『ミステリーズ 運命のリスボン』10月13日公開ラウル・ルイス監督への愛を語る
メルヴィル・プポーの映画人生。

(2012.10.03)
Melvil Poupaud © 2012 by Peter Brune
Melvil Poupaud © 2012 by Peter Brune

フランス映画祭2012特別プログラムとして渋谷ユーロスペースとアンスティチュ・フランセ東京(旧東京日仏学院)にて開催された『メルヴィル・プポー特集 誘惑者の日記』の上映に合わせ、自作の短編映画のDVDを携え来日したフランスの人気俳優メルヴィル・プポー。惜しくも2011年に他界したチリ出身の巨匠ラウル・ルイス監督の生前最期の公開作品となった4時間26分の大作『ミステリーズ 運命のリスボン』にも出演していることから、ルイス監督作品の親善大使としての役割を果たし、有楽町朝日ホールやアップルストア銀座、特集上映会場、映画美学校などでトークショーを実施。幼少時代の話から、映画出演のきっかけ、偉大なる監督たちとの関係と演技論、自作の短編作品の解説、昨年フランスで出版されたメルヴィルの自伝的小説『Quel est Mon noM?』 (ぼくの名前は何だろう?)の紹介にいたるまで、1週間の滞在中たっぷり語ってくれました。今回ダカーポでは、超多忙な彼のスケジュールの合間を縫って単独インタビューを行い、メルヴィルのさらなる魅力の解明に迫りました。

Melvil Poupaud © 2012 by Peter Brune

言語能力に長けていて、日本語を含む8カ国語!をあやつったとされるルイス監督は、いつも驚くべき本を携え(たとえば日本の詩集とかアメリカの科学に関する本やロシアの作家の旅行記など)、いつも世界中を旅して、ジャマイカから台湾、ドイツ、イギリスなどいろんなところで撮影を行い、訪れる国それぞれの文化や建築や特に科学の分野に興味を持ち、熟知していたといいます。

メルヴィルは、そんなルイス監督を「教養も深く、とてつもない知識を持っているにもかかわらず、冗談を言うのが大好きな「歩く図書館」みたいな人。まわりの人たちを夢やファンタジーの世界に誘う監督だった」と評しています。

ルイス監督の住む迷宮のようなアパルトマンを訪れ、素晴らしい料理を振舞われたというメルヴィルは「僕自身がどれだけ彼を愛していたかが伝わるでしょう?」とルイス監督との数々の思い出を語ってくれました。

メルヴィル・プポー スペシャルインタビュー

ヴィム・ヴェンダースやアキ・カウリスマキといった、いわゆるアート系映画の宣伝担当だったお母さんの影響で、小さいころから「映画は商業的なものではなく、世界を前進させる素晴らしい力を持ったアートである」と教えられてきた、というメルヴィル。ある日、ルイス監督作品の担当になったお母さんの仕事場に付き添い、記者会見場で「君にぴったりの衣装があるよ」とルイス監督から声をかけられたのが映画デビューのきっかけだといいます。「ルイス監督が見出してくれなければ、役者にはなっていなかったと思う」と話すメルヴィルは、ラウル・ルイスを始め、エリック・ロメールやジャック・ドワイヨン、フランソワ・オゾン、アルノー・デプレシャンといった、作家性の高い監督と多く一緒に仕事をしてきました。

メルヴィル:消費されるような商業映画を撮る監督よりは、才能に溢れていて、表現したいことのある、映画史に残るような作品を作る監督と仕事をしたいとずっと思ってやってきたんだ。全然気難しくない監督もいれば、50回くらいテイクするジャック・ドワイヨンのような監督もいる。デプレシャンも叫んだりはしないけど、すごく厳しかった。でも、仕事をするからには監督に信頼を寄せることがなにより大切。信念さえあれば、少しくらい苦い薬だって飲めるから。

とはいえ、撮影当時14歳だったメルヴィルは、まさに思春期真っ盛り。相手役の15歳の少女(ジュディット・ゴドレーシュ)に恋をしていたと語る彼は、父親役を演じたドワイヨン監督を目の仇にしていたようです。

