『チャップリンからの贈りもの』 G・ボーヴォワ監督インタビュー 映画がどんどん育ってくる。ボーヴォワ式映画のつくりかた。

(2015.07.17)
刑務所から出所してきた親友エディのために部屋を用意し温かく迎えるオスマンとサミラ親子。つましく暮らしているがサミラのママは病気で入院、手術に費用がかかるという。©Marie-Julie Maille/Why Not Productions
刑務所から出所してきた親友エディのために部屋を用意し温かく迎えるオスマンとサミラ親子。つましく暮らしているがサミラのママは病気で入院、手術に費用がかかるという。©Marie-Julie Maille/Why Not Productions
人質は喜劇王 チャップリンの棺!? 1978年のスイスで実際に起ったちょっと変わった誘拐事件……チャップリンのお墓を掘り返して棺を持ち去り返却されたくば現金を、と要求。犯人は恵まれない境遇のふたり組……を元に映画化した『チャップリンからの贈りもの』。『フランス映画祭2015』で来日したグザヴィエ・ボーヴォワ監督にお話をうかがいました。

新聞記事やドキュメンタリーからインスピレーション。

ー『チャップリンからの贈りもの』はスタイルはコメディですが、犯人のふたり組 エディとオスマンの関係はフレンチ・フィルム・ノワールの男の友情を彷彿とさせるところもあって興味深かったです。笑ってしまったのはふたりのシーンというよりもラストシーン、それから裁判のシーン。見るだけでおかしいのと、引用満載の弁護士・検事のやりとりが珍妙です。チャップリンの棺を誘拐するという冗談のような実話をもとに『チャップリンからの贈りもの』を脚本を書き監督したということですが、映画つくりはどのように進められるのでしょうか? シーンが頭に浮かんで来てそれを組み立てますか? それとも感情や雰囲気をシナリオに落としこんでいきますか? もしくは音楽が聞こえてきてそこから?

グザヴィエ・ボーヴォワ監督 私の場合は新聞記事やテレビのルポルタージュにヒントを得たりそれに心を動かされて、ということが出発点になることが多いです。今回はチャップリンの『ライムライト』(52)を妻と観ていたら、チャップリンの棺が盗まれた事件を思い出しました。妻に言っても信じてもらえなくてインターネットで検索しました。「事実じゃないか!」と言いたかったんですね。でも調べていくうちに、この事件はまさに映画そのものじゃないか! と思った。

映画にしたいと思ったら、まず頭の中でバーチャルな映画を作ります、シーンをいろいろ想像するのです。頭の中でつくり上げてからシナリオを書きます。その次はキャスティングです。俳優が決まって、生身の人間として出てきた時にシナリオを書き直しはじめます。机上のものだったシナリオを生きた人間に合わせて書き直すのです。

物語の舞台になるのはスイスの景勝地 レマン湖畔の町 ヴヴェイ。ともに船に乗ったりサーカスに行ったり幼いサミラとすっかり仲良くなったエディ。サミラの夢は獣医になること。でもこのままの経済状態では進学も難しい。
物語の舞台になるのはスイス ヴォーリ州の景勝地 レマン湖畔の町 ヴヴェイ。ともに船に乗ったりサーカスに行ったり幼いサミラとすっかり仲良くなったエディ。サミラの夢は獣医になること。でもこのままの経済状態では進学も難しい。
チャップリン逝去のニュースをテレビで見たエディは奇想天外なアイディアを思いつく。チャップリンはいつも恵まれない者にやさしい眼差しを向けていた、きっと俺たちのことも助けてくれる……棺ごと遺体を拝借しよう、と墓標を掘り出すふたり。
チャップリン逝去のニュースをテレビで見たエディは奇想天外なアイディアを思いつく。チャップリンはいつも恵まれない者にやさしい眼差しを向けていた友達だ、きっと俺たちのことも助けてくれる……棺ごと遺体でちょっと来てもらってお金を拝借しよう、と墓標を掘り出すふたり。
3 鼻をつまんで声色を変えチャップリン邸に電話をかけてみるがなかなかうまくいかない……。オスマン役にはロシュディ・ゼムをと思いついたボーヴォワ監督、彼に合うのは? と考えた時にエディ役はフランスで大人気のコメディアン ブノワ・ボールヴールドを思いついたそう。

鼻をつまんで声色を変えチャップリン邸に電話をかけてみるがなかなかうまくいかない……。オスマン役にはロシュディ・ゼムをと思いついたボーヴォワ監督、彼に合うのは? と考えた時にエディ役はフランスで大人気のコメディアン ブノワ・ボールヴールドを思いついたそう。
 
