『マジック・イン・ムーンライト』 天才マジシャンVS美人占い師が恋に落ちる時。
(2015.04.10)コール・ポーターの曲が流れるやいなや、観る者は、ウディ・アレンがしつらえた魅惑的世界へと誘われて行きます。あがらうことなど出来ません。彼の老練な手練手管には身を任せるしかないのです。
アレン監督の新作『マジック・イン・ムーンライト』は、最初から最後まで、お約束のノスタルジックで普遍的な恋愛物語。
前作『ブルー・ジャスミン』(13)では、ケイト・ブランシェットにアカデミー賞主演女優賞をもたらす快挙を見せつけましたが、転落した主人公の女が、最後まで救われることのない物語でした。
今回は打って変わって、男と女を、恋を、愛を、信じたくなる大人のためのおとぎ話。恋の魔法を信じられなくなってきた今の時代に必須なセラピー映画とも言えそうです。
運命の女の手に落ちる男を
絶妙に描く。
1920年代後半の時代、ヨーロッパの富裕層の“暇つぶし”に降霊術が大流行。エマ・ストーン演じる占い師ソフィー・ベイカーは、資産家 カトリッジ家のコート・ダジュールの別荘に滞在。日々交霊会を催しスピリチュアルなオーラで一家を魅了しています。若く美しい彼女に、カトリッジ家の子息は結婚を迫るほど。しかし、一家と懇意で、スタンリーの幼なじみでもあるハワードは彼らはたぶらかされていると危惧。コリン・ファース演じる英国人の著名なマジシャン、スタンリー・クロフォードに、彼女の化けの皮を剝して欲しいと依頼します。そこで、別荘のある南仏コート・ダジュールで、美人占い師と、世紀のマジシャンの出会いとなります。
スタンリーのもう一つの顔は、エキゾチックな中国人奇術師ウエイ・リン・スーとして知られる一流マジシャン。美しく洗練されたフィアンセもいて、彼女と婚前旅行に出かける予定を延期してまで、ベイカーに会う気になったのも、打倒! インチキ占い師! の精神から。スピリチュアルとマジックは言わば水と油。種も仕掛けもあるマジックのツワモノからしたら、超常現象のようなことが現実に存在するわけがないことを、見極めないではいられない。貿易商を装いベイカーに会うのだが、のっけから彼の正体は、見抜かれまくり。あっけなくも、彼女の能力を信じ出す羽目に…。
それこそが、もう恋の始まりです。プライド高く、皮肉屋で人を簡単には信じない。そんな男があっという間に恋に落ちる時は、どんな時なのか。(それを誰よりも知っているのはアレン監督自身でもあるわけですが)今の幸せをかなぐり捨てでも、新しい恋を追いかけるのが、ホントの恋。人生一度でいいから、運命的な、ホントの恋が出来ないものか。そんな万人の夢を叶えてくれるのがこの映画です。
恋の魔法を信じたくなる
大人のための映画。
中国人奇術師から英国紳士に変身するコリン・ファースの端正な美男子ぶりにはあっけにとられ、エマ・ストーンが着こなすアール・デコなリゾート・ファッションを眺めるだけでも幸せ。この流麗なるコメディのできばえは、お見事の一言。その点において非のうちどころもありません。
欠点はと言えば、強いて言うなら、欠点のないできばえであるところではないでしょうか。デコボコしている映画に惹かれる私などには、怖れ多い限りです。
しかしながら、アレン監督は歳を重ねてもなお、『アニー・ホール』(77 )から始まり、『地球は女で回っている』(97)や『ミッドナイト・イン・パリ』(11 )などなど、運命の女に振り回される男の悲喜劇を展開する、言わば「ウディ・アレン劇場」を未だ廃れさせない点において、超人的才能を発揮しています。
あのコリン・ファースでさえもまた、ウディ・アレンの手にかかれば、アレン自身が憑依したかのようなマゾッけたっぷりの恋愛体質の男に変身。演じ切る。
ダイアン・キートンを筆頭に、幾多のミューズに魅了され、翻弄されていく男を実生活ともダブらせながら、まさに、“地球は女で回っている”という人生の境地を映画でメッセージ化して成功してきた監督、ウディ・アレン。今回も、メッセージ更新大成功です。
エマ・ストーンを当面のミューズにしつらえ、次回作でも起用。フォアキン・フェニックスを次なる自らの分身にしようと目論むところに、老いなど感じられるものではありません。“人生、万歳”の、ウディ・アレン監督は今回も健在です。
『マジック・イン・ムーンライト』
2015年4月11日(土)新宿ピカデリー、丸の内ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ他、全国公開
出演:コリン・ファース、エマ・ストーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン
監督&脚本:ウディ・アレン
提供:KADOKAWA、ロングライド
配給:ロングライド
原題:Magic in the Moonlight
2014年 / アメリカ=イギリス / 98分