鬼才A・ズラウスキ監督15年ぶり新作『コスモス』の“ミューズ”は美男 俳優ジョナサン・ジュネだった。

(2015.12.02)
photos / Katsumi Murata
photos / Katsumi Murata
 
シネマ・エッセイスト 髙野てるみさんが映画のプロの視点で総評する『東京国際映画祭2015』レポートの第2弾。ワールド・フォーカス部門において出色のニューカマー、ジョナサン・ジュネさんにお話をうかがいました。
エロスとカオスをコミカルに描いた作品が目立っていた、
TIFFワールド・フォーカス部門。

『東京国際映画祭』で注目すべき部門のひとつに、ワールド・フォーカスがあります。

今年各国で行われた世界的映画祭に出品された優れた作品などからチョイス、本映画祭で居ながらにして観ることが出来るというものです。

すでに受賞した作品もあるので、本映画祭では受賞対象ではないのですが、買い付けされていない作品も多く、この機にプロが買い付ければ、日本での公開が決まるという場にもなっています。

キャリアを積んだ巨匠の監督作品もあれば、日本ではまだ知名度が低いけれど新鮮という監督の作品もあり、よりどり見どりです。

今年気にかかった作品は数あれど、フランス・ポルトガル合作のアンジェイ・ズラウスキ監督作品『コスモス』を筆頭に、フランスのアルノー・ラリユー、ジャン=マリー・ラリユー両監督作品『パティーとの二十一夜』、スペインのホセ・ルイス・ゲリン監督『ミューズ・アカデミー』などには共通して、ミューズにふさわしい美しい女優が登場して華を添えて輝き、恋愛やエロスがテーマでした。

エロスというと、一筋縄では表せないテーマですが、さすがは恋愛に強いフランス、スペイン。軽妙で、コミカルで、監督も楽しんで作っているものだなあ、とあっけにとられ、ただただ魅入られるばかりでした。

総じて、この部門の面白さには年々拍車がかかり、貴重な作品ぞろいであった印象でした。

『コスモス』Cosmos 監督 アンジェイ・ズラウスキ、出演 サビーヌ・アゼマ、ジャン=フランソワ・バルメール、ジョナサン・ジュネ、ヴィトリア・ゲーラほか © Alfama Films メタファーと暗示に満ちた形而上コメディ・ドラマ。サビーヌ・アゼマ演じるヒステリックなマダムや唇のねじ曲がった女中が住まうポルトガルの民宿のインテリアやアウトドアの美しさにも一見の価値がある。
『コスモス』Cosmos 監督 アンジェイ・ズラウスキ、出演 サビーヌ・アゼマ、ジャン=フランソワ・バルメール、ジョナサン・ジュネ、ヴィトリア・ゲーラほか © Alfama Films メタファーと暗示に満ちた形而上コメディ・ドラマ。サビーヌ・アゼマ演じるヒステリックなマダムや唇のねじ曲がった女中が住まうポルトガルの民宿のインテリアやアウトドアの美しさにも一見の価値がある。
 
15年の沈黙を破ったA・ズラウスキー監督の『コスモス』

中でも私の期待は一心に、アンジェイ・ズラウスキー監督15年ぶりとなる新作『コスモス』に。

今年の『ロカルノ国際映画祭』に出品し、みごと獲得した監督賞を引っさげ、本映画祭でも上映を果たしたのです。

なにしろ、その難解さと自由奔放な作品作り、それにもまして当代切っての美人女優、ロミー・シュナイダー、イザベル・アジャーニ、ソフィー・マルソーなどを次々と自作の映画で主演させては、世界的女優にしていった実績。この手腕で一世を風靡した監督ですから、見過ごすことはできません。

作ればたちまちに本国のポーランドでは発禁になった作品もあり、またそれがフランスでは評判をとり、という経歴の持ち主ですから、期待は膨らむばかりです。

今回の新作も不条理な舞台劇を観ているような快感と、75歳を迎えたということが信じられないほどの色気たっぷりのオーラが画面いっぱいに展開。飽きさせません。

舞台となっているポルトガルの世界遺産となっているというシントラという廃墟のような建物や自然が新鮮で、前衛的なストーリーに拍車をかける。しかも、映画初出演という主演男優のジョナサン・ジュネの狂気の美しさ、演技力と存在感は往年のジェラール・フィリップやアラン・ドロンの再来かと見まごうばかり。最近のフランス男優で断トツの二枚目登場に、観ていても胸がザワつきました。

  • 『東京国際映画祭2015』で来日した『コスモス』のジョナサン・ジュネ。photos / Katsumi Murata
    『東京国際映画祭2015』で来日した『コスモス』のジョナサン・ジュネ。photos / Katsumi Murata

  • 『東京国際映画祭2015』で来日した『コスモス』のジョナサン・ジュネ。photos / Katsumi Murata
    『東京国際映画祭2015』で来日した『コスモス』のジョナサン・ジュネ。photos / Katsumi Murata

  • 『東京国際映画祭2015』で来日した『コスモス』のジョナサン・ジュネ。photos / Katsumi Murata
    『東京国際映画祭2015』で来日した『コスモス』のジョナサン・ジュネ。photos / Katsumi Murata
 
ミューズ的存在の美男俳優ジョナサン・ジュネ。

今の時代、ズラウスキーお気に入りミューズとは、もはや女優にこだわることなく男性も対象になるとの確信で、来日中の主演のジョナサン・ジュネにお会いしてみました。

「ズラウスキー監督のオトコ版ミューズだなんて、光栄です。僕はフランスのナントで演劇を学んで、日頃はパリでも舞台に立っています。映画出演は今回が初めてで、『コスモス』は12月中にパリで公開されるので、映画デビューすることになりますね」
と語るジュネ。