シナリオは脚本家に任せるミゾグチ方式。

グザヴィエ・ボーヴォワ監督 それから撮影です。そうすると映画の方から「ねえ、こうしようよ!」と言ってくる気がします。具体的にはどういうことかというと俳優がこうした方がよい、技術の人がこうした方がよいと提案してきます。それから気候条件、風景がこうだからと撮影がはじまってから気づくこともあります。そうすると映画はどんどん育ってくるのです、だんだんよくなってくる。私以外の人の知恵を借りてだんだんよくなっていくということです。

撮影の次は編集です。編集というのは撮影したものを批判するようなもので、映画が音楽が欲しいと言えば音楽を作るし、これには音楽は必要ないと言えば入れません。これはあくまでも私のやり方ですけどね。

監督の中にはシナリオで攻めていく人もいます。シナリオを書いて、書いて、書いて、書いて、書いて、5回言いましたけど(笑)……書きまくる。そういう人たちは撮影を恐れている。シナリオに何か問題があって撮影できなくなる、もしくは難しくなることがあります、その時点でまたゼロに戻して書き直すのが怖いんです。彼らは俳優の言うことなんか聞きません。

「編集の鬼」と言われるケシシュ監督(*Abdellatif Kechiche『アデル ブルーは熱い色』(13))のようなやり方もあります。それはひとつのシーンを撮るのに同時に3台カメラを廻します。私が50時間のものを編集するとしたら彼は150時間以上のものを編集しなければならない。

日本の監督、ミゾグチ監督(*溝口健二 『雨月物語』(53))の場合ですが、彼にはシナリオ作家さんがいました。シナリオ作家さんに書かせるのですが、持っていくとダメだと言う。「どこがダメなんですか?」と尋ねる「そんなことわかるか、俺は監督だ!」と。書きなおして持っていくとまたダメだと言う。何かよくないのかわからないまま、また書きなおして「じゃあこれでどうでしょうか」と持っていくと「これでいい。」と。(笑)まあ、これは本で読んだことですけどね。

チャップリン邸の執事 ジョン・クルーカーのテーマ曲は『スクリーミング・イーグルズ われら101空挺部隊』。ノルマンディ上陸作戦に参加した経歴を持つクルーカーは軍人時代さながらキビキビとした動きで現金引き渡し現場に向かう。
チャップリン邸の執事 ジョン・クルーカーのテーマ曲は『スクリーミング・イーグルズ われら101空挺部隊』。ノルマンディ上陸作戦に参加した経歴を持つクルーカーは軍人時代さながらキビキビとした動きで現金引き渡し現場に向かう。

ーシナリオ、撮影、編集と監督により重きの置き方が異なるということですね。ボーヴォワ監督の方法はいずれかの学校で学んだのでしょうか?

グザヴィエ・ボーヴォワ監督 アンドレ・テシネ監督(*André Téchiné 『イノセンツ』(86))の元で見習いのようなことをしていました。撮影には何が必要で何が必要でないか、どんな仕事をすべきか、そしてしてはいけないか。これはセックスと同じで黒板に絵を描いて説明したとしても伝わりにくいことと同じだと思うのですが、編集の時、後ろに立ってどうやってやるのか、効果音をどのようにつけていくのかミキシングはどうやるのか、見ている。そういう映画つくりの一通りを全部テシネ監督の元で観ることができたのはラッキーだったと思います。

それからもうひとつ俳優に対しての監督の立場です。俳優が40人いれば40通りの口の聞き方があります。いちいち丁寧に説明するのがいいのか、やさしく言うのがいいのと厳しく言った方がいいのと。それぞれの個性に合わせてこちらから話しかける。こちらがやってほしいことを、実際にやってもらえるようにすること。これは心理学の勉強でもありました。

今、私がしゃべっているこのシーンを撮影するのだって上から撮るのがいいのか、アップかヒキか、それともドローンを飛ばして向こうに見える皇居まで入れて撮影するか、白黒か、短編にするのか長編かいろいろなやり方があるでしょう。基礎を学んでいれば材料を渡されて「これでやってみなさい」といわれても、できます。そこで出てくるのはその人のやりたいこと、気持ち、やり方です。自分のやりたいように、自分の考えでやればよいでしょう。

サミラと見に行ったサーカスのローザにスカウトされ、舞台に立つようになるエディ。
サミラと見に行ったサーカスのローザにスカウトされ、再び舞台に立つようになるエディ。
エディが道化師を務めるようになったサーカスの支配人役は、チャップリンの息子 ユージーン・チャップリンが演じている。
エディが道化師を務めるようになったサーカスの支配人役は、チャップリンの息子 ユージーン・チャップリンが演じている。

ー監督が自分のつくりたいものをつくれる、というのは言葉にすると簡単ですが現実的にそのための条件を揃えて行くことはたいへんなことですね。お話の中で出てきた、つくっていると映画がどんどん育ってきて話しかけてくる、というのはフィルムメーカーならではの楽しみだと思います、今回のミシェル・ルグランさんの音楽もそうだったのでしょうか。撮影の時、聞こえて来たのでしょうか?

