ダルデンヌ兄弟が示した、新しい
親と子のかたち『少年と自転車』

(2012.03.26)

明るい印象のダルデンヌ作品

撮る作品ごとに高い評価を受けているダルデンヌ兄弟。カンヌ国際映画祭ではパルムドールや主演男優賞などの主要部門を5作品連続で受賞。今回の『少年と自転車』ではグランプリを獲得しています。彼らがいつも作品で取り上げるのは、社会的に困難を抱えている人たち。たとえば『ある子供』に登場するのは、遊ぶお金のために、ためらいなく自分の子どもを売ってしまう少年。『ロルナの祈り』に登場する不法滞在の女性は、国籍取得のために偽装結婚をし、闇の世界から抜けられなくなる。作品ごとに、社会に存在する厳しい現実を描きます。

人間の弱さや世の不条理をすくいとる視点が素晴らしい!と思ういっぽうで、観終わってからしばらくは、重たい気持ちになってしまうのも事実。そんなイメージからちょっと身構えて観た最新作『少年と自転車』。相変わらず厳しい現実を取り上げてはいるものの、作風変わった?と思うほど、明るく爽やかな印象が残る作品でした。

主人公は、父親に預けられて児童養護施設で暮らす11歳の少年シリル。彼は、父親に会うために施設を抜け出し、かつて一緒に住んでいた部屋を訪れるのですが、部屋はすでに引き払われ、父が買ってくれた自転車もそこにはなくて。ショックを受けて取り乱すシリルが偶然出会ったのがサマンサという女性。彼女は後日、自転車を探し出してくれ、それをきっかけにシリルは、彼女の経営する美容院で週末を過ごすようになります。

必死に父親探しを続けるシリルに根気強く付き合うサマンサ。ふたりはようやく父親の働くレストランを見つけるのですが……。

親を求めずにいられない子どもの哀しい性と、それを救うサマンサという存在

感情表現やセリフの少ないシリル。でも、細やかな描写から父親に対する思いが伝わってきます。父の厨房では鍋をかき混ぜるのを手伝って、自分は役に立つんだとアピール。あるきっかけでお金を手にしたときも、向かうのは父のところ。どうにかして捨てられまいと必死になる様子は痛々しくて。親を求めずにはいられない子どもの哀しい性に胸が締め付けられます。

そのいっぽうで温かい気持ちにさせるのが、大きな愛情でシリルを支えるサマンサの存在。その行動は中途半端な善意や憐れみの気持ちからでないことがわかります。たとえば、シリルばかり優先させることに腹を立てた恋人に「俺とこの子とどっちを取るんだ」と詰め寄られたときのサマンサの態度の鮮やかなこと! 血のつながりがなくても、親のように子どもを守り支えることはできるのかも……。彼女の言動からはそんな希望が感じられるのです。

タイトルにもなっている「自転車」は、物語の重要な鍵。いくつものエピソードがこの自転車をきっかけに始まります。いつも何かから逃れるように全力で自転車を走らせていたシリルが、サマンサと並んでゆっくり走るシーンがあって。ふたりの距離感に、とても感慨深い気持ちになりました。シリルの赤いTシャツやキラキラとした夏の日差しなど、画面の色使いが明るくきれいだったのも印象的です。

ラスト数分前、ちょっとした事件に緊張感が走ります。監督の人間観察の鋭さを感じるシーンであり、シリルの本心を確信するシーンでもあり。ダルデンヌ兄弟からの小さな教訓とメッセージが込められているような気がします。

少年と自転車

監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:セシル・ドゥ・フランス、トマ・ドレ、ジェレミー・レニエ
2011/ベルギー・フランス・イタリア合作/87分/カラー/ドルビーSRD/配給:ビターズエンド
3月31日から、Bunkamura ル・シネマほか全国順次ロードショー