Melvil Poupaud © 2012 by Peter Brune
Melvil Poupaud © 2012 by Peter Brune

一方、『夏物語』でエリック・ロメール監督と仕事をした際には、偶然にもメルヴィルとロメール監督が、白いTシャツに薄い色のパンツ、麦藁帽子という、全く同じ格好をしていたこともあったというほど、シンクロしていたのだといいます。ロメール監督の印象を、「とってもシャイでティーンエイジャーのような熱い思いを抱えた愛おしい人」と語るメルヴィル。偉大なエリック・ロメール監督やラウル・ルイス監督の「映画の遺産」を引き継ぐ俳優として、強い使命を感じているように見受けられます。

メルヴィル:もちろん。だからこそ、今回(自伝的小説)『Quel est Mon noM?』 (ぼくの名前は何だろう?)を書いたともいえる。ラウル・ルイス監督が病気であまり余命が長くないと知ったとき、小さな頃の撮影の思い出が沢山あたまに浮かんできたんだ。この本は、ルイス監督との出逢いを僕自身の俳優のキャリアの出発点として書きだしてはいるんだけど、その後もいろんな監督や人々と出逢って、自分が人間として成長していく過程を描いた物語になっている。寓話のようなスタイルをとっているのは、自分がデビューした年と同じ10歳になった娘にむけてという意味もあるんだ。

今回メルヴィルが持参した自身の監督作品『Melvil』には、まだ3歳のころの愛娘の姿が描写されています。その娘も今年10歳、メルヴィル自身がルイス監督の『海賊の町』でデビュー、母親のもとを離れお世辞にも簡単とは言えないミステリアスな少年を見事に演じたときと同じ齢になっていたのです。

娘さんは父の思いがこめられたこの本に、どんな感想を持ったのでしょう。

メルヴィル:いや、娘は「ハリー・ポッターのほうがいい!」って、まだ読んでいないんだよ(笑)。

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ラウル・ルイス監督には「映画の詩学1、2」(未訳)という映画理論の著作もあり、「俳優は自分の中に3つの役柄を内包している」という独自のセオリーを持っていたといいます。

「俳優」メルヴィルの中に存在する、「主観」と「客観」、そして「動物的な本能」という3つの側面について、具体的に聞いてみました。

メルヴィル:「俳優」であるからには、まず、どこにカメラがあって、マイクはここにあって、光はこっちで、編集の際にはどういう風になるか、そういったすべてを把握する技術を身につけている、という自覚がある。

その次に求められるのは、「俳優」としてではなく、一人のキャラクターになりきってセリフを話すこと。つまり、自分とはまったく別の人物になる必要だよね。

そしてさらに、「前の日によく眠れたか」とか「コーヒーがおいしかったか」とか、自分自身のもっとフィジカルでインティメイトな部分というのも、実はすごく影響してくるんだ。つまり僕の中にはその3つが常に共存しているというわけ。

「ルイス監督の仕事で一番素晴らしいのは『今現在、何が起こっているか』ということに常にアンテナが張り巡らされていることだった」と語るメルヴィル。そんな監督のもと、その場の環境に身をおいて、リラックスした状態で役に臨むという、彼なりのセオリーを確立したようです。

メルヴィルは「俳優」という仕事について、「役者にはいろんなアイデンティティーをもてるというラッキーなところがある。役に合わせて少し自分が変わることもあれば、自分の中のものを役柄に差し出してその役柄を豊かにしていく方向性もある。自分の感情に対しては、奥のほうにある感情を取り出してくる、非常にインティメイトな作業が必要で、人間ってどんなものだろう?と探る人類学に似ている。役柄のほうに近づいて、どうしてこの人物はこういうセリフを言うんだろう?と考えながら演じる作業は、どこか「人類学者」のようだ」と発言していました。

フランソワ・オゾン監督の『僕を葬る』では、余命3カ月と宣告されるゲイのカメラマンに扮しています。

メルヴィル:『僕を葬る』の撮影を終えた時は、再生したような、生き返ったような心境だった。実際、すごく痩せたしね。「新しい自分に生まれ変わりたい」という思いがあったんだ。自分にとっても一皮向けたような体験だった。作品ごとにその役になりきって、またその役を脱いで次の役になる。そういう意味ではミュータントみたいな気分だ。僕自身のアイデンティティーも、固定されたものではなく液体のような感じかな。だからこんなにお酒が好きなのかもしれないね(笑)

