ヴァレリー・ドンゼッリ&ジェレミー・エルカイム インタビュー 21世紀のヌーヴェルヴァーグ
『わたしたちの宣戦布告』。

(2012.09.10)

その名前の引力か、主人公のロミオとジュリエットは運命的な出会いをはたす。幸福に満ちた日々、愛し合うふたりはひとりの男の子を授かる。だが、息子が重病に犯されているということがわかり、平穏な日常に突如として大きな試練が立ちはだかる。「宣戦布告」、その言葉とともに運命を背負った若いふたりの“闘い”がはじまる。

2011年、カンヌ映画祭の批評家週間で上映された『わたしたちの宣戦布告』は、前作の『彼女は愛を我慢できない』を上回る好評を博しフランス本国では大ヒット・ロングラン、その年のアカデミー賞外国語映画部門にもノミネートされた。

実際に自分たちの子供にふりかかった難病とその克服。実人生をベースにした物語は強いリアリティを持ち、また、その映画づくりのスタンスは既成の枠組みに収まらないほど大胆で奔放。

かつてパリの『ラデュレ』で働いていた俳優志望の少女ヴァレリー・ドンゼッリと彼女を映画の世界へと導いたひとりの少年ジェレミー・エルカイム、彼らが自ら監督・主演を務め描くパーソナルな物語は、友人や家族、親子など、いくつもの人間関係を鮮やかに駆け抜けながら、子供の病という苦難に立ちむかうひと組のカップルの“闘い”を瑞々しく描き出していく。ロミオとジュリエット、ジェレミーとヴァレリー、彼ら“ふたり”のパーソナルな物語としてはじまった一本の映画は、いつしか“ふたり”の物語であることを越えて、“あなた”の物語でもあり、 “わたし”の物語でもある “わたしたち”の物語として、深い感動を呼び起こす。

闘病中もパーティに出かけるふたり
仕事をしながらアダムを育てるふたり
ヴァレリー・ドンゼッリとジェレミー・エルカイムに聞く

――自らの実体験を扱った本作ですが、こうした思い入れの強い大切なテーマを第二作目というタイミングで作品にしようと思ったのはなぜですか?

ヴァレリー・ドンゼッリ(以下V):今が絶好のタイミングだと直感的にわかったんです。撮影に入る2年前には息子のガブリエルの病気も治っていましたし、お世話になった病院の関係者との交友関係も続いていて、そのことは撮影に挑む上で大きな助けとなりました。(撮影は実際に彼らが受診した病院で行われた)当時の私たちは、様々な面で物語と非常に良い距離にいたんだと思います。この作品では、自分たちの物語を語ること以前に、カップルの愛、そして息子の病に対するふたりの闘いを描くことが重要でした。自分たちの経験というのは、むしろそこから引き出されていったものです。だから、物語との距離感は大切なポイントだったんです。もう少し遅かったら、私たちと物語との距離は離れてしまったかもしれません。

ジェレミー・エルカイム(以下J):この物語が僕たちにとってとても大切なものであることは間違いありません。でも、それは神秘的なものではないんです。たとえば、どこか特別な教会に行ったときに感じるような何かデリケートなものを扱う感覚とはまったく違います。 実体験に基づいているからといって、この作品に対して過敏になることはありませんでした。むしろそれとまったく反対に、このテーマが非常にパーソナルなものだからこそ、自由に製作ができたんです。コメディの要素を取り入れることも、脚色を施すこともすべて自由。自分たちがこうしたいと思った通りに作品を作ることできました。それはひとつの大きな可能性だったんです。だから、この題材を扱うにあたってもっと慎重になろうとしたり、地道に経験を積むのを待つことはなく、「今このテーマから何か生み出すことができる。ならすぐに取りかかろう!」というふうに、直感的に実行しました。

作品を振り返ってすべてのことが成功しているとは思いませんし、どこか不器用な部分もあります。でも、こうして自分たちの体験が一本の映画になったとき、そこには強いリアリティがあって、それはこうした直感に従ったおかげだと思います。

――積極的な形で物語に向かい合うことができたんですね。

V:そうです。たしかにガブリエルの病気がわかった当時は、その苦境に耐えているという状態でした。でも、俳優としてふたたびその出来事のなかに身を置き、そこから物語を紡ぎ出していくとき、私たちは当時の出来事に対してもう受け身ではなかったんです。少しも辛いことはなく、撮影はとても良い雰囲気のなかで進んで行きました。


またたく間に恋に落ちたふたり
私的な物語の先にある強い普遍性

――演出について聞かせてください。処女作の『彼女は愛を我慢できない』と今回の『わたしたちの宣戦布告』、両作ともボイス・オーバーが印象的に使われていますが、どちらも担当しているのは登場人物以外の人間です。なぜ、キャラクターとしては劇中に姿を現さない、いわば物語の外部にいる人物を採用するのですか?

