新シャーロック続々誕生。ついに93歳の名探偵も登場。 演じるI・マッケランは美しい。

(2016.02.28)
93歳となったシャーロック・ホームズ、男の生きざまを描く興味深くも、言い換えるとシャーロキアンに挑むかのような着想『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』©Agatha A Nitecka / SLIGHT TRICK PRODUCTIONS
93歳となったシャーロック・ホームズ、男の生きざまを描く興味深くも、言い換えるとシャーロキアンに挑むかのような着想『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』©Agatha A Nitecka / SLIGHT TRICK PRODUCTIONS
今に繋がるホームズ人気は、衰え知らず。

世界一有名な探偵と言えば、シャーロック・ホームズ。シャーロキアンと呼ばれる“熱烈愛読者”を最強のサポーターにして、時代を経ても人気は衰えを見せません。原作者のサー・アーサー・コナン・ドイルは1888年から1927年の39年間で、シャーロック・ホームズシリーズとして全60作品を著わし(4つの長編、56の作品を収めた5つの短編集)、これらの作品は世界中で繰り返し、映画化やTVシリース化され続けてきました。

最新のTVシリーズで演じたベネディクト・カンバーバッチが、古典的ミステリー小説の中の名探偵を今の時代に甦らせ、一躍国際的俳優の座をつかみ、同時に英国が誇るこの国民的架空のヒーロー、ホームズの再評価に大いに貢献したことは記憶に新しいです。

TVシリーズ『シャーロック』特別版として、カンバーバッチが原作本来のヴィクトリア朝時代にタイムワープした!? 最新作『SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』は現在TOHOシネマズ新宿ほかで公開中。いくつもの原作をなぞらえた場面が組み込まれ、シャーロキアンの満足度も高い作品です。原題:Sherlock:The Abominable Bride出演:ベネディクト・カンバーバッチ、マーティン・フリーマン、アマンダ・アビントンほか 監督:ダグラス・マッキノン、エグゼクティブ・プロデューサー:共同製作:脚本:スティーヴン・モファット/マーク・ゲイティス 配給:KADOKAWA 提供 KADOKAWA/ NHKエンタープライズ © 2015 Hartswood Films Ltd. A Hartswood Films production for BBC Wales co-produced by Masterpiece. Distributed by BBC Worldwide Ltd.
TVシリーズ『シャーロック』特別版として、カンバーバッチが原作本来のヴィクトリア朝時代にタイムワープした!? 最新作『SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』は現在TOHOシネマズ新宿ほかで公開中。いくつもの原作をなぞらえた場面が組み込まれ、シャーロキアンの満足度も高い作品です。原題:Sherlock:The Abominable Bride出演:ベネディクト・カンバーバッチ、マーティン・フリーマン、アマンダ・アビントンほか 監督:ダグラス・マッキノン、エグゼクティブ・プロデューサー:共同製作:脚本:スティーヴン・モファット/マーク・ゲイティス 配給:KADOKAWA 提供 KADOKAWA/ NHKエンタープライズ © 2015 Hartswood Films Ltd. A Hartswood Films production for BBC Wales co-produced by Masterpiece. Distributed by BBC Worldwide Ltd.
本家ドイル以外にも多くの作家たちがホームズを主人公にした小説に挑み、その存在を伝説的にして来ましたが、その最新版にして最終版となり得る作品が誕生。テリー・ギリアム監督のダーク・ファンタジー『ローズ・イン・タイドランド』の原作者としても知られる人気作家ミッチ・カリン最新作が『ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件』。その映画化作品『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』が、いよいよ日本公開の運びとなり、ファンならずとも期待大です。

 
一人の男としての、ホームズの孤独と葛藤。

93歳となったシャーロック・ホームズという一人の男の生きざまを描く、興味深くも、言い換えるとシャーロキアンに挑むかのような着想でもあります。なぜなら、そこにはもう、片腕の(ジョン・H・)ワトソンと組んだ、ワクワクハラハラの事件はありません。むしろ、ミステリアスなのは、終始私生活が描がかれることなく、愚直に毎回奇怪ともいえる謎の事件解決に徹してきたホームズという男の、終の時間がどのようなものか、一人の男の心の内が次第に覗けるところ。

現役時代には英国から受勲の名誉を拝するも、辞退したというホームズ。凛として事件解決だけに生きてきた、その男が過去の栄光を知る人もなく、老いさらばえて余生を送る様子を描き、見事です。

