『黄金のアデーレ 名画の帰還』サイモン・カーティス監督日常を描くことにより、戦争が奪ったものの大きさをじわりと伝える。

(2015.11.27)
戦禍でナチスに奪われてしまったクリムトの名画「黄金のアデーレ」。モデルであったアデーレの姪 マリア・アルトマンの実話を元に映画化。
戦禍でナチスに奪われたクリムトの名画「黄金のアデーレ」。モデルであったアデーレの姪 マリア・アルトマンの実話を元に映画化。
ヘレン・ミレン主演『黄金のアデーレ 名画の帰還』。グスタフ・クリムトの名画「黄金のアデーレ」と、そのモデルであったアデーレを叔母に持つ女性 マリアの波乱な運命を描いた作品です。『東京国際映画祭2015』での特別上映に合わせて来日したサイモン・カーティス監督にお話をうかがいました。
日常のディテール細かく描くことにより、
失われたものの大きさを伝える。

ー映画ではクリムトの名画「黄金のアデーレ」(『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像』1097年)のモデルの姪で、戦後はアメリカで暮らしていた女性マリアが、戦禍でナチスに奪われてしまったが絵の本来の持ち主は自分である、返してほしいとオーストリア政府に対して返還審理を発議。その実話に基づき、絵を取り返すまでを描いています。劇中、収容所の凄惨な描写は皆無にもかかわらず、第二次世界大戦時下のオーストリアで迫害されたユダヤの人々の苦しみ、奪われたものの大きさ、悲しみがじわりと伝わってくる作品でした。涙なしに見ることは難しかったです。

サイモン・カーティス監督 この作品を世界中で上映し、人々の反応を見てきました。泣いてしまうのは、ここではナチスに追われたユダヤ人家庭について語っていますが、家族に別れを告げねばならないという状況はどんな人でもその悲しみ、苦しみを想像するのは難くないからではないでしょうか。もし自分に同じことが起ったらと。普遍的なことなのです。辛い場面だけでなく、お客さんから笑いが起こるシーンもあり、楽しいところもあるでしょう? エモーショナルなところも楽しいエンターテイメント性もある作品と捉えてもらえるとうれしいです。

19世紀初頭〜20世紀初頭のウィーン。「黄金のアデーレ」のモデル アデーレ・ブロッホ=バウワーは美しく聡明で、幼いマリアにとって自慢の叔母であった
19世紀初頭〜20世紀初頭のウィーン。「黄金のアデーレ」のモデル アデーレ・ブロッホ=バウワーは美しく聡明で、幼いマリアにとって自慢の叔母であった

ー確かにヘレン・ミレン演じる年齢を経てからのマリアのキャラクターはとても面白いです。しかし、回想シーンです。収容所での生々しい虐待や、血が流れたり人が傷めつけられるシーンではなく、アデーレ、そしてマリアの家族がいかに文化的に豊かに暮らしていたかが描かれます。クリムトに肖像画を依頼し、チェロを嗜み、読書を愛する。肖像画が置かれていた部屋の調度、暮らしていた瀟洒な家などのディテールの細かさが失われたものの大きさを伝える働きをしており、せつなくなりました。

サイモン・カーティス監督 あの時代の収容所やガス室を扱った映画はたくさんありましたが、ここでは教養ある家族……当時のウィーンのユダヤ人コミュニティを代表しているような家族です……彼らはある意味、オーストリア人以上にオーストラリア的があったのに、ひと晩でその生活は壊され奪われてしまうことを描いています。絵はそのシンボルだったと思うのです。

マリアの家に大切飾られていた肖像画はナチス・ドイツに没収されてしまう。
マリアの家に大切飾られていた肖像画はナチス・ドイツに没収されてしまう。
 
極めて20世紀的な生涯を送った女性、
マリア・アルトマン。

ー主人公のマリア・アルトマンは絵の返還を求めて、驚くべきことにオーストリア国家を相手取り訴訟を起こします。このマリアさんのドキュメンタリーを見たことが今回の企画のきっかけであるということですが、その事実のほかマリアさんのどのようなところに惹かれ、映画にしたいと思われたのでしょう?