そう自ら語るように、今回いくつかのティーチインでは、時にビールでのどを潤しながら、上機嫌でなめらかに語る姿が印象に残りました。

また、今年のカンヌ国際映画祭で上映され非常に高い評価を受けたグザヴィエ・ドラン監督の新作『Laurence Anyways(原題)』では女装姿に挑戦しています。

メルヴィル自身とは異なるセクシャリティを演じてみて、「人類学的」に学んだのはどんなことだったのでしょう。

メルヴィル:僕にとって、役で女装をすることは、感覚的にはカウボーイの衣装を着るのとなんら変わりはないんだ。別の人物を演じているという意味ではね。ただ、まわりの人が僕を見る目つきが違うなっていうのを感じて動揺したりはしたかな。女性の中でも僕の女装に興味津々の人がいて、あの人はレズビアンなのかな?とか思ったり。ゲイの男性の間でも「メルヴィルもイケるなぁ」って思われていたみたいだしね(笑)。まぁ、いずれにせよちょっとへヴィな体験ではあったよ。

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「自分にはまわりで起こっていることの証言者みたいなところがある」というメルヴィルは、映画の出演本数は多いものの「どこか逆説的な面があって、どちらかというと有名になるために王道を歩むというよりは、映画作りの現場に参加したい、との思いで役者を続けてきた」といいます。

「役者というのは自分では役を選べない。誰かが誘いに来てくれるのを待つ「蠅取り紙」みたいな面もある」という独特な表現も。

一方、ゾエ・カサヴェテス監督の『ブロークン・イングリッシュ』では、他の作家主義的な作品と少し毛色がちがって、メルヴィルの外見の格好よさが、1つのポイントになっています。出演に至った経緯を聞いてみました。

メルヴィル:確かに『ブロークン・イングリッシュ』で演じたジュリアンは、まさに「フレンチ・ラバー」としてのステレオタイプな役どころではあるよね。すごくロマンチックな内容だし。でもこれはゾエの実体験に基づいたすごく個人的な作品なんだ。もともとゾエと僕は仲良しで、(ゾエの母親の)ジーナ・ローランズも出演していたから、自分もすごく魅力的なカサヴェテス・ファミリーの一員になれたような気分だったよ。

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幼少の頃から類稀なる美貌に恵まれたメルヴィル。撮影現場でも「まわりは自分を人形のように可愛がってくれたから、写真を撮ったり、音楽を奏でたり、映画を撮影したりして、子どもながらに自分で自分を律していた」といいます。時として、その美しさが重荷になることもあったのでしょうか。

メルヴィル:う~ん、自分のことは、そんなにハンサムだとは思ってないんだ。だって、ルックスなんて常に変わっていくものだしね。パリの街を歩いていても、僕がメルヴィル・プポーだって気づかない人も沢山いる。でもそれは役者としてはすごくラッキーなことなんだよ。いろんな役が演じられるからね。役者にとって大切なのは、すぐさま有名になることではなくて、末永くキャリアを保つこと。年を重ねるにつれて演じる役柄も変わってくる。だから、エイジングに関しては全然気にしてないんだ。

その発言を裏付けるように、映画美学校で開催されたアクターズ・コース受講者向けのティーチインの中でも、「ルックスは常に進化していくもの。子役の頃の可愛さは次第に失われ、身体が成長するにつれ、自分の中にも違和感が生まれたりする。ルックスの変化をポジティブな自然の贈り物であると受け止め、その時々に与えられた役柄に接していくことが一番大切」と、同じく子役の経験をもつ俳優にアドバイスする場面もありました。

その一方で、こちらが思わずたじろぐほど、思いがけない答えが!

メルヴィル:でももう少し成熟した男性になっていきたいかな。女性のパートナーに対する趣味も変わってきたから(笑)。『Laurence Anyways』で自分が40歳の女性っぽい役を演じたこともあって、僕の好みもアラフォー女性に近づいた気がするよ。そもそも僕のファンは、そんなに若い女性というわけでもないからね(笑)。

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最後に、ラウル・ルイス監督がメルヴィルを11作品にわたって起用しつづけた理由について、メルヴィル自身はどう感じていたのか聞いてみました。

メルヴィル:ルイス監督にとって幼少時代というのが1つのキーワードになってるんだ。ルイス監督には子どももいなかったし、ある意味、僕は「理想の息子」みたいな存在だったんじゃないかな。だって、ルイス監督が一日中僕を肩車してなきゃいけないわけじゃなかったからね(笑)。

「ラウル・ルイス監督も、こんなに沢山の方が会場に集まっているのを知ったらとても誇りに思うだろう」

今回の滞在中、こう何度も発言し、まさしくルイス監督の「映画の息子(シネ=フィス)」という言葉通り、ルイス監督の魂とともにあるかのようだったメルヴィル。

ラウル・ルイス監督への愛に満ちた言動の数々が、今でも深く印象に残っています。

メルヴィル:今回は京都で少し自由な時間を持てたので古い町並みを自転車で走ったり、いくつものトークショーで日本の映画ファンと親密度も高められたりして、とても充実した旅だったよ。すぐにまた帰ってきたいと心から思っているよ!

