだと思います。

山形市の事業であった本映画祭ですが、第1回目から現在に至るまで、多くのボランティアに支えられています。山形市は人口に比べて映画の上映館数が多く、一般市民による上映運動や自主上映も盛んに行われていたようで、映画の祭典を受け入れる下地はあったのだと思います。運営スタッフやボランティアの皆さんの、招待監督やゲストへの「もてなしの心」も、継続の大きな力になっていると思います。2回目の1991年からは実行委員会が山形市と共催し、2006年には実行員会を基盤としてNPO法人が立ち上げられ、翌2007年の映画祭からは山形市からの補助を受けて主催しています。


黄木優寿さん Photo by Katsuki Haruna

山形国際ドキュメンタリー映画祭2013 作品募集のポスター

映画祭に参加してみると、運営にあたる方々の熱意をひしひしと感じます。良い意味で手作り感があるし、ホスピタリティに溢れています。観客もまたドキュメンタリー映画の面白さを良く知っている方が多い様に見受けます。では黄木さんにとってのドキュメンタリー映画の魅力とはどういうところにあるのでしょうか。

OM:私自身はドキュメンタリーかどうかにはこだわらないのですが、ひとつは、今、ここと地続きであるということです。映画に登場する人物と、言葉は通じなくても視線が交わったように思える瞬間があります。その瞬間は、地球の裏側に住んでいる人も、100年前の人も、なぜかとても身近に感じられるのです。

また、私は映画を観る場合、どうしても「作り手」のことを考えてしまいます。作り手(映画という世界の創造主である監督)にも予測がつかない道を辿っていく、というのもドキュメンタリー映画の面白いところだと思います。目の前に横たわる長大でとらえどころのない「現実」に向かって、小賢しいと分かっていながらも(そう思っていないかもしれませんが)「私」の矢を放つ、勇ましくも情けなくもある姿にぐっとくる、というところでしょうか。ドキュメンタリー映画にも大掛かりな作品はありますが、個人製作に近い映画も多いので、身近に感じたり、作者の個性が出ていて好きなのかもしれません。

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なるほど実に作り手らしい視点ですね。これはシナリオを前提として俳優によって演じられる劇映画と大きく異なるドキュメンタリーの魅力ですね。が、逆に一般的な市民の立場としてはドキュメンタリー映画に対して「難しい」とか「堅苦しい」という先入観も多い様に感じます。以前台湾の名匠ホウ・シャオシェンが来たり、アキ・カウリスマキの兄ミカが、「モロ・ノ・ブラジル」というブラジル音楽のドキュメンタリーを出品したりということで、私はこの映画祭に興味を持ったのですが、いざいろいろな作品を観てみると、各々の作品の視点が自由で多種多様で、それに基づいた個性的な映像表現に感激しました。決して難しいものだけではなく、実に面白い。一般の市民の方々にこの映画祭の面白さを伝えて頂けますか。

OM:山形国際ドキュメンタリー映画祭は、“私”と地続きの映画祭であると思います。上映される映画は、さまざまなテーマがさまざまな表現方法によって作られていますので、生活や考え方やリズムにフィットする映画が、誰にも必ずあると思っています。もちろん、そのように多様であるということは必ずしもフィットしない映画もあるわけですが、その違和感は新しい価値観との出合いだったりするのかもしれません。

映画のあとにトークサロンが設けられたり、交流の場で山形の酒や食べ物を楽しみながら、監督や観客同士話を弾ませる楽しみがあります。レッドカーペットや派手なパーティはありませんが、観客も監督もフラットです。街なかの喫煙スペースにいったら自分が見た映画の監督がいて話し込んでしまった、とか、酔っぱらって喋っていたら審査員として来ていた有名な監督だった、ということもよくあります。さまざまな考えや表現を地続きに、身近に感じるには、とても良い場だと思っています。

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すべての人にフィットする作品ばかりではないかも知れませんが、価値観や表現方法の多様性こそドキュメンタリー映画祭の面白さだと思います。確かに質素な映画祭ではありますが、そのことがむしろ作り手や関係者と観客との距離を縮めていて、山形らしさを感じます。さて、今年も10月10日から17日の間で映画祭が開催されますが、今回の映画祭の概要を教えて頂けますか?