V:それはまず、彼らの存在が単なるボイス・オーバーではなく「ナレーター(=物語る人)」だからです。『わたしたちの宣戦布告』の場合、ナレーターの存在は他のキャラクターたちよりもすこし高いところにいて、その効果で見ている人は目の前で起こっている出来事と一定の距離を保つことができます。これは作品の風通しを良くするためものでもあります。つまり、カップルや家族の関係性から離れ、外部から純粋にキャラクターを観察することができるようになるんです。

――物語自体がとてもパーソナルなものだからこそ、そこに外部から視点を加えることが重要だったんですねだったのでしょうか

V:そうです。

J:脚本を書いている段階で一番気にかけていたのは、どうすれば自分たちの体験をフィクションとして人々に伝えられのるかということです。ただ普遍的であろうとするだけではダメだし、逆に個別的なことを語るだけでも不十分。大切なのは両方のバランスをとることです。実際の経験とフィクションとの距離感、それがこの題材を映画化する上でもっとも重要なテーマでした。

V:この作品には、カップルや家族、仲間との連帯や病気との闘い、親子関係や世代間のギャップ、子供を持つ親として責任を負うこと等々、数多くのテーマが盛り込まれています。しかしこれらは、私たちの実体験であると同時に、多くの人にも通じる普遍的なテーマです。自分たちの些末な出来事を語るではなく、人々に響くより普遍的なものを語ること、それが私たちの課題だったんです。

でも、映画の面白いところは、これも、あれも、それもといってただ多くのことを語ろうとするだけでは、上手くいかないところです。

たとえば、映画作りはヴィネグレットソースを作るのに似ていると思うんです。つまり、食材もさることながら、それらをどうやって混ぜ合わせるかがとても大切。どんなに良い素材が集まっても、それを上手くシェイクできなければ美味しいソースは出来上がりません。ジェレミーをはじめ、俳優やスタッフたちが揃えてくれる様々な材料をベストなかたちにまとめるあげる、それが監督としての私の役割です。もとはバラバラな要素を少しずつかき混ぜていく。最初のうちはそれがどうやって混ぜ合わさるかわからない。でも、俳優、音楽、シーン、セリフ、その他すべての要素が上手く合わさったとき、そこには化学反応が起こり、思いもよらない作品が出来上がるんです。

J:実際、ヴァレリーはとても料理が上手なんだ(笑)


ふたりを支える家族や友人たち
絶妙な選曲センスと映画のリズム

――音楽といえば、前作と同様、今回も楽曲の組み合わせが非常に個性的で、素晴らしいサウンドトラックを構成していたと思います。それぞれの楽曲の選択にはご自身の好みが強く影響しているのでしょうか?

V:『彼女は愛を我慢できない』のときは、多くの曲を私が作詞・作曲しました。ジェレミーが聴かせてくれた曲を採用した場合もあります。ジェレミーは音楽が大好きで、色々な曲を勧めてくれるのですが、そうしたなかから私自身が新しい音楽と出会うこともありました。たとえば『彼女は愛を我慢できない』の原題”La Reine des Pommes”もリオ(ポルトガル出身のフレンチポップ歌手)の曲『La Reine des Pommes』からとったものです。『わたしたちの宣戦布告』では、状況がすこし異なっていて、音楽に関する作業は脚本を執筆している段階で行いました。音楽は作品のなかでエモーショナルな部分と呼応するものです。だから、シーンを触発するような音楽を選ぶと同時に、音楽の選択がシーンの構想を触発するというように、選曲作業は物語と音楽との相互関係のなかで進んでいきました。

J:『わたしたちの宣戦布告』は音楽的な作品になるだろうと思っていました。エモーションが生み出されるきっかけは知的な作業ではなく、直感的なものです。それは音楽に近いと思います。ですから、まずはそうした直感を信じました。でも、音楽と作品全体とのバランスも大切です。作品に合う良い音楽をみつけることはとても難しい。あえて音楽を使わないことで独特の魅力を持っている作品もありますが、多くの場合、映画にとって音楽は欠かせないものです。でも、音楽が印象に残りすぎると見ている人はそちらに気を取られてしまいます。自分たちが好きな楽曲と作品との相性を見極めること、それがとても大切なんです。

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――たしかにバリエーション豊富な選曲はどれも映像にマッチしていて、映画の展開に緩急を与えていました。ところで、お二人は以前フランスの媒体で『わたしたちの宣戦布告』では「アクション的な映画」を目指したかったと仰っていましたが、音楽のそうした使い方も「アクション的な映画」に関わるものでしょうか?

V:『彼女は愛を我慢できない』を撮ったあと、映像やリズムなど様々な点でそれまでとは違ったテイストの作品に挑戦したいと思っていました。「アクション的な映画」ということを話したとき、私が考えていたのは何かよりフィジカルなもののことでした。よりフィジカルな映画をイメージしていたんです。そんなとき、ジェレミーがスタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』を見るように勧めてくれたんですが、この映画にはとても強い影響を受けました。『フルメタル・ジャケット』には、戦争という状況を生きるキャラクターたちへの「親密さ」があると思います。それは私たちが今回の作品で描こうとしていたものにも通じています。カップルや家族という関係性にある人々が、愛する子供の病と闘う。『わたしたちの宣戦布告』は、アクション的な映画であると同時に「親密な闘い」の映画なんです。

――最後になりますが、個人的な感想を言わせていただくと『わたしたちの宣戦布告』を見たとき、登場人物たちが皆いつもせわしなく走っている印象を受けました。しかし、最後にはあの素晴らしいスローモーションが待っている。音楽を含め、豊なリズムをもった本作の演出に感動しました。これは余計なことですが、最後のスローモーションは『フルメタル・ジャケット』のスローモーションよりずっと良かったと僕は思います(笑)。

V、S:どうもありがとう(笑)。

監督・脚本:ヴァレリー・ドンゼッリ
共同脚本:ジェレミー・エルカイム
出演
ジュリエット/ヴァレリー・ドンゼッリ
ロミオ/ジェレミー・エルカイム
アダム18ヶ月/セザール・デセックス
アダム8才/ガブリエル・エルカイム
2012年9月15日(土)より渋谷Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー