ゴージャスな『キャロル』誕生。 今の時代だからこそ再評価したい、ハイスミスの原作を忠実に映画化。

(2016.02.11)
惹かれあうキャロルとマーラの出会いは、NYアッパーミドルが集まる有名デパートで。それぞれの人生の分岐点となるのですが、かたやサンタ帽の売り子、かたやミンクを羽織る人妻。出会ってしまったふたりに、胸がしめつけられそう。© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED
惹かれあうキャロルとマーラの出会いは、NYアッパーミドルが集まる有名デパートで。それぞれの人生の分岐点となるのですが、かたやサンタ帽の売り子、かたやミンクを羽織る人妻。出会ってしまったふたりに、胸がしめつけられそう。© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED
今年のアカデミー賞候補となった作品の中でも、もっともゴージャスで、注目すべき作品『キャロル』。パトリシア・ハイスミスの小説を原作とし、1950年代のニューヨークを背景にキャロルとテレーズという二人の女性の出会いからその人生の変貌を描いています。
アカデミー賞主演・助演女優賞ダブル受賞か?

謎多き美しい女(ひと)キャロル・ベアドに扮するのはケイト・ブランシェット。ウディ・アレン監督『ブルージャスミン』で2013年アカデミー賞主演女優賞を獲得したことは記憶に新しく、相次いで本作品で主演女優賞ノミネートはまさに快挙。2度目の受賞なるかはファンならずとも胸がざわつく思いです。

へインズ監督とは2007年の『アイム・ノット・ゼア』以来二度目の顔合わせ。なんとあのボブ・ディランとなっての名演技でヴェネチア映画祭女優賞を獲得しました。そう思い出せば、彼女のカリスマ的魅力や男前の説得力が今回の『キャロル』の役どころにも繋がっていると言えそうです。

加えて、キャロルへの憧れを募らせる美少女テレーズ・ベリヴェットを演じるルーニー・マーラも本作品で助演女優賞にノミネートされています。昨年のカンヌ映画祭ではブランシェットを差し置いていち早く女優賞を獲得しているのですから、頼もしい。

ふたりがアカデミー賞主演と助演女優賞受賞の予感も色濃く、日本での公開後からアカデミー賞発表までの日々はハラハラ、ワクワクの至福の時となるでしょう。

この作品『キャロル』に醸し出されるロマンチシズムとノーブルなエロティシズムは、原作者パトリシア・ハイスミスの格調高い作品作りに裏打ちされているからこそです。作者自身の体験から発想され、生み出された物語であるところも興味を惹かれます。女性同士の美しい純愛の世界には、観る者もめくるめく惑わせられることは必至です。

 
薄いグレーの瞳なのに強烈な目力があり、本物のブロンドである証しには、眉までブロンド。という美女を演じるブランシェット。2度目のオスカーとなるか注目。© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED
薄いグレーの瞳なのに強烈な目力があり、本物のブロンドである証しには、眉までブロンド。という美女を演じるブランシェット。2度目のオスカーとなるか注目。© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED
P・ハイスミスのゴージャスなジェンダー作品

ハイスミスはヒッチコックが映画化権を取得した『見知らぬ乗客』で一挙に注目され、その後同じく大ヒット映画として知られる『太陽がいっぱい』の原作『リプリー』などで時代の寵児となりました。その間『キャロル(原題 The Price of Salt)』を生み出します。しかし、テーマ性が他の話題作となった作品とは違うことや、1920年代でジェンダーを扱うことが容易くなかったことなどで、作者名を別名のクレア・モーガンで出版。結果的には100万部のベストセラーとなり、多くの女性の共感を得たと言います。ハイスミス名で出版されたのは90年代に入ってからやっというのですから驚きです。

日本でも翻訳されずに埋もれていた作品でしたが、『キャロル』公開を機に翻訳出版が叶いました。相変わらずの筆致と彼女独特の美意識が文章から溢れ出て魅了されてしまいます。

ハイスミス自身、創作活動の傍らアルバイトでNYのアッパーミドル御用達のデパートでアルバイト店員としてクリスマス商戦で奮闘。そんな時に目の覚めるような衝撃的に美しいブロンドの大人の女性に釘付けになったと言います。それがこの小説のヒントになったということです。

それまでのすべての価値観を捨て、キャロルのような女性に成りたいという憧れの気持ちが恋に変わる。そんなテレーズの好奇心と戸惑いが、彼女を大人にしていきます。

原作者ハイスミスの若かりし頃の美貌を髣髴とさせるマーラは、キャロルにあこがれる美少女テレーズ役にぴったり。本作で第68回カンヌ国際映画祭優賞を受賞しています。© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED
原作者ハイスミスの若かりし頃の美貌を髣髴とさせるマーラは、キャロルにあこがれる美少女テレーズ役にぴったり。本作で第68回カンヌ国際映画祭女優賞を受賞しています。© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED
 
50年代の佳きアメリカの音や光がみごとに描かれる

一方、夫に失望した人妻のキャロルは最初のうちはテレーズをからかうつもりで誘っていましたが、いつしか彼女こそが自分にとっての天使であると、愛するようになっていく。そして男性絶対の社会からの飛翔をめざすまでになっていくのです。テレーズとキャロル、二人の女性の人生の変貌を描いて巧みな愛の物語です。

ストーリーだけでなくディテールが秀逸なのがハイスミスの真骨頂で、原作は実に細かな描写が際立ちます。例えば、ブロンドであることがその女性の価値と人生を決めてしまうような時代に、「(キャロルは)眉毛まで本物のブロンドだった」というような表現が忘れられません。

またキャロルとテレーズ、50年代のクラスの違う女性の描き方が素晴らしいのですが、女性の書き分けは映像にした場合ともすると女優の地が演技に勝り台無しになってしまいがち。その点、トッド・へインズ監督の力量は並外れていて演出が実に巧みです。

また原作では、NYやキャロルの住まう瀟洒な家や車。クリスマスの装飾などなど、世界大戦に勝利し繁栄する50年代の佳きアメリカの象徴が登場します。かたちだけでなく音や光でも眩いほどに描かれています。それらひとつひとつこだわって映像化している繊細さもへインズ監督ならではでしょう。原作を損なう映画が多い中、忠実に再現しています。

そんな彼を起用したのは、プロデユーサーや衣装デザイナーの女性たちと、主演のブランシェットだったそうです。当時タブーとされた女性同士の愛の世界を描いたこの原作を、今の時代だからこそ再評価し映画化したいという熱い想いが伝わります。

ハイスミスは、すでに亡くなり21年が経ちますが、原作を尊重してていねいに再現したへインズ監督が生み出す映像は、ジェンダーに理解も深まる今の時代の中で、女性にとっても、男性にとってもどのように輝き響くのか、反響が楽しみです。

『キャロル』
2016年2月11日(木・祝)より、全国ロードショー

出演:ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ、皿・ポールソン、カイル・チャンドラー、ジェイク・レイシー、
監督:トッド・ヘインズ
脚本:フィリス・ナジー
撮影:エド・ラックマン
製作:エリザベス・カールセン
衣装:サンディ・パウエル
美術:ジュディ・ベッカー
音楽:カーター・バウエル
音楽監修:ランドール・ポスター
原題:CAROL
配給:ファントム・フィルム

© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED