5月11日(土)『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』公開 イームズはふたり。
これからは、それが常識です。

(2013.05.07)

刷り込まれたデザイン・アイコン

18年勤めたレコード店を辞めることになり、さて、これから何をやろうかと思っていた矢先、表紙に、私鉄のホームにあるようなプラスティックの椅子がズラーッと並んだ雑誌を見て、とつぜん頭の中の電球に灯がついたのです。それは「イームズ/未来の家具」と題された1995年6月1日発行の『BRUTUS』で、ページをめくると、ESUと呼ばれるストレージ・ユニットが目に入りました。赤と黄と青のカラフルな色といい 、まさに自分が子供の時に使っていたオモチャ箱(に近い)ではありませんか。ボンヤリだった既視感の正体が、これではっきりしたのです。イームズこそ、無意識のうちに自分に刷り込まれたデザイン・アイコンかもしれない、と。その直後からは、シェルチェアやワイヤーチェアを探して、福岡中の古着屋を歩きまわる日々が始まりました。それどころか、やがてアメリカにまで繰り出すようになり、とうとう週末だけオープンする自称家具ショップ『organ』が自宅の居間に出現したのです。それもこれも、“20世紀のアメリカが生んだ天才のひとり、いや、ひと組、チャールズ&レイ・イームズ”のせいなのです。


シェルチェア
LA、ヴェニスビーチ、ワシントン通り901番地、イームズ・オフィス

映像のなかのふたりが動きかつ喋る姿を見ると、やはり興奮せざるをえません。思った通り、チャールズはケーリー・グラントかロック・ハドソン並にハンサムだし、レイは人形のようなドレスを着ながらも、てきぱきと仕事をこなしている。そこは、LAのヴェニスビーチ、ワシントン通り901番地にあるイームズ・オフィスです。個性あふれるスタッフと一緒に、日夜いろいろなアイデアをマニピュレートする様子は、まるでルネサンス期のアトリエのよう。低コスト&高品質で大量生産できる椅子のデザインを目指し、サーカスもどきの実験を重ねる彼らには、ルーティーン・ワークなどは無縁でした。まるで好奇心を武器に、ゼロから学んでゆく過程そのものが仕事であるかのようです。ふたりは自分にない才能を互い補完するようにして、パートナーシップを築いていったのです。1945年になると、材料を加工し過ぎないプライウッドの美しさを生かしたDCWを発表し、成功への階段を登り始めます。第2次世界大戦後に出現した、比較的豊かで教養があり、サバービアに住んでいる人々が、モダンな家具を受け入れるのに、それほどの時間はかかりませんでした。


ハンサムなチャールズとお人形のようなレイ

日夜アイデアをマニピュレートするふたり
Anything I can do she can do better

レイはドイツから移住してきた抽象画家ハンス・ホフマンを通して、キュビズムや構成主義、デ・ステイルなど、当時のヨーロッパの先進的なアートの洗礼を受けていました。チャールズが問題解決に長けた「デザイナー」だとすれば、レイは作品に美意識を付加する「画家」だったのです。シェルチェアの発色の良い色や、黒のワイヤーチェアを雑然と並べ、ポンと黒い鳥を置いた有名な写真は、まぎれもなくレイのセンスなのだと思います。「Anything I can do she can do better(彼女のほうが何でも上手だ)」とチャールズが認めたレイの才能は、ふたりが暮らしたケイス・スタディ・ハウス#8、通称イームズ・ハウスにも現れています。外から見ただけでは、プレハブ造りの一見ミニマルな建物ですが、一歩内部へ足を踏み入れると、メキシコやアジアなど世界各地から持ち帰ったフォークアートがあふれています。レイにとって、この家自体がキャンバスだったのです。そう、彼女お得意のコラージュのおかげで、この家が退屈で冷たいモデルハウスにならずに済んだのかもしれません。いっぽう、ふたりのコラボレーションは家具や建築にとどまらず、写真、短編映画と多岐にわたってゆきます。そうやって、「イームズ」はますます一般名詞となっていったのです。


ワイヤーチェアに黒い鳥を置いて

イームズ・ハウス
つまり、1945年代のアメリカは、まだフェミニズムの時代じゃなかった。

「イームズの最高傑作は、チャールズ&レイのイメージかも」と、関係者のひとりが語るシーンがあります。昔から「レディ・ファースト」のお国柄、強い男性が、弱い女性を立てながら一緒に仕事をするというイメージが、ハーマン・ミラーの広告を通して、まるで「アメリカの理想」のように広まっていったのかもしれません。1945年代のアメリカには、まだフェミニズムの風は吹いてはいなかったようです。そして後半、映画は意外な展開を見せることになります。未見の方のために詳細は避けますが、仕事もプライベートも常に一緒の夫婦というのは、ややもすると兄弟みたいな関係になってしまうものです。 そんな中で起こったチャールズのラブアフェアを隠したりしないこの映画、実にアメリカ的なのです。にもかかわらず、レイは、チャールズ亡き後もきちんと自分の仕事を成し遂げ、なんと10年後、ちょうど彼の命日にこの世を去っています。というわけで、映画を観終わり、「ふたりで作ったからこそ、素晴らしい作品が生まれた」ことの幸運を、ヒタヒタと感じることができました。今となっては、イームズはふたり。これからは、それが常識です。


イームズ・デミトリオス
『ふたりのイームズ:建築家チャールズと画家レイ』

監督:ジェイソン・コーン、ビル・ジャージー
ナレーター:ジェームズ・フランコ
アメリカ/2011/英語/カラー&モノクロ/84分

2013年5月11日(土)、渋谷アップリンク、シネマート六本木ほかにて公開

organ
福岡市南区大橋1-14-5 Take1ビル4F

TEL:092-512-5967

OPEN:13:00〜19:00
CLOSE:月・火曜