実在の人物映画化3作品がコンペに『東京国際映画祭2015』。 藤田嗣治とチェット・ベイカー凌ぎ 『ニーゼ』がグランプリに!

(2015.11.18)
『東京国際映画祭2015』審査委員長を務めたブライアン・シンガーほか、委員のトラン・アン・ユン監督、プロデューサーのナンサン・シーら。© 2015 TIFF
『東京国際映画祭2015』審査委員長を務めたブライアン・シンガーほか、委員のトラン・アン・ユン監督、プロデューサーのナンサン・シーら。© 2015 TIFF
10月23〜31日まで開催された『東京国際映画祭2015』。今年は六本木、日本橋のほかに新宿にも会場を設置、広いエリアに渡り開催。グランプリを競うコンペでは全18作品中邦画が3作、また実在の人物の生涯を映画化した作品も3作エントリー。シネマ・エッセイスト 髙野てるみさんによる映画のプロの視点で総評するレポートの第一弾です。
グランプリ作品は
精神障害療法に革命を挑んだ女性医師を描く『ニーゼ』

『第28回東京国際映画祭』のグランプリに輝いたのは、ブラジルの実在の精神科女医ニーゼ・ダ・シルヴェイラの讃えられるべき生き方を作品にした、『ニーゼ』でした。加えて、ニーゼを演じた主演女優のグロリア・ペレスが最優秀女優賞も獲得。みごとなダブル受賞を見せつけました。

来日の最中、この喜びを甘受したホベルト・ベリネール監督は言います。
「この作品は特別のものを作っているという意識を強く持ち続け作られたものなんです。最初に監督をすることになっていた人物が頓挫して、はからずも私が手がけることになり、そこから13年という歳月を費やし、家庭や私生活を後まわしにしてでも、世に出さねばならない作品なのだという思いがありました。」

舞台は現代のような作業療法が導入されていなかった時代のブラジル。統合失調症の患者は暴力的とも思える電気ショックやロボトミー手術で非人道的扱いを受けており、この常識に真っ向から取り組んで、革命的なアニマル・テラピーや絵画を描かせることで回復に近づける療法を施していったニーゼ医師の姿を描きます。彼女は患者たちに展覧会を開かせるほどの芸術性を呼び覚まし、実際画家になることが出来、人間性をとりもどした患者もいるということを知ると、健常者と精神を病んでいるとされる患者の境界線とは何なのか、強く考えさせられます。作品は、この知られざる功労者の女性の姿をまっすぐに見つめ、この医師の手で行われたことの全てを伝える秀作で、観る者にも勇気を与えてくれます。

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映画完成までは、言葉では言い表せない困難も多く、挫けそうになったが、同時に、ニーゼ医師が大きな弾圧に立ち向かった姿を知れば知るほど、知らず知らず励まされ完成させることが出来たとも監督は言います。

審査委員長で『ユージュアル・サスペクツ』(95)や『ワルキューレ』(08)の監督として知られるブライアン・シンガーは、ダブル受賞決定については審査委員団が、ブレることなく意見が一致したと言い、
「僕も障害者の送り迎えをするバスの運転手をしていたこともあって、とても惹かれるテーマでもありました」
とも語っています。

奇しくも今年は実在の人物を描いた作品が『ニーぜ』を含め3作品も、コンペティションにノミネートされており、競い合った結果でした。

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『ニーゼ』
出演:グロリア・ピレス、ファブリシオ・ボリヴェイラ、アウグスト・マデイラ、フェリッペ・ホッシャ、シモーネ・マゼール、ジュリオ・アドリアォン、ホネイ・ヴィレラ、クラウジオ・ジャボランジー、監督/脚本:ホベルト・ベリネール、音楽:ジャッキス・モレレンバウン、撮影監督:アンドレー・オルタ、編集:ペドロ・ブロンズ、音響:フランソワ・ウルフ、プロデューサー:ホドリーゴ・レチエル
© TvZero
 
チェット・ベイカーが憑依したかのようなイーサン・ホーク
『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』


イーサン・ホークが演じた伝説的ジャズ・ミュージシャンのチェット・ベイカーの半生を描いた、『ボーン・トゥー・ビー・ブルー』は賞は逃したものの、ホーク最高の出来栄えと感じさせる、ベイカー生き写しのオーラを放つ演技力が感動的でした。薬物依存により、愛する者を失っても最高の演奏に命を賭け生きねばならなかった伝説的ジャズ・ミュージシャンの痛烈な生き様が、今の時代に蘇ります。

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『ボーン・トゥ・ビー・ブルー』
出演:イーサン・ホーク、カーメン・イジョゴ、カラム・キース・レニー、監督/脚本/プロデューサー:ロバート・バドロー、音楽:ディビッド・ブレイド
音楽:トドール・カバコフ、音楽 : スティーヴ・ロンドン、美術:エイダン・ルルー、編集:デヴィッド・フリーマン、衣装:アン・ディクソン、プロデューサー : ジェニファー・ジョナス、レナード・ファーリンジャー、ジェイク・シール、撮影監督:スティーヴ・コーセンス
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日仏合作『FOUJITA』で
10年の沈黙を破った小栗康平監督。

画家の藤田嗣治をオダギリ・ジョーが演じた『FUOJITA』は、『泥の河』(81)『死の棘』(90)『眠る男』(96)で、カンヌ映画祭などの世界的映画祭で、高く評価されてきた監督として知られる小栗康平の10年ぶりの新作です。

フランスとの合作で、デジタル技術を駆使し監督のこだわる1920年代から40年代の光と影を表現することに成功したとされる映像美は、パリで活躍した藤田にふさわしく芸術性も高い作品。藤田と並んで、小栗監督再評価に成功しています。

オダギリが藤田に扮し話すフランス語や所作が、チェット・ベイカーも然り、いかに本人に近づけるかの苦労の跡がよくわかり、そこも優れていた点ですが、対するニーゼは、あえて本人に似させることは避けたと、受賞後の質疑応答の中、ベリネール監督は語っています。

「最初はニーゼ本人のしゃべり方を真似たりしていましたが、途中から似させることには意味がないと思うようになりました。姿かたちにこだわるのではなく、ニーゼの持つ心をどのようにこの映画で伝えるかに力を注ぐべきだと」。

それが功を奏し、ニーゼ医師を演じる、ブラジルでは大女優であるペレス自身の面影を生かした演技であったところが、最優秀主演女優賞を獲得した理由のひとつだったとしたら……。

実在の人物を描くとき、本人にいかに似せるのか否かについては、これからの映画作りにおいての重要なポイントになってくる。そんなことも考えさせられた受賞結果でもありました。

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『FOUJITA(フジタ)』
2015年11月14日(土)より角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー中
出演:オダギリジョー、中谷美紀、アナ・ジラルド、アンジェル・ユモー、マリー・クレメール 監督/脚本/製作 : 小栗康平、音楽 : 佐藤聰明、撮影 : 町田 博、照明 : 津嘉山誠、録音 : 矢野正人、美術 : 小川富美夫、美術 : カルロス・コンティ、製作 : 井上和子、製作 : クローディー・オサール
© 2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション
 

『第28回東京国際映画祭』
会期:2015年10月22日(木)〜10月31日(土) 10日間
開催:会場六本木ヒルズ(港区)、新宿バルト 9、新宿ピカデリー、TOHOシネマズ 新宿(新宿区)ほか
主催:公益財団法人ユニジャパン(第28回東京国際映画祭実行委員会)
共催:国際交流基金アジアセンター(アジア映画交流事業)、東京都(コンペティション部門)