『あの頃エッフェル塔の下で』アルノー・デプレシャン監督若い世代とともに仕事をすることで 超えたかった壁。

(2015.12.18)
『あの頃エッフェル塔の下で』アルノー・デプレシャン監督 © 2015 by Peter Brune
『あの頃エッフェル塔の下で』アルノー・デプレシャン監督 © 2015 by Peter Brune
外交官で民俗学者、キャリアも経験も積んだ主人公ポール・デダリュスが若かりし頃の冒険と忘れられない恋を回想する『あの頃エッフェル塔の下で』。アルノー・デプレシャン監督にお話をうかがいました。
若い世代と仕事することで
超えたかった壁。

ー『あの頃エッフェル塔の下で』の冒頭、外交官の主人公ポール・デダリュスはフランスに帰国するも身分を怪しまれ取り調べ官から尋問されることになってしまいます。ポールは自分のパスポートに問題があるとしたら……と若かりし頃を回想するスタイルで、少年時代、冒険、恋が描かれます。30代の男女の恋を描き一世風靡した96年の作品『そして僕は恋をする』の主人公ポールとエステルを彷彿とさせるふたりが登場しますが、やりとりするラブレターの言葉が素晴らしいです。恋のはじまり、情熱、焦り……若いふたりの恋を描きたいと思ったのはなぜでしょうか?

アルノー・デプレシャン監督 『そして僕は恋をする』はポールとエステルの別れについての作品でしたが、撮影していた頃からこの二人の出逢いをいつか映画にしたいと考えていました。対立する男女がなぜ相手を必要としているかを語りたいと。実際に作品にすることに至ったのは、最近少しずつ自分よりずっと若い俳優たちと仕事をしたいという欲求が出てきたことです。今まで30代、40代の主人公を描いて来ました、おそらく50代の人物もこれから登場させることになるでしょう、しかし10代の人たちを演出することはなかった。14〜16歳、若い子たちに演技つけることはできるのか? 自分のアートにはそれが欠けていると思いました。

ー具体的に若者との間に何か事件が起こり、そう感じることがあったのでしょうか?

アルノー・デプレシャン監督 プライベートな話になりますが私には12〜25歳までの甥や姪が7人いるのです、いや、8人でした(笑)、私は彼らのおじなのです。彼らと話してる時 心の中で「アルノー、もうちょっと黙った方がいいんじゃない? おしゃべりなおじさんを演りすぎてる!」と思う時もあれば「アルノー、もっと話さないと! 陰気すぎる、何か彼らが興味あることを話せよ。」と思ったりする。実際の人生では自分と若者の間にある壁を超えることが難しい。若い俳優たちと仕事することでそれを超えたかったのです。

外交官で人類学者のポール(マチュー・アマルリック)はフランスに帰国の際スパイ疑惑をかけられたことがきっかけで青春時代を振り返ることになる。
外交官で人類学者のポール(マチュー・アマルリック)はフランスに帰国の折、スパイ疑惑をかけられたことがきっかけで青春時代を振り返ることになる。

ー作品として開花させるまでに特にどのようなところに気を配りましたか?

アルノー・デプレシャン監督 脚本に関して言えば登場人物を書けることはわかっていました。思春期の少年、少女を描いた作品の真似ではなく、今の若者たちが自分たちの言葉で自分を語るようなセリフを書けると。例えば美術館のシーンやエステルの手紙です。映画では彼女の手紙もたくさん読まれますが、私はエステルの言葉 傷ついた女性の言葉で書ける。

恐れていたのは若者に対して自分が演出できるのか、ということです。キャスティングでも若者たちに自分が受け入れてもらえるかが一番重要でした。果たして私の演出を受け入れる若者に出会えるかどうか。

 パーティでダンスに誘われても「冗談が好きね、消えてよ」。ふてぶてしいエステル(ルー・ロワ=ルコリネ)にポールは惹かれていき忘れ難い恋の相手となる。スティーブンソン、イエーツの詩を添えたり心の全てを委ねる手紙のやりとりでルーベとパリの遠距離恋愛は深まる。
パーティでダンスに誘われても「冗談が好きね、消えてよ」。ふてぶてしいエステル(ルー・ロワ=ルコリネ)にポールは惹かれていき忘れ難い恋の相手となる。スティーブンソン、イエーツの詩を添えたり心の全てを委ねる手紙のやりとりでルーベとパリの遠距離恋愛は深まる。
 
ポールとエステルが交わす美しい恋愛書簡。

ーポールとエステルが美術館でデートするシーンでは、エステルが古典的な風景画の前で「この絵と私どちらが綺麗?」と真面目に聞いていて、あまりに自信満々というか無邪気で笑ってしまいました。

アルノー・デプレシャン監督 エステルはすごく傲慢なんです。でもその高慢ちきなところが人を惹きつける。ポールは謙虚、むしろ自分の殻に閉じこもっているような青年ですが、彼女の傲慢なところにぶつかり魅せられるわけです。ポールがエステルに書き送る最初の手紙で言うことは「君は山のような存在だ。」

ー「君への信仰心を持ち続けよう」とも書いていて、美神にひざまづく使徒さながらです。しかし言葉がまさに生きていてきらめいています、手紙を書くために恋をしたくなるほどです。ふたりのやりとりの面白さのほか、ポールの弟や妹の小さなエピソードもユニークです。強盗になろうとしたり、自分が可愛いかどうか深刻に悩んだり。このようなエピソードは監督の実際の家族構成、ご兄弟がたくさんいることと関係がありますか。

