信じて進む今日が
明日の自分の歴史に。映画『奇跡』

(2011.06.11)

「つばめ」と「さくら」がすれ違う瞬間
奇跡が起こる。

両親の離婚がきっかけで、別々に暮らすことになった小学6年生の兄・航一(前田航基)と、小学4年生の龍之介(前田旺志郎)。母(大塚寧々)の実家がある鹿児島で、かつては和菓子職人だった祖父(橋爪功)と、フラダンスに熱中する祖母(樹木希林)とともに生活する兄は、いまだ噴火を続ける桜島の火山灰が降り積もる日常に「意味わからん」とつぶやきながらも、また家族4人で一緒に暮らせる日を夢見ている。

一方、売れないミュージシャンの父(オダギリジョー)とそのバンド仲間とともに福岡の博多で共同生活を送る弟は、持ち前の明るさと人懐こさを発揮してすっかり新しい環境に馴染み、庭に植えた野菜の苗が来春実をつけるのを楽しみにしている。

ー鹿児島と博多を結ぶ九州新幹線が全線開業して、博多から南下する「つばめ」と鹿児島から北上する「さくら」がすれ違う瞬間、奇跡が起きて願いが叶うー。

そんな噂を聞きつけた兄が、家族の再生を目指し、友人たちや弟を巻き込んで「奇跡」を目撃する旅を計画する。

 

ただひたすら、その瞬間目がけて
子どもたちが走り抜けていく。

何より子供漫才コンビ「まえだまえだ」の二人の掛け合いが、いい。しっかり者に見えて、周囲の大人たちが放つ微妙な空気を誰より敏感に察知する繊細な兄と、なんにも考えていないようでも、日々の生活を楽しくするため人知れず「努力」している弟。別々のスイミングスクールに通いながらも、ベランダや庭にタオルと水着を同じように干している二人が、電話のこちらとむこうでは、夜中に見る夢さえまったく正反対であるのが面白い。

日々変化する子どもたちの自然な姿をカメラに収めることができるのは、事前に台本を渡さずその場で演出を行い、ドキュメンタリーに近い手法で撮影を進める是枝監督ならでは。
 
セリフを話すときはガリガリくん、たこ焼き、かるかんなどの小道具を有効に使う、といった工夫が、子どもたちの微妙な心の動きを引き出すのに大いに役立っている。特に、女優を目指すクラスメイト役の内田伽羅が発するみずみずしい輝きは、本作で女優デビューした彼女の魅力そのもの。そして、鉄道を愛してやまない「くるり」の岸田繁が手掛けた音楽に乗せて、子どもたちがただひたすら走り抜けていく姿が、なぜかこんなにも胸を打つ。

もちろん、そんな子どもたちを温かく見守る大人の共演者たちに、樹木希林、原田芳雄らのオールスターキャストを配置することで、この映画を贅沢なエンターテインメントに仕上げているのも忘れてはならない。なにより、子どもに「仕分け」の意味を聞かれ、無駄なことをなくすことだと説明しながら、言い訳のように無駄も必要だと力説するダメな父親を演じるオダギリジョーが、自分の生活よりもっと大事なものがあるような大人になってほしい、と話す姿は、子ども以上に子どもっぽいのに憎めない大人として、妙な説得力を持つ。

 

おじいちゃんが作る
「かるかん」の味は「ぼんやり」?

奇跡は信じることから叶う道に近づく。実際、彼らが新幹線のすれ違いを見るために時刻表を調べ、予算を立て、経費を捻出し、時には大人の味方も作り、一つの目的を遂行しようとすることは、ある意味、人生の基本だ。大人は心配のあまり過保護に危なっかしい要素から遠ざけることに躍起になるけれど、子どもはかつて自分たちがそうであったように、意外とたくましい。そして、いくら願ってみても、思い通りにはならないことがあることを知り、世界が決して自分中心に回りはしないことに気づく。

九州銘菓、かるかんの甘味を「ぼんやり」ではなく「ほんのり」と表現できるようになったら、また新しい奇跡が見られるかもしれない。

『奇跡』
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:前田航基、前田旺志郎、大塚寧々、オダギリジョー、夏川結衣、
阿部寛、長澤まさみ、原田芳雄、樹木希林、橋爪功
配給:GAGA
2011年6月11日(土)、新宿バルト9ほか全国ロードショー
©2011『奇跡』製作委員会