飲みそこねた一杯からはじまる
『コーヒーをめぐる冒険』

(2014.03.11)
映画『コーヒーをめぐる冒険』より。「忙しいから」と朝のコーヒーを断ったのが災いしたのか、なかなか一杯にありつけないニコ(トム・シリング)の一日。
映画『コーヒーをめぐる冒険』より。「忙しいから」と朝のコーヒーを断ったのが災いしたのか、なかなか一杯にありつけないニコ(トム・シリング)の一日。
コーヒーを飲みそこねたから
こんなにうまくいかないの?

スペシャルティコーヒーのブームに沸く東京ではおいしいコーヒーを飲める機会が断然増えましたが、こちらはカフェの都 ドイツ・ベルリンを舞台に青年 ニコがコーヒーを飲みたくても飲めない、うまく行かない1日を描いた作品です。

朝の明るい日差しが向こうから差し込み、ベッドの上に横たわったガールフレンドが「コーヒー入れる?」と言ってくれたのに「忙しいから」とつれない返事をしたニコ。それがいけなかったのか、ずっと災難つづき。家を引っ越して、忘れそうだった運転免許の適正試験に行きます、しかし質問責めにあって不合格、飲酒が原因で取り上げられた免許は返してもらえません。そのあとATMでお金を引き出そうとします、しかしカードがマシンに飲み込まれてお金が引き出せません。友人で自称俳優のマッツェとカフェに行ってコーヒーを注文します、しかしコーヒーマシンが故障中でミネラルウォーターを飲むことに。……なにひとつうまく行かないニコの1日を淡々と、美しいモノクロームの映像と、クールすぎないジャズにのせて追います。


俳優の友人マッツェ(マルク・ホーゼマン)と入ったカフェではなんとコーヒーマシンが故障中。でもそこで出会ったカワイイ女の子は、中学時代の同級生ユリカ(フリデリーケ・ケンプター)。

それほどじゃないけれど
少しだけヘンな人たちのオンパレード。

ついてないニコは、その日様々な人物に遭遇します。それらの人々は、見るからにおかしい、クレージーというわけではないのですが、なぜかちょっとヘン。「飲酒運転はなぜいけないと思う?」と常識的な質問をしたかと思うと「彼女はいる?」と免許とは関係なさそうな質問をしてくる検査員。普通のコーヒーをください、と注文してもコーヒーの産地や味を嬉々として説明するカフェの店員。ただの世間話さえも芝居がかってしまってなんだか会話に心がない俳優……。ああ、こんな人たち、いるかもしれない。現実というものは、突拍子もない人物や事件というのは少なくて、ほんの少しだけヘンな人たちや事件に溢れている。それが日常なのかも、と思えてくるのです。

そんな少しだけヘンな人々に出会いながら「いつも何か違和感がある」とところどころで語っているニコは、コーヒーを求めてもなかなか与えられません。その小さな不幸の連続がただの徒労に終わらないところがこの作品の魅力です。ニコが歩くのは歴史と革新が混在するベルリンの中でも、アーティストやギャラリーが多く集まる地域 ミッテ地区。その現在の空気を伝えながら、東西が分断されることになったドイツ、ベルリンの過去の大きな不幸を伝えるエピソードが淡々と、時にシニカルに語られるからでしょう。

実は世の中は上手く行くことよりしっくり来ないことの方が多い……と感じたことのある人に見て欲しい作品です。


マッツェと同業の友人(アルント・クラヴィッター)の撮影現場をたずねるニコ。メイク中に会話しようとするとメイクさんの髪がちょっと邪魔。日常の小さな「よくあること」がなぜか笑いを誘う。

『コーヒーをめぐる冒険』
 渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

監督・脚本:ヤン・オーレ・ゲルスター
音楽:ザ・メジャー・マイナーズ、シェリリン・マクニール
出演:トム・シリング、マルク・ホーゼマン、フリデリーケ・ケンプターほか
原題:OH BOY
日本語字幕:吉川美奈子
2012年 / ドイツ / 85分 / ドイツ語 / モノクロ

協力:Goethe-Insutitut Tokyo東京ドイツ文化センター
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル
宣伝協力:Lem
© 2012 Schiwago Film GmbH, ChromosomFilmproduktion, HR, arte All rights reserved
 

2013年バイエルン映画賞 男優賞・脚本賞
2012年ミュンヘン映画祭 「新しいドイツ映画 奨励賞」最優秀脚本賞
2013年ヨーロッパ映画賞 作品賞・男優賞・ディスカバリー賞・観客賞ノミネート
2012年ブラティスラヴァ国際映画祭 監督賞
2013年ドイツ映画批評家賞 新人監督賞・音楽賞
2012年オルデンブルク映画祭 作品賞・シーモアカッセル賞(トム・シリング)・観客賞
2012年タリンブラックナイト映画祭 レッドへリング賞・観客賞
2013年ドイツ新人賞 新人監督賞