いかに心身ともに敏腕であった男でも、老いや孤独感というものからは、逃れることは出来ない。毎日の暮らしは、母子家庭である貧しい女性 マンロー夫人とその息子 ロジャーとの交流が頼みの綱。養蜂を唯一の楽しみとしてもいるが、それは日々衰える記憶力を少しでも改善出来るという、ロイヤルゼリーを目当てにした思いから。さらには日本だけに生息するという山椒が記憶改善の特効薬だと知り、躍起になって手に入れようとする生に対する往生際の悪さを滲ませる、元名探偵。

老境のホームズの相棒はワトスンくんならぬロジャーくん。晴耕雨読、養蜂と執筆に勤しんでいる。
老境のホームズの相棒はワトスンくんならぬロジャーくん。晴耕雨読、養蜂と執筆に勤しんでいる。

しかしそれには理由があり、引退を余儀なくされた30年前のある事件の顛末が唯一の汚点となり彼を苦しめていて、その思いへの決着をつけるために記憶を取り戻そうとする手立てであると知らされます。それが、あたかも彼に生きる気力を与えてもいるかのように……。

ホームズを引退に追い込んだ未解決事件とは……。危うい記憶をたぐり寄せる。
ホームズを引退に追い込んだ未解決事件とは……。危うい記憶をたぐり寄せる。
 
老いてこそ、美しいホームズをマッケランが好演。

仕事だけに人生を費やした男の最終章とはこのようなものなのかという問いかけや、それでいいのだという納得との葛藤を繰り返しながら、物語は織りなされていきます。

彼の武勇を小説にしてホームズの名を広めた、彼の助手で親友のワトソンや、実兄のスコットランドヤード(ロンドン警視庁)をはじめとする官庁に関わる役人であるマイクロフトも、彼より先に亡くなっている設定ですが、93歳のホームズの過去の鮮明な記憶として、彼らお約束の人物がしっかり登場して描かれるシーンもあるので、シャーロキアンへの気配りも、それなりには感じられます(笑)。

カリンの日本びいきのせいもあってか、登場するウメザキという日本人に扮する真田広之も光っていますが、何といってもこの映画は、老人ホームズを演じるイアン・マッケランのために作られた映画。この一言に尽きます。

山椒を探しに来日するホームズ。
山椒を探しに来日するホームズ。

若い時から奇行も目立っていたホームズの変人めいた行動にマンロー夫人は辟易気味ですが、若さを保つためには泳ぐのが一番良いのじゃーと言って海で泳ぐことを日課にもしているホームズの姿など、可愛いもんです。演じるマッケランは、美しい。全編で、美しさって若いということとは、また別のことだと教えてくれます。

同居する少年ロジャーと海水浴に出かけるホームズ。
同居する少年ロジャーと海水浴に出かける。

マッケランは遅咲きのスターで壮年になってからひっぱりだこの売れっ子になった俳優です。『ロード・オブ・ザ・リング』ガンダルフ役で一躍注目を集めました。若い時をもっと観てみたくなります。英国のいい男が、いい歳のとりかたしているから、目が離せない。『ロード・オブ・ザ・リング』も『ホビット』もファンタジーだったことに比べると、本作品では、ダンディな男振り、立ち居振る舞いが感じられ歳とってこそ滲む色気があり、美しい。

93歳と30年前の60代のホームズを演じ分ける、実年齢73歳のイアン・マッケランの一挙手一投足によって、この作品が珠玉の作品として完成しています。依頼を受けなくなった探偵の残された人生の生きる意味とは? 現代社会にも通じる男の最終章の生き方を描いて佳作。

これを世界一有名な名探偵になぞらえて描こうとした大胆不敵な原作の誕生。加えて、この長尺な原作をここまで簡潔に、しかも勝手にしかも勝手にと言ってもいいくらいに、大鉈を振るってアレンジして感動させるビル・コンドン監督の取り組みに感服です。

二つの挑戦が重なりあって、シャーロック・ホームズが、ますます永遠であることを痛感した想いです。

『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』
2016年3月18日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国公開

監督:ビル・コンドン
脚本:ジェフリー・ハッチャー
出演:イアン・マッケラン、ローラ・リニー、真田広之、マイロ・パーカー
原作:ミッチ・カリン「ミスター・ホームズ 名探偵最後の事件」 (角川書店 訳:駒月 雅子)
原題:Mr.Holmes/2015年/イギリス、アメリカ/104分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル
字幕翻訳:アンゼ たかし
©Agatha A Nitecka / SLIGHT TRICK PRODUCTIONS