グザヴィエ・ボーヴォワ監督 そうです(笑) 「音楽はミシェルにたのめよ!」と聞こえて来た。私は幼い頃から映画好きで彼の音楽とともに育って来たようなもの。『ロバと王女』(70)、『華麗なる賭け』(68)、もちろん『シェルブールの雨傘』(64)も大好きです。音楽をつけてもらうために彼のお城のような邸宅に行って、ピアノの横に編集機を持ち込んで、3週間朝食をともにし、買い物に一緒に行きふたりでつくり上げて行きました。

『フランス映画祭2015』での上映後トークではミシェル・ルグランが「日本のみなさんにボンジュール!」とiPhoneを通して登場。声を聞かせるるハプニングが!
『フランス映画祭2015』での上映後トークではミシェル・ルグランさんが「日本のみなさんにボンジュール!」とiPhoneを通して登場。声を聞かせるハプニングが!
La Rançon de la gloire_00 グザヴィエ・ボーヴォワ監督 プロフィール Xavier Beauvois
●グザヴィエ・ボーヴォワ監督 プロフィール Xavier Beauvois
1967年北フランス パ・ド・カレー オシェル生まれ。アンドレ・テシネ、マノエル・ド・オリヴェイラのもとでアシスタントを務め、23歳の時のデビュー作『Nord』(91)では脚本、監督、主演。セザール賞最優秀デビュー賞にノミネートされる。続く『N’oublie pas que tu vas mourir』(95)第48回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞し、若手有望監督に贈られるジャン・ヴィゴ賞にも輝いた。『マチューの受難』(00)、『Le Petit lieutenant』(05)はヴェネチア国際映画祭に出品、『神々と男たち』(10)で第63回カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリ、セザール賞作品賞受賞。『ポネット』(96)のパパ役、『マリー・アントワネットに別れをつげて』(12)のルイ16世役など俳優としても知られている。本作に警部役で出演のアーサー・ボーヴォワは長男。

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映画が語りかけてくるままに、シナリオ、音、映像を調整していくボーヴォワ式映画つくりのお話でした。前作でカンヌ映画祭審査員特別グランプリ受賞『神々と男たち』では音楽は神父たちの歌う聖歌がクローズアップされていましたが、今回の『チャプリンからの贈りもの』は巨匠ミシェル・ルグランを呼び込み、そのひきだしを全開。甘美なオーケストレーション、ジャズ・アンサンブル、ピアノ・ソロ、チャップリン作曲『ライムライト』の『テリーのテーマ』をモチーフに展開する曲と持てるワザと叙情をすべて盛り込んだ宝庫になりました。

『チャプリンからの贈りもの』は
ルグラン音楽の玉手箱である
と、観察しました。

 
『チャップリンからの贈りもの』
2015年7月18日(土)YEBISU GARDEN CINEMA、シネスイッチ銀座全国順次公開

出演:ブノワ・ボールヴールド、ロシュディ・ゼム、セリ・グマッシュ、キアラ・マストロヤンニ、ナディーン・ラバキー、ピーター・コヨーテ、グザヴィエ・マリー、アーサー・ボーヴォワ、ドロレス・チャップリン、ユージーン・チャップリン、グザヴィエ・ボーヴォワ、マリリン・カント、フィリップ・ロダンバッシュ、ルイ=ド・ドゥ・ランクザン
監督:脚本:グザヴィエ・ボーヴォワ
脚本:グザヴィエ・ボーヴォワ、エチエンヌ・コマール
音楽:ミシェル・ルグラン
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ
プロダクション・デザイナー:ヤン・メガール
編集:マリー=ジュリー・マイユ
音声:ジャン=ジャック・フェラン、エリック・ボナール、ロイク・プリアン
衣装:フランソワーズ・ニコレ
原題:La Rançon de la gloire
字幕翻訳:齋藤敦子
2014年 / フランス / 115分 / DCP / スコープ / ドルビー5.1ch、
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
特別協力:日本チャップリン協会
配給:ギャガ
©Marie-Julie Maille/Why Not Productions