セクシュアリティとジェンダーの間で揺れる愛の行方『わたしはロランス』

(2013.09.11)

演技派メルヴィル・プポーの
新たなる挑戦。

 昨年の『フランス映画祭2012』での来日も記憶に新しい、フランスの実力派俳優メルヴィル・プポー。ラウル・ルイス監督をはじめ、ジャック・ドワイヨン、エリック・ロメール、フランソワ・オゾン、アルノー・デプレシャンといった、作家性の高い監督と好んでタッグを組み、来日時のインタビューでも「才能溢れる監督と出会うことが役者としてのモットー」であると語っていました。

 そんなメルヴィルが主演を務める映画『わたしはロランス』は、現在24歳の若き俊英グザヴィエ・ドラン監督の3作目にして、「女になりたい男」の10年にわたる愛と人生を描いた衝撃作。『ぼくを葬る』(’05)でゲイを演じたこともあるメルヴィルが、本作で女装に挑んだ感想を伺ったところ、「感覚的にはカウボーイの衣装を着るのとなんら変わりはない」としながらも「ちょっとへヴィな体験だった」と話すのを聞いただけで、一体どんな作品に仕上がっているのかとても興味を惹かれ、今か今かと公開を待ち望むこと早1年。ついに、今年の『フランス映画祭2013』でお披露目となり、これまで見たことのなかったメルヴィルの新たな姿に目を見張りました。


稀代のイケメンにして演技派 メルヴィル・プポーがトランス・セクシュアルの役に挑む。


ポスト・フランソワ・オゾンと期待される新星、グザヴィエ・ドラン監督。

繊細に、情熱的に
ロランス・アリアの鮮やかな生き様を表現。

物語はモントリオールに暮らす国語教師ロランスが35歳の誕生日を機に、女性になりたいという願望を、同棲中の恋人 フレッドはじめ職場や家族にカミングアウトすることから始まります。周囲は動揺を隠せませんが、フレッドは「以前と変わらず愛している」と語るロランスの言葉に混乱しながらも、彼の願望の実現をサポート、偏見や抑圧と戦っていきます。ロランスとフレッドの愛は、ジェンダーの壁を乗り越えられるのか。ふたりのラブストーリーを中心に、周囲はロランスの変化をどう受けとめていくのかをも描きます。

自らのセクシュアリティとジェンダーの狭間で揺れ動くロランスの繊細な心の動きを、仕草や口調、視線の動かし方で見事に表現したメルヴィルの役者としての力量に改めて感服させられるとともに、スクリーンに映し出された、ロランス・アリアの鮮やかな生き様に、激しく胸を打たれます。そして、愛するパートナーの突然の告白に戸惑いながら、一番の理解者でありたいと葛藤するフレッドを情熱的に演じたスザンヌ・クレマン、さらに、息子の変化を目の当たりにしながらも、常に女であり続けるクールな母を、圧倒的な存在感で見せつけるベテラン女優のナタリー・バイ。そんな3人が織り成す、切なく激しい感情のもつれを、卓越した色彩感覚とこだわり抜いたカメラワーク、物語にリンクした歌詞の曲を入れ込む音楽のセンスで、ドラン監督が変幻自在に操って、2時間48分のスタイリッシュな絵巻物に仕上げているのです。


35歳の誕生日を迎えたロランス(メルヴィル・プポー)は、抑え続けてきた願望 女性になりたいことをカミングアウト。


恋人のフレッド(スザンヌ・クレマン)はとまどうが、女性もののウィッグを用意、女性用の服を着ることを促し、プラクティカルにも精神的にもロランスをサポート。 

ロランスの家族と「ファイブ・ローゼス」
それぞれが象徴するもの。

傷を負い、無防備な泣き顔をさらして母にすがりつく気弱なロランスと、救世主のように現われた「ファイブ・ローゼス」の前で安らぐロランスを、確かな演技で演じわけるメルヴィル・プポー。常にロランスを気にかけながらも、あくまで凛とした態度を貫く母ジュリエンヌの強さと、自由であるために孤独を受け入れ底抜けに明るく振舞う「ファイブ・ローゼス」たちのやさしさによって、一人の人間としてロランス・アリアが成熟していく過程を見事に体現しています。


女性へ転身したロランスは同じ宿命を持った先輩たち、「ファイブ・ローゼス」の面々に出会う。

母(ナタリー・バイ)は弱気なロランスに「女じゃなくバカになった?」と突き放す。「ずっと娘の様な気がしてた」とも。

互いにどうしようもなく惹かれ合いながら、一緒にいると傷つけることしかできない二人の、記憶と時間の落とし前のつけ方を、ほとばしる情熱とともに観るものに突きつける、グザヴィエ・ドラン監督作品『わたしはロランス』。

かつて複雑に絡まり合い、ハサミで立ち切って置き去りにした感情の糸くずが、色鮮やかな洋服とともに、突風に舞い、スローモーションでほどけて消えていく。中盤のこのシーンが、鮮烈にすべてを物語る映画です。

『わたしはロランス』
新宿シネマカリテほか全国順次公開中

監督:グザヴィエ・ドラン
出演:メルヴィル・プポー、スザンヌ・クレマン、ナタリー・バイ
2012年 / 168分 / カナダ=フランス / 1.33:1 / カラー
原題:Laurence Anyways