夭折の歌姫 エイミー・ワインハウスの、生きたすべて。40以上のドキュメンタリー映画賞受賞『AMY エイミー』の作り方。

(2016.07.13)
映画は友人の誕生日で『Happy Birthday』を少し照れながらも抜群のアレンジで唄う14歳のエイミーの映像で始まる。オリジナリティに溢れたメイク、ルックスのシンガー「エイミー・ワインハウス」になる前の姿はおちゃめなイギリスの少女。© Winehouse family
友人の誕生日に『Happy Birthday』を少し照れながらも抜群のアレンジで唄う14歳のエイミーの映像で映画は始まる。オリジナリティに溢れたメイク、ルックスのシンガー「エイミー・ワインハウス」になる前の姿はおちゃめなイギリスの少女。© Winehouse family
2003年のデビューから2011年に亡くなるまで、天才シンガーと呼ばれながらスキャンダラスな行動も多く語られたエイミー・ワインハウス。その人生を無数の映像を紡ぎ合わせることで辿るドキュメンタリー『AMY エイミー』。そこに流れるエイミーの歌声、姿に心を奪われたというシネマ・エッセイスト 髙野てるみさんが製作者のジェームズ・ゲイ=リースさんにお話をうかがいました。
歌姫の誕生と壮絶な死。
愛する彼へ自分の気持ちをとりとめもなく綴った歌。それだけなのにグッと心を鷲掴みされる。エイミー・ワインハウスの歌声。

エイミーの曲は、すべて自分のあからさまな日常、人生の1コマを形にしたものばかり。アルコールや薬物依存から必要とされたリハビリ施設のことを曲にした『Rehab』で、施設なんかに入りたくないと歌い、皮肉にも世界的大ヒットとなるのだから、恐れ入ります。

エイミーは、イギリス生まれ。16歳で音楽キャリアをスタートし、20歳にして『Stronger Than Me』、『Frank』でアルバム・デビューを果たし、以来注目され続け、数々の賞を獲得し高い評価を得ます。25歳で08年のグラミー賞の最優秀新人賞をはじめ、最優秀楽曲賞など5部門を受賞。その間、ローリング・ストーンズのライブに出演したり、トニー・ベネットのレコーデイングに参加するなど、大物ミュージシャンたちからの期待も大きかったのですが2011年、惜しくも27歳でこの世を去ります。

家族や友人が撮影したプライベート映像、仕事仲間が撮影した未公開映像、放送や公開のためのオフィシャル映像と、総計3000時間の映像素材を編集。ドキュメンタリー映画の作り方の最先端を示唆する作品でもある。© Nick Shymansky Photo by Nick Shymansky
家族や友人が撮影したプライベート映像、仕事仲間が撮影した未公開映像、放送や公開のためのオフィシャル映像と、総計3000時間の映像素材を編集。ドキュメンタリー映画の作り方の最先端を示唆する作品でもある。© Nick Shymansky Photo by Nick Shymansky

デビューしてから、見る間にスターダムに登りつめた才能は、彼女の声と言葉にあったといえます。天から授かったその声は、伝説のジャズ・シンガー ビリー・ホリデイのような魂の叫び。人工的にいくらでも声なんて作り出せる時代に、彼女の声は100%天然! 聴く者の歓喜を呼び覚ます声。

しかも、ホリデイさながらの人生。身も心も捧げる恋人への愛ゆえにアルコール、薬物存に堕ちていく。逮捕された恋人を待つことの孤独に圧迫された日々。

しかし、彼女を死へと追いつめたものは、彼女の名声を高めていった音楽業界や大衆でもあったことを、ドキュメンタリー映画『AMY エイミー』は明らかにしています。

なぜ音楽をするのか? どんな音楽を目指しているのか? エイミーの曲作りの原点が本人と友人の証言によって語られる。少女らしい丸々した文字、♡マークで溢れた創作ノートも登場する。© Nick Shymansky Photo by Nick Shymansky
なぜ音楽をするのか? どんな音楽を目指しているのか? エイミーの曲作りの原点が本人と友人の証言によって語られる。少女らしい丸々した文字、♡マークで溢れた創作ノートも登場する。© Nick Shymansky Photo by Nick Shymansky
 
 
映像の断片をパズルのように組み上げることで形づくる 
エイミーが生きた証し。

「私にとっての成功はレコード会社を儲けさせることじゃない、自由に音楽ができること」との公言はばからないエイミー。この生粋のミュージシャンの登場には久々に胸がすく想いでした。2011年6月 セルビア・ベオグラードでのコンサートで出演はしたものの、泥酔状態。その後に予定されたいた欧州ツアーを中止するというような暴挙を繰り広げることになり……。しかし、こういうことも「単なるワガママ娘」なのではなく、筋金入りの「音楽作り」だったからこそ起こってしまったからと思えてなりません。そしてその1ヶ月後、エイミーは27歳の短い人生を終えることになります。

そんな彼女の生き様をまとめた映画『AMY エイミー』は、第88回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞に輝きました。そのほか英国アカデミー賞、女性映画ジャーナリスト同盟映画賞、ヨーロッパ映画賞など約40もの映画賞のドキュメンタリー賞を受賞しています。