作品の中ではポルトガル出身の女優ヴィトリア・ゲーラ演じるレナという美女を恋い焦がれる美しい男ヴィトルドを演じます。

「ズラウスキー監督は、オーデイションで多くから選んだり、演技力を試したりすることなどはなく、直感的に僕を決めてしまった。今回作ろうとした世界観の中に僕が上手くハマりそうだとの直感なんですね。演技指導に関しても、細かい一挙手一投足に注文を出すというより、次は暗い顔で、とか、次は笑って楽しそうな顔を、というように指示して、後は僕に任せるんです」

作品の多くの場面を彼のアップの表情が占め、彼の気持ちの動きがセリフとなって画面に登場し、その恐いほど美しいさまざまな顔が、ゾクゾクするほどセクシーだったり。人妻であるレナを手に入れたいと願う悪魔的な男の信条を、顔の表情や身体の動きで表現するところは、彼が舞台出身であることの真骨頂と思わせる演技力です。

 
直感で選んだ新人俳優に映画開眼させる監督力。

「監督からは何度も、『死の天使』になれ! と言われてました(笑)」

原作はポーランドで発禁となった前衛派作家ヴィトルド・ゴンブローヴィッチの同名作品で、それをどのように映像にするのかに大変興味があり、主演する意欲も湧いたといいます。

「原作も難解で言葉遊びやパラドクサルな場面が交錯する世界。そこに監督が『ドナルド・ダッグ』や『Mac Book(マック・ブック)』など現代的な要素ををいれ込みアレンジし新たなものを作っていきました。僕の演じている舞台はコンテンポラリーでパゾリー二なんかをやってましたが、今回の映画の中ではシェイクスピアなどの古典的セリフが多かったのも新鮮な体験でした」

映画のロケはポルトガルの世界遺産シントラで行われ、ムーア人が造ったといわれる宮殿も残された神秘的な場所。この地の深い森がエロスとカオスを感じさせることに効果的に使われています。

さて肝心の、男を狂わせる今回のファム・ファタルに選ばれた美貌のヴィトリア・ゲーラは、85歳となったズラウスキー監督とはどのくらい親密であったのかを、ずばりうかがってみました(笑)。

「この作品のためにフランス語をマスターするなど、ゲーラはプロとして優秀でした。彼女はイギリスとのハーフでもあり、ジョン・マルコビッチの作品に出演していて、今回の出演はマルコビッチからも勧めがあったそうです。美しい方で、彼女と見つめ合っていた時間は、監督と僕 同じくらいたくさんありましたね。確かに。けれど、あくまで仕事の間だけですよ」と笑って逃げられました。

けだし、確かなことは、美男・美女を見つけ出した時が新たな作品作りの時であることを『コスモス』で明らかにしてくれたズラウスキー監督であり、彼のいるところ常にエネルギーが満ちあふれていたとジュネ。

彼はこれをきっかけに、映画の仕事にも積極的に取り組んでいきたいそうですから、監督の新たなスターを世に送り出す力も健在というわけです。

 
イザべラ・ロッセリーニが演じる生物学ポルノとは。

と、ここまでの作品で愛の不条理について悩ましく学んでいたところで、もうひとつパノラマ部門で遭遇した、セックス=生殖をテーマにしたユニークでまじめでユーモラスなドキュメンタリー作品『イザベラ・ロッセリーニのグリーン・ポルノ』にガツンと、とどめを刺されました。

「男と女で悩んでるなんて人間だけ。それ以外の生物たちは、同性愛でも両性具有、乱交、SMなんでもありでセックスしてるわ。自分たちの種を存続するために、必死にね」と言うのは、伝説的大女優のイングリット・バーグマンの娘で女優のイザベラ・ロッセリーニ。

大学に通って動物行動学を学んだ経験も生かし、自ら動物、魚、鳥、昆虫や果ては軟体動物にまで扮し交尾を演じた短編映画をシリーズ化。それを独り芝居で演じ、世界中を回っていて、そんな彼女をドキュメントした作品です。眼から鱗の内容に、究極の恋と愛とセックスとはこれか!と大いに納得。(映画祭上映後はWOWOWプライムにて12月7日字幕版放映予定)

『国際共同制作プロジェクト イザベラ・ロッセリーニのグリーン・ポルノ』
2015年12月7日(月)深夜0:00 WOWOWプライムにて放映
WOWOWメンバーズオンデマンド 配信中

『イザベラ・ロッセリーニのグリーン・ポルノ』大監督の父ロベルトの血をひくイザベラは生き物たちの生と性についてのテレビ・シリーズの映像を作り、同テーマで独り芝居も4大陸35都市を巡り続ける。彼女の挑戦と奮闘のドキュメントは、ユーモアに満ちている。Photo / Jody Shapiro
『イザベラ・ロッセリーニのグリーン・ポルノ』大監督の父ロベルトの血をひくイザベラは生き物たちの生と性についてのテレビ・シリーズの映像を作り、同テーマで独り芝居も4大陸35都市を巡り続ける。彼女の挑戦と奮闘のドキュメントは、ユーモアに満ちている。Photo / Jody Shapiro

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さまざまな映画を一同に揃えた映画祭で何を学ぶかは観客次第ですが、楽しむだけではなく「知」の宝庫でもあることを改めて知らされたのも、今年の『東京国際映画祭』でした。