Melvil Poupaud © 2012 by Peter Brune
Melvil Poupaud © 2012 by Peter Brune

「シャイで内気な少年だった」というのが嘘のように、頭脳明晰なメルヴィルは、時にユーモアをはさみながら、よどみなく質問に答え、自身のニコンのカメラで会場の観客やインタビュアーを撮影するといったクリエイティブな横顔も披露。

「人間は役者でなくとも誰しもがごく自然に演技をしている状態だ」というメルヴィルの持論に納得させられるように、来日中に垣間見たどの場面を切り取っても「俳優」メルヴィルの一面がにじみ出てくるようでした。

良い役者であるためのキーワードは「経験をできるだけ蓄積すること」。そう語るメルヴィルにとって、今回の日本滞在は、きっとあらたなアドベンチャーの始まりとなることでしょう。
 

『ミステリーズ 運命のリスボン』

秘密と謎が魅惑的に、そしてミステリアスに交差する。夢のような世界へようこそ。

19世紀前半、激動のヨーロッパ。主人公はリスボンの寄宿舎に身を置く孤児の少年ジョアンと、彼の出生の秘密を解き明かすキーパーソン、ディニス神父。そして、謎解きのように物語は幕を開ける。因習に囚われる老貴族、異国から来た成り上がり者、過去の愛に生きる修道士、嫉妬に駆られる公爵夫人…。やがて情熱や欲望、嫉妬や復讐に駆られた無数の男女たちの人生を巻き込みながら、ミステリアスでドラマティックなエピソードがパッチワークのように紡がれていく。ポルトガル、フランス、イタリア、そしてブラジル。目も眩むスケールの舞台装置で過去と現在を行き来しながら、登場人物たちが胸に秘める“秘密”は思いもよらない形で、別の“秘密”と交差していき、やがて謎に満ちた壮大な運命のパズルは、驚きの結末へと向かう……。

監督:ラウル・ルイス 
製作:パウロ・ブランコ 
脚本:カルルシュ・サブガ 
原作:カミロ・カステロ・ブランコ 
[キャスト]
ディニス神父/アドリアヌ・ルーシュ
アンジュラ・ド・リマ/マリア・ジュアン・バストゥシュ
アルベルト・デ・マガリャンエス/リカルド・ペレイラ 
エリーズ・ド・モンフォール/クロチルド・エム 
ペドロ・ダ・シルヴァ/アフンス・ピメンテウ 
ペドロ・ダ・シルヴァ/ジュアン・ルイーシュ・アライシュ
サンタ・バルバラ伯爵/アルバヌ・ジェロニム
ペドロ・ダ・シルヴァ医師/ジュアン・パプティスタ
セバスティアン・ド・メル/マルタン・ロワジヨン 
ブノワ・ド・モンフォール/ジュリアン・アリュゲット
モンテゼロス侯爵/フイ・モリソン
エウジェニア/ジュアナ・ド・ヴェローナ
アルヴァロ・デ・アルブケルケ医師/カルロト・コッタ
ヴィゾ伯爵夫人/マリア・ジュアン・ピニョ
バウタザル神父/ジュゼ・マヌエル・ムェンドシュ
[特別出演]
ブランシュ・ド・モンフォール/レア・セイドゥ
エルネスト・ラクローズ連隊長/メルヴィル・プポー
アルマニャク子爵/マリク・ジディ
アルファレラ侯爵夫人/マルガリダ・ヴィラノヴァ
ペナコヴァ伯爵夫人/ソフィア・アパリシオ
アロザ伯爵夫人/カタリーナ・ワレンシュタイン

2010年/ポルトガル・フランス/ポルトガル語・フランス語・英語/デジタル/ドルビー5.1ch/ハイビジョン/カラー/267分

10月13日(土)〜11月30日(金)シネスイッチ銀座にてロードショー、全国順次公開