アルノー・デプレシャン監督 兄弟がたくさんいるから、甥や姪がたくさんいるんです。(笑)ポールの妹はチェーホフの『ワーニャ伯父さん』からインスピレーションを得て生まれた人物です。このように小説や物語の一片からふくらませていくことが多いです。本がインスピレーションの源になります。自分がつくる映画の登場人物も大きな存在になることを目指しています。

口うるさい両親を持つボブ(テオ・フェルナンデス)、親友でポールと同じく医学を志すコヴァルキ(ピエール・アンドロー)、強盗をたくらむ弟(ラファエル・コーエン)……ポールをとりまく若者たちのエピソードも楽しい。
口うるさい両親を持つボブ(テオ・フェルナンデス)、親友でポールと同じく医学を志すコヴァルキ(ピエール・アンドロー)、強盗をたくらむ弟(ラファエル・コーエン)……ポールをとりまく若者たちのエピソードも楽しい。
やっとふたりでいられる時間に辿りつくポールとエステル。「これで本当の自分になれた。あなたの何かが響いた」ふたりの恋は5年続き、そのエピローグは映画のラストで明かされる。
やっとふたりでいられる時間に辿りつくポールとエステル。「これで本当の自分になれた。あなたの何かが響いた」ふたりの恋は5年続き、そのエピローグは映画のラストで明かされる。
 
大人が本気で議論する
第7芸術 映画の世界へ。

ーご自身が本が大好きというのはこの作品を見ていてもよくわかります。登場人物の傍らには必ず本がありますから。ところで「映画ことはじめ」というか、監督が映画を志した当初のお話をおうかがいしたいのです。発言集『すべては映画のために!』(発行:港の人、発売:新宿書房)によると7歳の頃にはもう映画監督になりたいと思っていたとあります。どのようなことがきっかけで映画監督になりたいと思ってらっしゃったのでしょうか?

アルノー・デプレシャン監督 7歳ですから何が監督でプロデューサーで、演出家で編集なのか知りませんでした、しかし映画は薄暗がりというのはわかっていました。……小学校の校庭で遊んでいる子供はふたつのタイプに分かれます。現実の人生を謳歌するタイプとそうではないタイプ、現実から避難したいタイプとでもいいましょうか。私は後者、内気で映画に自分を守ってもらいたいと感じる子供でした。映画館という空間では、あの薄暗がりに自分が保護されているような状態でいることができる。演劇はそうではない。劇場に行くと現実にさらされてしまう。

それからフランス特有の現象かもしれないですが、大人たちが映画についてよく話をします。それを聞くのがとても好きでした。映画はフランスでは第7芸術とされ一番若くて幼い芸術です。さらには子供や字が読むことができない人に向けても作られました。子供に属しているものである映画について大人たちが話すのを聞くと誇らしい気持ちになりました。

その頃私はウォルト・ディズニーの『ジャングル・ブック』を見たかったのですが私の母はじめまわりの大人たちは、あの映画には「人間になりたい」という挿入歌がある、アフリカ系の人たちを揶揄するものだ、いやそうじゃない、右派だ左派だ、見に行くべきではない、いや行くべきだと情熱的に議論している。傍らで聞いていて子供ながらにそれは素晴らしいことだと感じていました。映画を作れば大人たちが語るところのものになる、これは映画の特権です。

ともあれ映画を作る人になりたいという願いは、玩具が好きで将来は玩具を作る人になりたいと願う子供と同じだったと思うのです。

***

登場人物たちの小さなエピソードはもちろん、彼らが接する文学や絵画、演劇、音楽の引用がそのキャラクターをより一層 際立たせる面白さがあるデプレシャン監督作品です。監督ご本人が子供の頃、映画監督を志すきっかけとなった作品名を問いただすと「笑われちゃうかもしれないけど『ジャングル・ブック』」と、はにかみながらのお答え。『ジャングル・ブック』で激論するフランスの大人たちとそれに聞き耳をたてるアルノー少年……可愛いエピソードを伝える語り口調は穏やか、瞳はやさしい象のよう……いつまでも聞いていたくなる不思議な愛嬌のあるもので、
本当の意味の語り部である、
と、観察しました。

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■アルノー・デプレシャン監督 プロフィール

Arnaud Deplechin 映画監督。1960年ルーベ生まれ。IDHECで監督、撮影部門に入学、パスカル・フェランやノエミ・ルドヴフスキーらと親交を育みながら在学中から作品を映画祭に出品。『二十歳の死』(’91)はアンジェ プルミエ・プラン映画祭に出品、観客の熱狂的支持を獲得。同年期待の若手監督に贈られるジャン・ヴィゴ賞受賞。『そして僕は恋をする』(’96)で主演のマチュー・アマルリックはセザール賞若手男優賞、『キングス&クイーン』(’04)ではセザール賞主演男優賞を受賞。『クリスマス・ストーリー』(08)、『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』(13)と多作ではないがクオリティの高い作品を発表し続けている。

『あの頃エッフェル塔の下で』
2015年12月19日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

出演:カンタン・ドルメール、ルー・ロワ=ルコリネ、マチュー・アマルリック、
監督・脚本:アルノー・デプレシャン 『そして僕は恋をする』『クリスマス・ストーリー』
共同脚本:ジュリー・ペール
撮影:イリーナ・リュプチャンスキ
音楽:グレゴワール・エツェル
美術:トマ・バク二
衣装:ナタリー・ラウル
編集:ローラン・ブリオー
原題:Trois souvenirs de ma jeunesse / 英題:My golden days/
2015 / フランス / 仏語・ロシア語 / 123分 /
日本語字幕:寺尾次郎
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本、ユニフランス・フィルムズ
配給・宣伝:セテラ・インターナショナル R15+  
©JEAN-CLAUDE LOTHER – WHY NOT PRODUCTIONS
第68回カンヌ国際映画祭監督週間 SACD賞受賞