OM:1989年、第1回目から継続している、最新の長編ドキュメンタリー15作品「インターナショナル・コンペティション」、アジアの新進作家を紹介する「アジア千波万波」という二つのコンペティション・プログラムに加えて、今回も多彩な特集プログラムを上映予定です。具体的な内容は調整中なのですが、前回はキューバ・ドキュメンタリー、テレビ・ドキュメンタリー、日本の新作ドキュメンタリーなどを上映しました。どれも山形映画祭でしか見られない特徴あるプログラムです。今回もお楽しみに。

前回のキューバ特集の『永遠のハバナ』は素晴らしかったです。ほかにもインターナショナル・コンペティションの『5頭の象と生きる女』、アジア千波万波の『イラン式料理本』などなど多くの人に見て頂きたい印象的な映画が沢山ありました。

さて黄木さんは映像作家でもあるわけですが、私は黄木さんの8ミリシリーズ『えくおとさず』、Spice Filmsでの『睡耀棲』を拝見し、非常に感銘を受けました。また私は残念ながら未見ですが荒井良二さんの記録映画『まわりみち、あしのねいろ』も制作されていますね。映像作家として黄木さんの目指すところ、これからどういう作品を撮って行かれるのでしょう。

OM:私は学生時代に個人映画・実験映画というものと出合い、日記のようなスタンスや手工芸のような輝きが魅力的で、自分でも作ってみようと制作を始めました。今まで賞を受賞したり大きく紹介されたりといったことは無いのですが、縁があって国内外で上映の機会に恵まれ、作り続けることができました。そんな中で制作した『まわりみち、あしのねいろ』は初の長編でした。荒井良二さんとは映画ができるまでほとんど言葉を交わしませんでした。言葉ではなく、見つめることと耳をすますことで、果てしなく自由を求める姿に共鳴したかったのかもしれません。荒井さんはというと、絵の具まみれになりながら駄洒落を連発したりしていたのですが…。縁が繋がって、いろいろと挑戦させてもらえるのはありがたいですし、楽しいですね。これからも、私という小さな視点から手づくりの映画をつくり続けていきたいと思います。

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黄木さんのこれからの作品、楽しみにしています。そして5月25日に音楽家haruka nakamuraの山形公演がありますが、黄木さんには彼の音楽と1曲映像でコラボしていただきます。harukaさんの音楽自体がとても映像的ですが、黄木さんは彼の音楽とどのような対話を試みるのでしょう。

OM:今回のコラボレートは、少し先の未来の人に手紙を書くような気分ですね。haruka nakamuraさんとコラボレートできることは非常に光栄であり、とても楽しみです。私もharukaさんの音楽は、光や闇が感じられる映像的な作品だと思います。私はサイレントの短篇を何本か作っていますが、いつも音楽に憧れています。それは、いま、ここで音が鳴っているという「現在」を強く感じること、もうひとつは、時間の流れの中で自由に飛び回りながら想像を膨らますことへの憧れです。映像は定着された過去ですが、会場である文翔館の空気と、haruka nakamura quartetの奏でる「現在」と溶け合った瞬間に、密やかな対話が聞こえてくるのではないかと思います。なかなか難しいですが、挑みがいのある「未来人」だと思います。

黄木さんの映像の持つ波動は、harukaさんの音と共鳴している様に感じます。長時間ありがとうございました。映画祭、そしてharukaさんとのコラボ、どちらも楽しみにしております。

黄木さんのお話の通り、ドキュメンタリー映画の面白さは、各々の作品がその作り手そのものの表出であり、それ故に個性的で、直接作家性が表現されることにあります。ドキュメンタリー映画は決してひと握りのファンのためのものではありません。多くの方々が純粋に楽しむことが出来ます。映画祭まであと5カ月。ぜひ山形でその醍醐味を感じて下さい。

Dialogo
2013年5月25日(土)17時開場/18時開演
haruka nakamura、初の山形公演。そして山形の映像作家との、音と映像による対話。
haruka nakamura quartet:haruka nakamura (piano) Araki Shin (sax.) Rie NEMOTO (violin) Isao Saito (drums)
映像;黄木優寿、田中可也子
場所:文翔館議場ホール(山形市旅篭町3-4-1)
料金:前売4,500円 / 当日 5,000円 150席限定
お問い合わせ:山形ブラジル音楽普及協会 bossacur@ma.catvy.ne.jp

山形国際ドキュメンタリー映画祭2013
開催日:2013年10月10日(木)~17日(木)

黄木優寿 OKI Masaharu

1977年6月米沢市生まれ。東北芸術工科大学で映像制作を開始。8mmシリーズ『えくおとさず』が縁あって山形国際ドキュメンタリー映画祭、ロッテルダム国際映画祭などで上映される。絵本作家・イラストレーター荒井良二の展覧会「山形じゃあにぃ2010」の記録映画『まわりみち、あしのねいろ』を縁あって制作する。現在、縁あって山形国際ドキュメンタリー映画祭事務局員。