モントリオール世界映画祭で快挙! 映画『悪人』遂に公開。

(2010.09.10)

日本時間の9月7日午前に発表された第34回モントリオール世界映画祭で、深津絵里が見事最優秀女優賞に輝き、今話題騒然の映画『悪人』。芥川賞作家である吉田修一のベストセラー小説を、『フラガール』で国内の賞を総舐めした李相日監督が、妻夫木聡を主演に迎えて映画化した本作は、9月11日(土)の日本公開を控え、ただならぬ熱狂を予感させてくれます。

この作品の成功の鍵は、なんといっても原作者である吉田修一が李監督とタッグを組んで脚本を手がけている点。本来制作サイドからすれば、原作者が全面的に関わるとやりにくいことも多いはずですが、映画『悪人』においては、小説と映画とのそれぞれの表現方法の違いを念頭におきつつも、根底には同じ空気が流れている、という奇跡的なコラボレーションが誕生したのです。

というのも、私は最初に原作を読んでから映画を観ましたが、鑑賞後に改めて読み直すまで、原作のどのあたりが変わっていたのか、ほとんど違和感を覚えないほど、登場人物やエピソードを絞ったりカットしたりしていても、そこから受ける印象にブレがありません。これは原作の映画化において、一番理想的といえる関係です。

原作を読んで出演を切望したという妻夫木聡が、髪を金髪に染めて挑んだ初の悪役は、妻夫木自ら「役に成りきる」ではなく「役になる」と表現しているように、これまでの爽やかなイメージを一新するのに十分すぎる強烈なインパクトを観客に与え、清水祐一そのものとしてスクリーンの中に存在しています。

かたや、佐賀の国道沿いの紳士服量販店で働く深津絵里演じる馬込光代が、出会い系サイトを通じ、土木作業員の祐一と孤独な魂が互いに呼び合うかのように恋に落ち、アパートと職場を往復するだけの単調な日々から一転、彼が殺人犯であると知った後も、救いのない逃避行に生きがいを求め変貌を遂げてゆく姿には、凛とした佇まいの奥に秘められた情念が溢れています。

「本気で誰かと出逢いたかったとよ。」という光代の告白は、傷付いた祐一ばかりでなく、同じように孤独を知る者の心をも震わせるに違いありません。

最愛の娘を失った父佳男(柄本明)が「あんた、大切な人はおるね? その人の幸せな様子を思うだけで、自分まで嬉しくなってくるような人は。今の世の中、大切な人もおらん人間が多すぎる……」と吐き出す苦悩と、容赦のないマスコミの取材攻勢に追いつめられる、祐一の祖母房枝(樹木希林)の動揺。

監督が思い描く確固たるイメージを、役者を介してここまで伝え切ることができる作品が今の日本にも存在し得ることに深い悦びを感じました。また、「悪人」の本当の意味を考えさせられてしまいます。

たとえどんな理不尽な理由からであっても、憎しみの感情を表出させ、何らかの手を下そうとすることは「悪」であるということ。そして、それが間違いであることに気付かされるのも、また他者によってである、という真理。彼らの生き様を通して目の当たりにし、現実世界でも被害者と加害者の関係性は表裏一体であることを痛感しました。

今や日本映画に欠かすことの出来ない名作曲家である久石譲が手掛ける重厚感溢れる音楽と、祐一と光代の二人のよすがとも言える灯台の明かりを想起させるエンドクレジットがもたらす余韻。

映画を見てから既に幾日かが経ちますが、いまだに日常のふとした瞬間、まるで古い友人を思い出すかのように、この登場人物たちの姿が頭を過ります。

モントリオールでの受賞の際「この賞は『悪人』という作品を作ったすべてのスタッフにいただいた賞だと思っています。」と深津絵里がコメントしていることからもわかるように、スタッフ・キャストが抜群のチームワークで臨んだ本作に、今後も国内外での受賞の期待がかかります。

李相日監督の粘り強い演出が冴え渡った映画『悪人』の世界にどっぷり浸かってみてください。

 

 

ストーリー 

土木作業員の清水祐一(妻夫木聡)は、長崎の外れのさびれた漁村で生まれ育ち、恋人も友人もなく、祖父母の面倒をみながら暮らしていた。車だけが趣味で、何が楽しくて生きているのかわからない青年。

佐賀の紳士服量販店に勤める馬込光代(深津絵里)は、妹と2人で暮らすアパートと職場の往復だけの退屈な毎日を送っていた。

「本気で誰かに出会いたかった…」
孤独な魂を抱えた2人は偶然出会い、刹那的な愛にその身を焦がす。しかし、祐一はたったひとつ光代に話していない秘密があった。彼は、連日ニュースを賑わせていた殺人事件の犯人だった……。

 

『悪人』

2010年9月11日(土)より TOHOシネマズ みゆき座 ほか全国順次ロードショー

主演:妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、樹木希林、柄本 明
監督:李 相日
脚本:吉田修一、李 相日
音楽:久石 譲

モントリオール世界映画祭 最優秀女優賞受賞作品

©2010「悪人」製作委員会