マネージャーとミュージシャンという関係を越えてエイミーを支えたニック・シマンスキー。エイミーの短い人生のターニング・ポイント振り返り、そして後悔の念を滲ませつつ語る。© Nick Shymansky Photo by Nick Shymansky
マネージャーとミュージシャンという関係を越えてエイミーを支えたニック・シマンスキー。エイミーの短い人生のターニング・ポイント振り返り、そして後悔の念を滲ませつつ語る。© Nick Shymansky Photo by Nick Shymansky

製作者ジェームズ・ゲイ=リースさんは語ります。

「エイミーの存在はタブロイド紙などで読んではいて、若くして悲劇的な死を迎えたことも知っていました。亡くなった後に、ユニバーサルレコードからの依頼で彼女の生き方や音楽のことを映画にして欲しいと依頼され、にわかに私と監督のアシフ・カパディアにとって、特別な存在となったのです」

カパディア監督とジェームズ・ゲイ=リースさんは、惜しまれつつ早世したF1ドライバー セナのドキュメンタリー『アイルトン・セナ~音速の彼方へ~』(10)で高く評価された映画人。

「セナのドキュメンタリー作りに比べたら、エイミーの場合、過去のオフィシャルな映像は極めて少ないし、友人知人からのプライベート映像を入手しなければ映画には成り得ない。今までになく苦労しました」

 
エイミーと、エイミーを愛した人々へのレクイエム。

アルコールや薬物の過剰摂取死とされた彼女の死は、友人知人に大きな衝撃を与え、彼らは彼女を救えなかった罪悪感に苛まれ、彼女を撮った映像を世に出すことが冒涜ではないかという気持ちでいっぱいだったと、ゲイ=リースさんは言います。

「非協力的だった一人一人を説得し、分かってもらったものの、集まってきた映像は3000時間にもなってしまって(笑)。エイミー自身のパソコンも入手出来て、そこから友人にスカイプなどでインタビューすることに成功したのです。」

それにしても、そのインタビューも、一人に6ヶ月以上もかけた大仕事だったそう。未発表の曲もくまなく探し集めた。こういった地道な取材で映像や音楽の断片を集め、並べ直し、ジグソーパズルを完成させていくかのように『AMY エイミー』を形作っていったのです。

エイミーの過激な生き方を、あたかも彼女に密着取材をしたかのようなあからさまなタッチだからこそ、胸を打ってやまない傑作が生まれたと言えます。作品が完成した時点で、ゲイ=リースは改めて、エイミーという一人のピュアな女性を誰よりも知ることになります。

「才能豊か聡明でスマート。頭がよかったからこそ複雑。ゆえに周囲には扱いにくいと思われてしまったんだね。」

愛する人について曲を書き歌っては絶讃され、美しく羽ばたいたエイミー。しかしその愛にのめり込みことは悲劇への道のりへの一歩でもあった。
愛する人について曲を書き歌っては絶讃され、美しく羽ばたいたエイミー。しかしその愛にのめり込みことは悲劇への道のりへの一歩でもあった。

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エイミーは、「自分」を生きたかっただけ。スターである誰かになりたかったわけではない。自分の言葉で歌うジャズ・シンガーでいることが自身のアイデンティティであり、それを守り通そうとする妥協しない姿に惹かれます。また有名になることに違和感と危機感を感じ「私は一般受けするタイプじゃないし、もし有名になったら頭がおかしくなる。」とブレイク前のインタビューで語っていた、彼女はシャイで愛おしく、知れば知る程応援したくなってきます。

「彼女の知人・友人からは、この作品作りに協力するようになったことで、『罪の意識から救われた、癒された』と、言ってもらえました。このことが、この映画を作って大変うれしかったことのひとつです」

とも語るゲイ=リースさん。エイミーだけでなく、エイミーを愛した人々へのレクイエムとなった尊い作品が、『AMY エイミー』なのです。

 

■プロデューサー プロフィール ジェイムズ・ゲイ=リース

James Gay-REES ミラマックスを経てパラマウント映画に入社。1998年『ミッドフィールド・フィルムズ』設立、マーカス・アダムズ監督のホラー映画『ザ・シャドー 呪いのパーティ』(02)などを製作。2014年、本作監督のアシフ・カパディアらと共同でハイクオリティなドラマ、ドキュメンタリーの製作会社『On the Corner』創設。バンクシーの『イグジット・スルー・ザ・ギフト・ショップ』(10)、カパディア監督『アイルトン・セナ~音速の彼方へ』(10)の製作を手がけた。© Lexington Films Ltd

作業現場の製作チーム。いちばん奥左がゲイ=リースさん。
作業現場の製作チーム。いちばん奥左がゲイ=リースさん。
『AMY エイミー』
2016年7月16日(土)〜角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ有楽町、角川シネマ新宿ほか全国ロードショー

出演:エイミー・ワインハウス、ミチェル・ワインハウス、ジャニス・ワインハウス、ジュリエット・アシュビー、ローレン・ギルバート、ニック・シマンスキー、タイラー・ジェイムズ、レイ・コズバート、マーク・ロンソン、サラーム・レミ、トニー・ベネット、ヤシーン・ベイ
監督:アシフ・カパディア
製作:ジェームズ・ゲイ=リース
編集:クリス・キング
音楽:アントニオ・ピント

翻訳:石田泰子
監修:ピーター・バラカン
原題:『AMY』
協力:ユニバーサル ミュージック同会社 USMジャパン 
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:KADOKAWA
2015年 / イギリス・アメリカ / 英語 / カラー&モノクロ / ヴィスタサイズ / デジタル5.1ch / 128分