サイモン・カーティス監督 彼女の人生は20世紀を代表するような生き方であると感じたからです。20世紀初頭のウィーンは世界都市、まさに文化の中心でした。その中でドイツ語を話し豊かな文化的背景の中で育った。非情な第二次世界大戦を経てアメリカに渡りアメリカ人として人生を作りなおして行きました。しかも彼女が暮らしたところはカリフォルニア、ハリウッドの近く。極めて20世紀的であると思います。

ー劇中アメリカに渡ってからのマリアをヘレン・ミレンさんが演じています。このマリアさん、洋品店を営むいつもおしゃれな装いの初老の女性なのですが歯に衣を着せぬ毒舌で思わず笑ってしまうセリフを連発します。毒舌は映画のトーンを明るくするための脚色でしょうか? 

サイモン・カーティス監督 マリアさんに関して調べる中で、残されたテープや、マリアさんの周辺人物に話を聞くと、まさにそういう人、だったのです。

ーマリアは青年弁護士のランディに訴訟審理への協力をお願いするもなかなか受けてもらえない。しびれを切らして「そんなにナイーヴだとこの先、生きていけないわよ」とランディに絶滅危惧宣告したり……。サバサバした魅力的な人物になっていました。

サイモン・カーティス監督 実際にお会いすることはかないませんでしたが、面白い人だったみたいですね。

マリアとランディは美術品返還審問会に審理を要請するも却下され、オーストラリア政府に対して訴訟を起こす。
マリアとランディは美術品返還審問会に審理を要請するも却下され、オーストラリア政府に対して訴訟を起こす。
 
演劇の世界から、映画監督へ。

ー監督の前作『マリリン 7日間の恋』も実在の女性 マリリン・モンローの知られざる一面を描いた作品でした。実在の女性を映画にするということにこだわりはありますか?

サイモン・カーティス監督 意図的にはありません。ストーリーを探して行ったらたまたま2作、女性が主人公のものが続いたまでです。

ー監督はもともと演劇の世界で活躍、テレビシリーズの監督から『マリリン 7日間の恋』で長編映画監督デビューされています。最近は映画表現の方に興味が向いているということでしょうか。

サイモン・カーティス監督 近年、映画監督がテレビ映画やシリーズを手掛けることが多くなってきていますから私はそれと逆を行っているわけです。(笑)一般的には映画監督の仕事の方がテレビドラマの監督より重きをおいて見られることが多いです。しかし、映画がテレビか、それはストーリーをいかに語るかに尽きると思います。それによってふさわしいものがあると思います。

■サイモン・カーティス監督プロフィール

Simon Curtis イギリス生まれ。映画『リトル・ヴォイス』の原作となった舞台『リトル・ヴォイスの栄光と挫折』の手掛けるなど舞台演出家としてロンドン、ニューヨークで活躍。その後TV映画やシリーズを監督する。2007〜09年放映の『クランフォード』は英国アカデミー、エミー賞を受賞。初の映画長編『マリリン 7日間の恋』(11)は主演のミシェル・ウィリアムグはゴールデン・グローブ賞はじめ12の映画賞で主演女優賞を獲得するに至った。

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若い頃からいつも舞台を創ることを夢見ていたというサイモン・カーティス監督。しかし自らステージに立つことは考えたことはないそう。「すぐに向いていないと気づいた」。この判断の速さは、インタビューにも現れており受け答えの速さはウィンブルドンの強豪選手のラリーさながら。
淡々としながらも決して冷たくないところは本作の主人公 マリアにも通じるところがあるのでは、
と観察しました。

『黄金のアデーレ 名画の帰還』
2015年11月27日(金)、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー
出演:ヘレン・ミレン、ライアン・レイノルズ、ダニエル・ブリュール、ケイティ・ホームズ、タチアナ・マスラニー、マックス・アイアンズ
監督:サイモン・カーティス 『マリリン 7日間の恋』
脚本:アレクシ・ケイ・キャンベル/ランディ・シェーンベルク/マリア・アルトマン
配給:ギャガ  
提供:ギャガ、カルチュア・パブリッシャーズ
原題:WOMAN IN GOLD
© THE WEINSTEIN COMPANY / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ORIGIN PICTURES (WOMAN IN GOLD) LIMITED 2015